なぜベルギーに行ったの?

「若い恋人同士が寄り添い合ってバルコニーで星空を見ている、というアニメを見ている。絵柄は少女マンガのような雰囲気で、何故か自分はテレビに釘付けだった。

女はお喋りで、とにかくずっと喋っている。優しい男はそれに耳を傾けて、時折ウンウンと相槌を打つ。ふと、男がベルギーの話をした。「ベルギーにはジャップ・シティという街があってね。そこには日本人ばかりが住んでいるそうなんだ」すると先程まで笑っていた女が顔色を変えて、「なぜベルギーに行ったの?」と言った。「いや、行ったことは無いんだけどね、そういう話を聞いただけさ」

しかし女は「ベルギーにいつ行ったの。私の知らない間に!なぜ行ったの。ベルギーで何食べたの。嘘つき」と怒り出す。男は呆れたが、妙な感じがした。彼女の話し方がどうにも棒読みシステマティックで、人間味が無かったのである。男は笑顔で謝りつつ、宥めつつ、試しにもう一度ベルギーの話をしてみた。すると、「なぜベルギーに行ったの?ベルギーにいつ行ったの。私の知らない間に!なぜ行ったの。ベルギーで…」

やはり、そうだったのか。彼女は人間では無くロボットだったのだ。男は寂しく思った。やがて夜が明けて、女の動きが止まった。瞬きもせずに、カタカタとだけ音が鳴っていた。喋り過ぎて、壊れてしまったのである。男は女に寄り添いながら、今度は自分の番だと言わんばかりに、喋った。過去のことや、未来のこと、沢山の話を女に聞かせた。隣で女はカタカタ言っているだけであったが、お構いなしに喋り続ける男の姿は、まるで気が狂った病人のようであった。

自分はリモコンを押してテレビを消そうとしたが、消えない。画面ではいつまでも男が喋っている。もうええて、このシーン長すぎるやろ、と思いつつ、いくら電源を押しても消えぬテレビ・アニメに、底知れぬ恐怖を感じるのだった。

目が覚めると、布団の中。夢か。自分は矢鱈と汗をかいていた。何だか気味の悪い夢だった。と思ったそのとき、誰かが部屋に入ってきた。髪の長い女だった。「なんでベルギー行ったん?いつ行ったん。なんでなん?」と言いながら、女は寝ている自分にまたがり、自分の口を手で抑えた。「なあ、ベルギーで何食べたん?なんで?なんでなん?」自分は、行ってません、と言いたかったが、女に口を抑えられているため話すことが出来ない。とても苦しかった。本棚が揺れている。天井裏から足音が聞こえる。「嘘つき。嘘つき。なんでなん。ベルギーで何食べたん」息が苦しくて死にそうだ。あれは夢じゃなかったのか。それとも、これも夢か。その割にはマジで苦しい。やめて欲しい。あんなアニメ見るからバチが当たったのか。おれがアニメなのか。やめてください。やめてください。女の足首を掴んだが、氷のように冷たかった。おそらくこいつもロボット。このまま放っておけば、やがて動かなくなるかもしれない。しかしそれまで、自分の息が持つかどうか…」

久しぶりの悪夢&金縛りにうなされて、プハァ!と目覚めた。無呼吸で寝ていたのだろうか。ぜぇぜぇ息を切らして暗い部屋、あの女が再びやって来るような気がして怯えた。大丈夫。先程までのが夢で、今は現実だ、と理解するまでしばらく掛かった。時計を見ると寝てからまだ3時間も経っていなかった。

こうした、夢から覚めてもまだ夢、といった二重の夢は、本当にやめて貰いたい。ドッキリに掛けられているような気になるし、何より起きてから、これまだ夢?もう現実?と分からなくなる。更には昨日の出来事、つまり寝る前の出来事も、すべてが夢だったような気になってしまう。疲れて寝呆けているときほど、境目が曖昧な、正真正銘の「うつつ」を味わうことが出来る。勘弁。

何もいりません。舞台に来てください。