とあるバンドマンの話

昔、20代前半の頃に、ライヴハウスで知り合った若いバンドマンがいた。確か当時まだ高校生、マザーという名のバンドで内向的なパンクロックを歌う、普段は穏やかな笑顔の優しい奴だった。ラーメン奢るわ、と一緒にラーメン屋へ行ったときに、むっちゃ美味いです、こんな美味いラーメン知りません、とシャイな感じで笑っていたのを覚えている。しばらく会わん内に風の知らせで、彼は頭がおかしくなった、と聞いた。付き合っていた彼女と別れたのが原因かなんかで音楽も辞めてしまったという。そして、どうやら一人で海外を放浪しているとも聞いた。何となく、アイツは早死にしそうだなと思った。それからまた結構な月日が経ち、あるとき(といっても、もう6年くらい前の話)、我が店に現れた彼は、金髪になっていた。あの頃と同じ笑顔で、性格は何となく明るくなっているような気がした。饒舌に、家畜と屠殺の話を聞かせてくれた。彼は、とある映像作品の影響からヴィーガンになったようで、肉は勿論食わぬし、植物由来の石鹸や洗剤しか使わぬ、といった完璧主義を貫いていた。ラーメンももう食うことは無いと言う。また、海外放浪の際に様々な外国人の女の子と関係を持ったらしく、それで自信を付けて、今はナンパ師をしていると聞いた。ちょっと情報が多すぎて、自分は意味が分からなかったが、とりあえず元気そうではあった。毎日、昼から夜までずっと街中で女の子に声を掛けているそうで、ナンパの極意のようなブログもやっているようだった。生きる希望を、大好きな「女の子」に見出したのだと言う。とにかく沢山の女の子と仲良くなりたいと言っていた。純粋な奴だったから、純粋に生きるしか無かったのだろうと思う。別れ際に、きみは生き急いでるような気がするけど、死ぬなよ、と自分は言った。彼は照れ臭そうに、はは、死にませんよ、と笑っていた。その、一度きりの再会以降、彼とは会っていないのだが、今でもたまに思い出す。

何もいりません。舞台に来てください。