もうすぐ8年

店を始めてもうすぐ8年になる。ちょっと意味が分からない。何か、こんな感じで歳取って死んでいくんかな、と思う。玉造に来てからは3年、その前に谷町九丁目で5年やっていた。始めた当初から来てくれていて、今も来てくれる人が結構いる。あの頃まだ高校生だったあの娘は成人して、今では煙草も酒もやる。相変わらずアイツはしみったれた顔で溜め息をついている。ライヴによく来る人もいれば、喫茶のときだけ来る人もいる。きみと初めて話をしたのも、この店だ。

8年前に比べると、当たり前だが知り合いが増えた。昔はどうしようもなくコミュ障だった自分であったが、いつの間にか店にいるときだけ人と話すことにあまり緊張しなくなった。時には店主の顔つきで頷いたり、時には口論をしたり、時には女性に対して普通にセクハラまがいのことも言ったりする。楽しいことだけではない。店内で泣く人もいれば気まずくなる人もいれば恋をする人もいれば絶望的に落ち込む人もいた。店を始めて分かったことは、人にはそれぞれの事情があるということ、皆何とか日々を生きているということ、マトモに善良な人間などそういないということ、そして、誰もが一人では耐えきれないということ、だ。今まで自分のことばかり考えてきたけれど、今は少しだけ、あなたを思いやる自分がいる。知らん間に誰かを傷つけてしまうこともあるけど、この店は、出来るだけ安心出来るような楽しい場所にしたいと思っている。一歩踏み出せばキチガイじみた世間に飲み込まれるから、ゆっくり出来る時間、居場所を求めている人は多い。もしもここが少しくらい誰かの役に立っているのならば、それは素直に喜ばしいことだろう。

ここまで来ると、いつ辞めるのか、いつまで続けるのか、みたいなことが頭にちらつく。自分には誇りも何も無くて、周りからは凄いねなんて言われるが、マジで全く凄くない。勝手に、知らん間に、呆けて煙草を吸っていたら適当に8年経っていたような感覚なのだ。面倒臭い、どうしよ、飽きた、おもんない、と思うこともある。何か知らんがムカつく夜もある。沢山やさしい人がいるのに、何故か自分だけひとりぼっちな気持ちになって寂しくなるときもある。辞めたところですることも無いし、だから何となく続けている。今でも新しくやって来る人がいて、ずっと来たかったんです、と言われたりする。いつか行きたいと思っている人だって、いるかもしれない。どこかにいるあなたといつか会う。そんな想像をよくするよ。


何もいりません。舞台に来てください。