Shit!

誰かが誰かに怒り狂っているので話を深く聞いてみると、それはただの嫉妬であった、というのはよくある話で、世の中の人間関係は嫉妬に溢れている。おばはんが若い女子に、不細工がイケメンに、嫌われ者が人気者に、今日も嫉妬している。

嫉妬心が強い人は、飽きないのかというほどに常日頃から誰かに嫉妬していて、何だか辛そうである。ウチはウチ、ヨソはヨソ、とは真逆の精神で、隣の芝生の青さを羨み、悔しがり、やがてそれが妬みへと変わっていく。生きていれば嫌でも他人の言動は目に入るので、嫉妬が消えることは無い。ほら、また、同等だと思っていた誰かの芝が青々と茂っている。

落語家の立川談志は「いいか、この野郎。嫉妬ってえのはな、自分よりもレベルが上の相手を、自分のレベルまで引き下げて見る行為、なんだよ。つまりだな、本来なら修練を積み努力をして、己自身のレベルを引き上げて相手と対等に並ぶのが筋ってもんだろ。で、追い抜かしていけば、それで良い話なんだ。だけど人は嫉妬する。何故だか分かるか?それはな、その方が楽だからだ。不努力、無能、保身。おい、てめぇ、聞いてんのか!おれの話もちょっとは聞けよ。あいつの話ばかり聞きやがって。この糞野郎がっ!Shit!」と言ったとか、言わなかったとか。

なるほど、自分の不努力や無能さを放ったらかしにして、他者への嫉妬という簡易な方法で己を保っている、ということらしい。

では、嫉妬される側はどうだろうか。ぶりぶりのギャルが「何かさ~マユミに嫉妬されちゃったみたいで~」と半分嬉しそうに困っている光景がある。嫉妬される人は少なくとも嫉妬する人よりかはレベルが上なので、ぶりぶりのギャルが嬉しくなるのも分かる。しかし、相手は不努力で無能なマユミである。そんなマユミから、同じくらいの低レベルまで引き下げられている時点で、もしかすると、ぶりぶりのギャルも大した人間では無いのかもしれない。そして恐ろしいことに、すぐ優越感に浸りたがる人間ほど、嫉妬心もまた強いのである。ぶりぶりのギャルは、いつか格上のぶりぶりのギャルが現れたときには、嫉妬丸出しの尻を嫌味たらしく振る。

こうした同業者や知人関係における嫉妬とは別に、自分は、こと色恋沙汰においては嫉妬ばかりしてきた。いわゆるヤキモチである。たとえば恋人が、誰か別の男を褒めたりすると、あわわ、と狼狽して、ぼくは?ぼくは?ぼくは?と壊れたロボットのように泣き叫んでしまう。褒められた男を鉄拳制裁、ぶちのめしてやろうかと思う。大切な人がいつか遠くへ行ってしまうのではないか、といった不安を常に抱えてしまう自分は、嫉妬の塊のような男であった(そして実際、当時の恋人は他の男の元へ去った)。こうした嫉妬は、独占欲から来るものである。

そんな気持ちも、歳を取るにつれて薄れていく。誰が何をしていようと、知らないよ。その代わり、自分も好きにするから放っておいて欲しい。無敵の私はいつもクールにやるだけさ。とか言いつつ…。嫉妬心が無いのかというと、やはり、あるから困る。周りの芸人の中にも一人だけいて、現状を比べたときに、羨んでしまう。うらやま~と思うのだが、これも単なる嫉妬である。勿論、布団でぐるぐるになっている自分とは違い、相手は秀でたセンス才能に加えて高い意識を持った人であることは言うまでも無い。

さて、自分は誰かに嫉妬されるのかというと、これに関しては今のところ全く思い当たらない。誰にも嫉妬されないというのも、何だか寂しい話である。

何もいりません。舞台に来てください。