タコ夏

「甘くて小さな天使 ぼくはきみの名前を知ってる きみはお花が好き
甘くて小さな天使 きみはぼくの夢を知ってる  ゆっくりおやすみなさい
毎朝ぼくを見れますか 知ってる?ベイビー
もう一度笑顔で会えるよ 知ってる?ベイビー」

これはボビー・ブラウンという人の「スウィート・リトル・エンジェル」という歌の訳詞である。ボビー氏がどういった気持ちで書いた詞なのかは分からぬが、きっと誰かを想いつつ書いたのだと思う。私も、遠い街に住む天使の名前を知っている。花泥棒の天使は近付くとほんのり甘い香りがする。その香りを知っているのは、もしかすると私くらいなのではないか。

夏が来た。蝉だって鳴いてるぞ。きょろきょろ、ふらふらしながら、どこかへ行ったり、また戻ったりして、溜め息をつきながら、私はまたペンを握る。

遥か遠い惑星に住む夢遊病のタコは眠る前に唇を噛む癖があった。あんまり噛むと朝起きたときに血まみれになるからやめときなさい、と注意しても、タコはやっぱり今夜も唇を噛んでしまうのだった。星を見る。犬を抱く。うとうとしながら沈んでいく。そうして夢の中で笑っている。勝手に寝ぼけて転んで飛んで、まったくタコは呑気なもの。

きみと二人で夏の夜空を見ていた。あれが双子座で、あれが餃子。きみは、私の知らないことを知っていて、その代わり私が知る当たり前のことを知らない。だから簡単に言うとたとえば(3×3)+(4×4)したらイコール5×5になるやんか、と私が言った瞬間、きみは空を指差して、ア!今、何かが光った。

タコになりたいかと言われたら、なりたくない。タコはタコだから。でも、おれたちも所詮はタコみたいなものさ。ハートに絡みついて離さない、ぬるぬるの、いわば心の吸盤みたいなものがおれにもきみにもあって、それはどうしようもない代物だ。世の中には頭で考えても分からないことが沢山ある。

きみの指先からは、ほんの少しだけビームが出ていた。夜の宇宙は静かで、広大で、微動だにしなかった。やがて夏が終わり花が散った。結構あっという間の線香花火だった。太陽が控えめになると、涼しい風が踊りだした。私たちは凛と背筋を伸ばして歩く。もう一度笑顔で会えるよ、ベイビー。その気にさえなれば、あなたもどこかで天使に会えるはずです。だからこの暑さを、熱さを、きっとお互い忘れずにいましょう。さようなら!


何もいりません。舞台に来てください。