カタツムリ

動かないと決めた日は、本当に動かない。布団の上に寝転がって、ざわわ、ざわわ、と口ずさみながら天井を見上げて、じいっとしている。時折寝返りをごろごろと打ち、股間をまさぐる。枕元に灰皿と湯呑を置き、煙草も茶も布団の上で済ます。思考をいかに停止させるかが肝であるが、そう簡単にはいかない。本を何ページか読んでは閉じて、ざわわ、と口ずさみながら携帯をいじって、殺人鬼や仏教史やウォルト・ディズニーについて調べたりしているうちに、小便がしたくなる。しかし、トイレに立つのも億劫で、ひたすら尿意を我慢して、漏れる寸前、もしくは少し漏れた時点で、ようやく立ち上がる始末である。

そうして夜になり、外はもう真っ暗で、何も食べていないことに気付く。限界までカタツムリになった自分は、ゆっくりと動き出す。ボサボサ頭ボウボウ髭眼鏡のまま、勿論服を着替えることは無い。鏡を見ると、老けた山羊のような顔面が映っている。口内は煙草のヤニで粘着しているし、目ヤニも大量発生している。勿論顔を洗ったりはしない。冷蔵庫を開けると、腐りかけのレタスとエリンギくらいしか、無い。調理する気にもなれぬ。舌打ち。再び布団に寝転がり、溜め息をつく。空腹を堪えるか、買い物に行って腹を満たすか。ここで初めて思考が動き出す。

食わなければずっと家で寝転んでいられる。が、おそらく空腹で苦しくなるだろう。飯を食って満腹にすれば、より高みの、いや低みの堕落が出来るに違いない。しかしそのためには外出しなければならない。布団の上、苛ついた気持ちのまま、外に出るかどうかで悩み続ける。とりあえず煙草、と手を伸ばすと、空箱で、あれ?嘘やろ?さっきあと一本あるやん、って思ったのに、ああ、それを思って、さっき吸ったんや、いや吸ったかなあ?などと記憶を巡らせて、しかし現実、煙草はここには無い。これで外出への兆しが一層強くなった。寝転んだ体勢のまま、ハイライトの空箱をぐしゃぐしゃに丸めて、おらぁ、と遠くに放り投げる。その瞬間、屁が出た。空腹の胃から捻り出された屁は見事な腐臭で激烈に臭く、自分はなぜか嬉しくなった。

靴を履いて、勿論踵は踏みつけて、外へ出ると冷たい夜風に巻き付かれる。近所のコンビニへ行くと、ギャルが、友達の不細工なギャルと騒ぎながらチューハイを選んでいる。え?あんたストロング飲むん?マジ?頭わる。自分は影となり、忍者の如くその横を静かに通り過ぎる。うどん、巻き寿司、ひじき豆、切り干し大根、牛乳を買って、散歩することも無くすぐさま帰宅する。うぅ、さぶぅ、ぶぅぶぅ、と独り言を言いながら、家畜の如く背中を丸めて、出来合いの添加物惣菜たちをもしゃもしゃと食べる。ギャルは今頃酔っぱらっているのだろうか。不細工な方が、頭わる、と言っていたけど、ストロングチューハイを飲むことが、なぜ頭が悪いということになるのだろう。

2分ほどで食べ散らかして、歯も磨かずにまた寝転がる。腹が満たされると、眠気が誘い、欠伸欠伸で気持ちが良い。さて、食後の一服、と、そこで初めて煙草を買うのを忘れたことに気付き、ぎぇ!頭が悪いのはおれだ。発狂する元気も無く、うなだれて、独りむせび泣く。

そうして、極限まで肉体と精神を堕落させて、ざわわな朝がやって来る。いつの間にか寝る。

何もいりません。舞台に来てください。