角刈りとおばはん

近所のコンビニには、外国人が何人か働いている。自分はほぼ毎日のようにそこへ行くのだが、もしかするとまだ十代かもしれない、東南アジア系の、浅黒い細身で角刈りの従業員が、夜から朝にかけて大抵いつもいる。

角刈りは、いらしゃえませー、と片言ながらも、接客は丁寧である。釣りを返す際に両手でこちらの手を包み込むように触れてくることだけは気持ち悪いが、不器用にも頑張っている様子で、自分は個人的に話し掛けることはせずとも、陰ながら角刈りを応援している。そのことを示すためにも、自分は出来るだけ丁寧に、ありがとう、とはっきり声に出すようにしていた。箸要らないですよ、はい、どうもありがとう、などと言って、近所の優しげな兄さん風を装っていたのである。

先日、夜中に、牛乳と冷凍うどんとプリンと煙草を買おうと、コンビニへ行った。するとレジカウンター内で、どうやらひと悶着ある様子、何と角刈りが同僚のおばはんに叱られているのだ。おばはんは、大きな声で説教じみた言葉を角刈りに投げ続けていた。だからぁ!なんでそんなことなんの、おかしいやないの、なぁ、あたし何か間違えてるか?あんたなぁ、せやから何遍も言うてるやないの。自分は途端に嫌な気持ちになった。おばはんを嫌悪した。プリンを選ぶふりをしながら二人の様子を伺うと、どうやら角刈りが業務上のミスをしたらしい。 勿論、仕事中にミスをすれば叱られるのは当たり前かもしれない。しかし、客に聞こえるほどの大きな声で説教をするおばはんの、圧倒的なデリカシーの無さ、また、自分一人とはいえ、こうして客を不快な気持ちにさせている事実に、自分は憤慨した。深夜三時におばはんの怒号など、こちらは聞きたくも無い。

説教は延々と続き、分かったんか!とおばはんが言った。嫌味で高圧的な言い方だった。そして、角刈りが申し訳無さそうに、スミマセン、でも…、と言った途端、でもじゃない!でもでもでも!でもじゃない!とおばはんが叫んだ。思わず自分はビクッとして、プリンを選ぶどころでは無くなり、過呼吸になって所構わず棚の商品をカゴにぶち込みながら、店内をぐるぐると廻った。そのうち、おばはんは裏に引っ込み、角刈りは説教から解放された。ようやく自分は落ち着きを取り戻したものの、体中、無性に切ない気持ちが広がっていた。きっと角刈りも落ち込んでいることだろう。ここは慰みの言葉でもひとつ、掛けてやるか。おい角刈り、苦労の種も花となるぜ、と名言スタイルでいくか、それとも適度に明るい調子で、おばはんってほんまうるさいよな、ははは、と気さくな兄ちゃんスタイルでいくか、あれこれと考えながら、レジカウンターに向かった。

レジカウンターに商品を置くと、角刈りは至って普通の顔で、いらしゃえませー、と片言で言った。いつも通りの角刈りだった。涙目になっても良いのに、客を目の前にすれば平静を取り戻す、角刈りのプロフェッショナルをそこに見た。正直、少し呆気に取られた部分もあり、もう少し悲しい感じでいて欲しかった気もする。が、角刈りが平静であるならば、それに越したことは無い。去り際に、まぁ一言、いつもありがとう、くらいは言ってやろう。

そのとき、裏からおばはんが出てきて、角刈りに小声で何か告げると、角刈りはいそいそと裏へ、代わりにおばはんがレジを担当することとなり、満面の汚い笑顔で、いらっしゃいませぇ、と言った。先程の怒号とはまるで違う、甲高い声だった。198円がいってぇん、320円がいってぇん、などと言いながらニコニコしていやがる。語尾に音符マークが付くような物言いで、表面だけを取り繕った嘘丸出しの接客だった。思わず自分は舌打ちをした。

自分はこの際おばはんに何か文句を言ってやろうかと思ったが、勿論そこまでの勇気は無い。そこで、ここはひとつ、自ら鬱陶しい客を演じることで、おばはんを不快な気持ちにさせてやろうと決めた。そうして、角刈りの仇討ちをしてやるのだ。手始めに自分は、出来る限りのヤンキー風メンチをおばはんに送った。柄の悪い客じゃけえのぅ、気ぃつけよおばはん、と心の広島弁で凄んだが、おばはんは相変わらず音符マークで、108円がいってぇん、とレジをピッピッしている。こちらに見向きもしない。畜生。

次に自分は小声の早口で、煙草のヘイランタひとつ、と呟いた。ハイライトのことである。はい?えっとぉ、と戸惑うおばはんに、ヘイランタ、と再び言うと、煙草棚を見回すおばはんが、こちらでしょうか?と、なぜかラークマイルドを出してきた。自分は首を振りながら、ヘイランタ、と言う。おばはんは、うぅん、と言って腕を組みながら煙草棚を見回している。そこで自分はおばはんの背中に向かって、ハ、イ、ラ、イ、ト!と大きな声で言った。おばはんは、申し訳ありませぇん、とにこやかにハイライトを出した。何も効いていない様子であった。

続いて、こちらぁお箸は何本お付けしますかぁ?と言うおばはんに、自分は無視を決め込んだ。全く何も聞こえていないふりをして虚空を見つめたのである。そして痺れを切らしたおばはんが、お箸ぃ、入れときますねぇ、と言って入れようとした瞬間に、箸は要りません!と語気を強めて言ってやった。どうだ、これはムカついただろう。その証拠に、おばはんは一瞬ちらりと軽蔑の眼でこちらを見た。へへ、してやったり。復讐完了だ。ありがとうございましたぁまたのご来店お待ちしてまぁす、と上ずった声を背中で聞きながら、今日はこのくらいにしといたるわ、という気持ちで店を出た。振り返ると奥の方で角刈りが、ありがとう兄さん、といった感じで、おれのことを羨望の眼差しで見ていた。良いってことよ。

帰宅して、袋の中を見ると箸が入っていた。おばはんの勝利。

何もいりません。舞台に来てください。