ホッチキス

先日、詩集を印刷して綴じていた。本当はもっとええ雰囲気の紙を使ったりお洒落な感じの表紙を拵えたりした方が女子供は喜ぶのかもしれぬ、が、自分にはそんな気は更々無くて、詩が伝わればそれで良い、肝心の言葉がはっきり読めれば問題無かろう、と思い、ただの安紙をプリンタで両面印刷してホッチキスで留める、という貧乏手作りの作業を黙々としていた。明日には注文してくれた人たちに郵送するつもりであった。

さて、いくつか詩集も完成して、もう後少しというところで、ホッチキスの芯が無くなった。思わず、ア、と声が出た。替えのストックを探すも、無い。ホッチキスホッチキス。昔、ホッチさんという苗字の女の子がいたな。彼女に接吻。そんなことはどうでも良い。はて困った。夜中だったので、文具屋も閉まっている。もしかするとコンビニへ行けば売っているのかもしれぬが、可能性は薄いし、そもそも極寒だから外へ行く気もしない。明日郵送の計画は断念せざるを得なかった。自分は溜め息とともに舌打ちをした。こうした計画の頓挫が、いつも自分を苦しめる。まぁ明日やれば良いや、と開き直れば良いのに、それが出来ない。今日やるつもりやったのに最悪最悪ホッチキス糞ホッチキス糞と未練たらしく呟いて、無性に腹立たしい気持ち、また辛い気持ちが、込み上げる。結局寝る寸前までホッチキスホッチキスと唸りながら、己の運の無さを呪った。

次の日、文具屋でホッチキスの芯を買った。気分を一新して、どうせならば、と少し値の張る高級そうな芯を選び、今日こそ詩集を綴じるぞと意気込んだ。そうして再び夜中に作業の続きを始めたのだが、またしても事件は起きた。芯が、充填出来ないのである。どうやら自分が購入したこの高級な芯は、サイズが一回り大きかったらしく、確かによく見ると11号と書いてあり、普段見掛ける芯よりも、ほんの少し、何ミリか大きいようである。そして、「この芯は10号ホッチキスには使用出来ません」との注意書きもあった。ホッチキスの芯に10号や11号などのサイズがあることすら知らなかった自分であるが、妙に色気を出して高級な芯を買ったばかりに、この日も詩集を綴ることが出来なかった。そして自分は、発狂した。

髪を掻きむしり、ぎゃああ、と叫んで、舌打ちを百連発して、正岡子規の如く、血を吐いた。ホッチキスホトトギスホッチキスと呪詛を垂れながら、そのまま卒倒した。

再び新しいホッチキスの芯を買わなければならぬ。次は間違えずに、10号の芯、と分かっている。しかしよく考えると、手元にあるホッチキスが果たして何号であるかは未だに謎で、11号の芯が何ミリかの差で入らなかったので、おそらく10号だろうとは思うのだが、単に思い込んでいるだけで、ホッチキス自体には一切そのような表記は無いし、もしかしたら9号なのかもしれない。それに、もはや自分の選ぶ芯はどれも入らないような気さえする。そうして永遠にホッチキスを使うことが出来ず、詩集は綴じられぬまま、いつまでも朝は来ず、世界は終わり、犬が鳴く。

何もいりません。舞台に来てください。