このところ寝不足が続いていたので、今日は死ぬほど寝てやろうと思い、風呂にも入らず歯も磨かず酎ハイ飲んでから布団に入ったのが深夜4時頃、明日の予定は何も無いし、勿論アラームもせず携帯もマナーモードにして、完璧のぶた、存分に眠りたいだけ眠って、一旦極限まで泥々に汚くなってから、明日、ゆっくりと風呂に入って全てを浄化しよう、と目論んだ。

コンタクトレンズが無くて眼鏡姿で舞台に出たら何故かそれが矢鱈とウケる夢の途中で、ピンポーン、と来やがって起こされた。あぁ、いつもタイミングが悪い。無視して、ふて寝を決め込んでいたら、ピンポーンピンポーンピンポーンとしつこいので、借金取りか、それとも昔捨てた女か、と思って仕方無く出ると、作業着を着た青年が立っていて、あのう!すみません!と大きな声で謝った。水道管の、バルブの、汚水の、とか何とか言っていたが、話にまとまりが無く全体的にヘタレな感じで、内容が全く伝わらぬ。自分は明らかに不機嫌な顔を作りながら、超冷静な雰囲気で、うん、で、用件は何ですか?と言った。とにかく!今まさに復旧作業をしているのですが!何と!その間は水が一切使用出来ません、すみません!とヘタレは言った。自分は、あぁ、とだけ言ってドアを閉めた。何と!の部分が一番ムカついたな、と思った。時計を見ると9時だったので、一服してから再び布団に入った。遠くの方で、すいませ~んと言う声が聞こえる。あいつがマンションの一部屋ずつを周りながら、報告しているのだろう。下っ端の役目とはいえ大変な仕事だ、冷たい態度を取って悪かった、でもああいう奴にはこちらが冷たい態度を取っていることさえ伝わっていないのだろうな、と思いつつ、まどろんだ。

歯が全部透明のプラスチックのようになっていて最悪、という夢を見て、昼に起きた。便所へ行き小便中に気付く。ア、もしかして、と予感は的中、レバーを捻っても水が流れなかった。どうやら未だに復旧作業をしているらしい。仕方無く便所には小便を貯めたまま蓋をしておき、後は泥々の状態でぼんやりテレビを見ていたが、顔も洗えず歯も磨けず飲まず食わず、珈琲も淹れられない、小便も出来ない、のは辛い。こんなもんいつ終わるか分からん、と思って、着替えて外へ出た。マンションの一階では管理人や作業員たちがてんやわんやしており、ペットボトルの入った段ボール箱が山積みになっていた。そして住人のおばはんが管理人に何やら愚痴りながら怒っている。あぁ、嫌だな、と思った。天気は上々、夏のような暑さであった。飯を食って散歩したが、ともかく身体がべたべたで死にたくなる。水が無ければこんなに辛いものなのかと思った。

銭湯へ行った。昼間から街の銭湯へ行くなんて久しぶりである。存分に水や湯を浴びて、渇いた心を潤した。銭湯には、爺とデブとヤクザがいた。爺は電気風呂で大口を開けていた。デブはボディーソープで身体を丁寧に洗っており、泡でもこもこの雪だるまのような巨体となっていた。ヤクザは髭を剃りながら鼻歌を歌っていた。自分は身体を洗い、歯を磨き、湯に浸かって阿呆の顔をしていた。四者四様、裸の猿の姿がそこにあった。

さて、爺は電気風呂を上がると、赤ら顔でぺたぺたと歩き、もこもこのデブの隣で水を浴び始めた。そして笑顔で、わし先に上がりますわ、とデブに声を掛けた。デブは、おう、とだけ言った。それから身体を流し終わったデブは湯に浸かり、髭を剃る鼻歌ヤクザの背中に向かって、今日も一段と暑いっすね、と言うと、ヤクザは振り向きもせず、もう夏みたいなもんや、と言った。すると爺がまた入ってきて、どうやらタオルを忘れたらしく、ヤクザがそれに対して、気つけんとあきませんで、と言ったところ、やかましわ、と爺が答えたのである。

一体どういうことなのか、はて、と思った。三人ともに知り合いなのは分かる、元から知り合いか、この銭湯で会うだけの間柄か、それとも一緒に来たのか、その辺りは分からぬが、ともかくこの三人は話をする仲であったのだ。それとは別に、どうも腑に落ちない不可思議なことがある。三人の関係性、またはそのヒエラルキーが、見えてこない。たとえば通常の社会生活では年功序列といって、年少者が年配者に礼を尽くすものであり、それで言うと二人とも爺に敬語を使うはずなのだが、デブは爺にタメ口で爺はデブに敬語を使っていた。また、年功序列ではなく、その人の地位や風格を基準として見るならば、どう考えてもヤクザが最も上の地位にいて、爺とデブは下位に存在するように思うが、爺はヤクザにタメ口でヤクザは爺に敬語であったのだ。つまり、爺→デブ、デブ→ヤクザ、ヤクザ→爺、に敬語を使っていたのである。まるでジャンケンのような三人だ、と自分は思った。そして、それ以上は何も思わなかった。銭湯を出て、また歩く。

夜中、マンションの周りには作業車が停まっており、未だに復旧作業をしているようだった。今までも、何らかの水道作業のための断水、というのはあったが、朝から晩まで終わらないというのは、なかなかの事態である。マンション周囲には何やら下水の臭いが広がっていて、きっと近隣からはクサマン(臭いマンション)などと言われているだろう。どの部屋のドアにも「緊急!水は一切使用できません。いつ復旧するか分かりません。ご迷惑お掛けします」といった紙が貼られていた。コンビニでペットボトル天然水を買い、帰宅してトイレを覗くと、臭った。急いで購入した水を流したが、ちっとも足りなくて、再び買いに行き、それから手を洗うときも歯を磨くときも、ペットボトル天然水をちまちま使った。

いつか地震や戦争、そうでなくても、暮らしに水が無くなれば、大変だろうと思う。このまま復旧しなかったら、クサマンの住人として過ごすしかあるまい。

何もいりません。舞台に来てください。