メクラの本屋

今日は、友人O橋の地元である八尾へ行ってきた。何度か行ったことはあるが、特に何も無い街である。なぜ行ったのかというと、暇であることと、友達が異常に少ないことが、主な理由である。近鉄八尾の高架下、ださいショッピングモール、曇天の向こうには山が見える。どっかおもろい所に案内せえ、と言うと、O橋はごにょごによ言いながら、とある古本屋へ連れて行ってくれた。商店街の中にある老舗の古本屋「大仙堂書店」である。

お世辞にも綺麗とは言えない。むしろ、オンボロゴミ屋敷。狭い店ながらも、とんでもない数の本が至るところに山積みになっており、通路さえもが本で塞がれている。確かにおもろい店である。ここの店主のお爺は古本業界では凄いお爺らしく、四天王寺の古本市を仕切っているのもこのお爺なのだ、とO橋が自慢げに言う。O橋は高校生の頃からこの古本屋に通っているようで、当時はここでエロ本を買うなどしていたらしい。お爺は、背が小さく、白髪で、目を病気で悪くしたために視力がほぼ無い。

「あぁ、もうあかん、あかんわぁ」と言いながら、お爺が本棚を整理している。どうしたんですか?と聞くと、「本が多すぎる」と言ってお爺は溜め息をついた。一体何を言っているのだろうか。確かに床から天井まで、四方八方、至るところに本がある。確かに多いですね、と自分が言うと、「多すぎるわ。まるで本屋や」と言うので、我々はツッコむのを我慢しつつ、本を吟味した。それでもお爺は、「もう、どうしようもない。しゃあないわ、ほんま」と卑下が止まらない。「あぁ、ゴミの山。本増えすぎた。また仕入れてんけど、あぁ、本、本、本だらけ。どうしようもない」と段ボールを開けて新しく仕入れた古本を整理している。目は今どれくらい見えてるんすか、とO橋も失礼なことを言う。「もう、あかん。見えへん。メクラの本屋や。阿呆や。もう、阿呆 」とお爺も少し笑っている。なるほど、ふざけているのだ、と自分はようやく気が付いた。

本の種類も豊富である。文庫、小説、漫画、雑誌、歴史書、画集、エロ本、医学書、その他専門書…。棚のジャンルも、一見揃っているようでバラバラである、が、何ともいえぬ風情に満ちている。「江戸の暮らし」の隣に「麻雀放浪記」があり、「ピストルマニュアル図鑑」の隣に「ムー」がある。

自分は「ピストルマニュアル図鑑」が欲しかったのだが、2000円と高価であるため諦めて、結局「性風俗の歴史」を200円で買った。お爺は、ありがとうね、と優しい接客である。そして段ボールを開けて、「こんなん入ったけど、どうや。あげよか」とO橋に一冊の本を手渡した。「絵本の宝物」という本である。O橋は芸術家であり、絵本作家でもあるのだ。常連客に優しいお爺である。O橋も素直に、ありがとうございます、と言って受け取ったが、果たして無料でくれたのか、それとも商品代金を払った方が良いのか、曖昧な雰囲気になった。「絵本の宝物」は今仕入れたばかりの古本のため、値札すら付いていない。お爺は確かに「あげよか」とは言ったが、売ってあげよか、という意味かもしれない。

O橋が小声で、これってタダでええんかな、と言うので、それは流石にあかんやろ、と言った。恐る恐るO橋が、すいません、この本って、タダ…では無いですよね。いくら…ですか?と尋ねると、お爺は「絵本の宝物」を手にして、顔面を表紙や裏表紙に最大限に近付けながら、値踏みを始めた。そして、「800円やけど…、いける?」と言った。冗談では無いようだった。O橋は一瞬戸惑ったが、千円札を渡して、買いますけど、ちょっと負けてくれません?もう一声っていうか…、と、ごねた。お爺は黙って袋に本を入れている。妙な沈黙が流れた。そして、「もう一声、よし。お釣りは300円」と言った。

夕刻、店を出ると、あのじじい適当こきやがってこんな本800円もせんやろ糞、とすぐにO橋が毒づいた。700円やで、と自分は言った。シャッター街と化したアーケードには、延々と無名ビジュアル系バンドの歌が流れているのだった。

何もいりません。舞台に来てください。