忌まわしき露天

先日、久しぶりにスーパー銭湯へ行った。ぼくは全て脱ぎ捨てて熱い湯に浸かろう世界はこんなにも汚れているから、と思って、手ぶらで行った。平日の夜だからか、それほど人もおらず、これは快適に浸かれますぞ、露天風呂を独り占め、とルンルンしながら服を脱ぎ丸裸になって、バンザイしながら駆け出した。満天の曇り空、車の音、都会の二酸化炭素。情緒も糞も無いが、それでも露天風呂は良い。広い浴槽にはチビのおじさんと自分しかいなかった。わざとらしく、ふぅ、なんて呼吸しながら湯に浸かる。湯加減も悪くない。あれとこれとそれを一旦忘れて、ぼくはぼくの身体と心を清らかにした。

すると向こうからガヤガヤと若い男衆が6人やって来て、「うお、全然人おらへんやんけえ」全裸の彼らは、おそらく大学のラクビー部か何かだろう、皆日焼けした、筋骨隆々、ゴリラの如き肉体で、髪型は一様にツーブロックヘア、顔面は一様に不細工、そして陰茎は一様に標準より小さめであった。瞬時に危険を察知したチビのおじさんは、マゴマゴと浴槽を飛び出してサウナへ逃走した。自分は恐縮しつつ、絡まれないように浴槽の奥へと移動し、じっと湯に浸かり押し黙った。6人のラガーマンたちはぞろぞろと露天風呂に入水すると「ほんまアイツいっぺん殺さなあかんな」などと言って笑っている。

このとき、自分は自分の失敗に気付いた。ここの露天風呂というのは、浴槽の出入り口が階段状になっていて、それ以外の周囲は石壁になっているのである。自分はラガーマンたちに絡まれぬように浴槽の奥へ行ったは良いものの、ラガーマンたちは階段付近に溜まっている。つまり、露天風呂を抜け出すには、ラガーマンたちの間をすり抜けなければならない。満員電車で、すんません、と手をやりながら下車するのと似ている。しかし相手は、若く凶暴なゴリラたちである。笑いながら殺害計画をするような輩である。近寄るのは勿論、間をすり抜けるなど、出来るはずも無い。絡まれるだけならまだしも、場合によっては殴られたり強姦されるかもしれない。よって、ラガーマンたちが出て行かない限り、自分はこの露天風呂から出ることは不可能であった。

「お前ほんましばいたろかぁ」一際身体の大きいリーダー格のラガーマンが笑いながら後輩ラガーマンを小突いた。そしておもむろに立ち上がり、湯がしたたる裸体を晒してボディービルのようなポーズを決めた。「どない。この上腕三頭筋」「ちん毛伸びすぎや」誰かが言って下品に爆笑。別のラガーマンも立ち上がり、自らの陰毛を指で引き抜いた。「見て。めっちゃ抜けた」そうして、また爆笑している。目の細いラガーマンが手の平を重ねて水鉄砲を放った。「ちょやめてくださいよ」「がはは」「おれもっと飛ばせるでぇ」それから水鉄砲大会が始まった。水面バシャバシャ大会も始まった。楽しそうである。早く帰って欲しい。しかし臆病な自分は何も言えず、彼らの大会が終わるのを待っていた。湯船に陰毛が浮いている。

「おいサウナ行こか」リーダー格が言った。これで、ようやく出れる。サウナにはチビのおじさんがいることを知っている自分は、おじさん残念、と同情するとともに、この醜悪な宴から解放されることを喜んだ。だが、それも束の間、ラガーマンたちがざぶざぶと湯から立ち上がったそのとき、リーダー格が尻をくねらせてブッと放屁した。無意識に出たのでは無い。わざとである。「くさあ!やめろやあ」ゲラゲラ笑いながら、ラガーマンたちはサウナへと向かった。自分は、犯されたような気がした。無理矢理に強姦されたも同然だった。湯に浸かりながら、茫然自失、あぁ、自分がもっと強ければ、堂々と露天風呂を出られたし、「静かにしなさい。屁をこくのはやめなさい」と彼らに注意出来たかもしれない。己の裸体を改めて見ると、老人の如き貧相な骨と皮で、まるで勝てそうに無い。彼らに勝っているところといえば、陰茎の大きさくらいである。

行きどころの無い怒りは、湯が流してくれるわけも無く、屁の残り香とともに浮遊していた。のろのろと立ち上がった自分は「全員木っ端微塵になれ」と呪いの言葉を唱えて、忌まわしき露天風呂を後にした。

何もいりません。舞台に来てください。