秘密の弱点

誰にでも弱点やコンプレックスがある。それらは大抵、大っぴらには言えぬ恥ずかしいものだと思う。尻に巨大なおできがある、鼻糞を無意識に食べてしまう、箸が持てない、漢字が書けない、竹馬に乗れない、へそが臭い。そうした弱点を、皆おそらく普段の暮らしでは隠していて、あくまで真人間の顔を作り込んでは平然を装い、安倍がよぉ、なんて言いながらハイボールを飲んでいる。

勿論、自分にもある。誰にも言えずひた隠しにしている、秘密の弱点。このまま墓場まで持っていこうかとも思ったが、しかし、それではいつまで経っても弱者のままである。私は決めた。この機会に、敢えて私は私の弱点を公に発表する。そして私は私の弱さを見つめ直し、また克服して、私は生まれ変わり、パワーアップした私になるのだ。私は私に素直になるために、私の秘密を、あなたに教えようと思う。

ずばりそれは、お漏らし、である。

子供の頃からよく寝小便をした。ハッと目覚めるとパンツが濡れていて、布団には大きな日の丸が出来ている。あの瞬間の、絶望といったら!大きな溜息をついて、最低な胸騒ぎ、ヤバイヤバイと焦燥に襲われながら策を練る。そうして、洗面所でパンツを洗い、布団にはファブリーズなど振りかけてタオルで拭きつつ、またドライヤーの熱風を当てるなどして隠蔽を計るのだが、無念、親には必ずバレてしまう。その度に恥ずかしく、死にたくなる。寝る前には必ず便所へ行くように!と常に注意を受けていた自分であったが、知らぬ間に寝てしまったときや、夢の中で便所に行ったとき、やはり寝小便をしてしまうのだった。

寝ているときだけでは無い。起きている間も、自分はたびたび小便を漏らした。学校からの帰り道、漏れる漏れると身体をくねらせ悶絶しながら、家に到着する手前で膀胱が破裂し、パンツを濡らした。病気ではあるまいかと悩んだが、普段から牛乳や茶やスポーツドリンクを大量摂取していた自分は、事あるごとに漏らして、げんなり、しょんぼりとした。

大人になってからも、年に何度かは小便を漏らす。たとえば喫茶店にいて、ぼちぼち店を出ようと、会計をする。その前に便所へ行っておくべきなのは分かっているのだが、どうも忘れる癖がある。なぜならその時点では別段尿意は無いのだ。外へ出て、特に冬場などは温度差もあるのか、ぶるっと震えてすぐに小便がしたくなる。急激な尿意は鋭く込み上げて、いきなり崖っぷち、先程までは尿意0だったのにもう尿意99、となり、股間を抑えて片足けんけんでコンビニを探す。そうして、限界突破でパンツを濡らしたことは何度もある。

お酒は、いけない。ビールを飲むと途端に頻尿になり、次から次へと小便が出る。酔っ払って帰宅するときなど、我慢出来ずに公園や路地裏で立ち小便をすることもある。木陰で放尿しながら、野良犬のような気持ちになって夜空に小さく吠える。

昔恋人と温泉宿に泊まった際、布団を並べて寝た。少し酒も入り、珍しく良く眠れた自分は、寝る前に便所に行くことを忘れていたのだ。明け方、小便とともに目を覚ました。アッ!と思って、すぐに股間に力を込めて我慢したが時既に遅く、しゅるしゅると小便を出し切ってしまった。やはり、パンツは濡れて浴衣も濡れて布団に日の丸、であった。隣の布団で眠る恋人を横目に、音を立てないようにして、そろりそろりと新しいパンツに履き替えた。何とも情けない男である。布団を隠そうかどうか迷ったのだが、結局は恋人を起こして、おねしょした、と正直に告白した。え…、マジ…、と言われた自分は、おれは悪ないねん、こいつが勝手に、と自分の息子をつまんで出して、これからは気付けるんやで、ハーイ、ほんまに分かってんのかいな、ワカッテマース、と息子と即興腹話術をしたが、恋人は終始冷たい白目で見ていた。結局、布団が乾くことは無く、宿の人には何も言わずに帰った。まさか寝小便とは思わぬだろうから、きっと、変態プレイでもしたと思われたに違いない。

大便に関しては、漏らすことは無い。慢性的便秘症の自分は、極力我慢することが出来る。しかし小便は我慢出来ぬ。股間にキャップなど装着出来れば良いのだが、そういう訳にもいかず、今日も自分は股を抑えて行く先々で便所を探している。いい加減に大人だ、己の尿意くらい己でコントロール出来るようになりたいが、歳を取ると尚難しくなる気もする。

「裏腹に 流れ流れて 股が濡れ 湯気が立ち込む 冬の朝露」

以上が、私の秘密の弱点である。誰にも言わないで欲しい。どこにも漏らさないで欲しい。

何もいりません。舞台に来てください。