かにくんの話

去年の生國魂神社夏祭りで出会った沢蟹のかにくんが我が家に来てから、もうすぐ一年が経つ。かにくんは、この一年間を強く生き抜いた。何故か餌はあまり食べないのだが、無事に冬も春も越えて、近頃は矢鱈とソワソワしている様子、昼夜問わず水槽の中を縦横無尽に動いている。再び夏祭りが近付いてきたことを楽しみにしているのか、とにかくご機嫌である。

沢蟹のオスとメスの見分け方は、両ハサミの大きさで分かる。ハサミの片方が大きければオス、同じくらいの大きさならばメス、だという。かにくんは生まれつきのカタワ者で、片ハサミしか無いために、オスかメスかの区別は付かぬ。しかし、自分には、はっきりと分かる。彼はどう見てもオスである。臆病でシャイ、かつ慌て者でそそっかしい彼を見ていると、どことなく主人に似た男だと思う。

今日は雨降り、仕事を休んで終日なまくら暮らしを決め込んだ自分は、かにくんと共に、携帯で沢蟹の動画を見ていた。ほら、きみもこんな風にきちんと餌を食べなさい、と教育しながら、平和な時を過ごす。さて、携帯をいじくっていると、実は沢蟹の性別の見分け方にはもう一つ方法があることを知った。それは、腹の具合、である。沢蟹の腹の中央にはふんどしと呼ばれる部位があり、オスのふんどしは小さな三角で、メスの場合は大きく丸みを帯びたふんどしだという。なるほど。ちょいと君、お腹見せてみなさい、と掴むと、咄嗟に指をハサミでつねられて、痛い。暴力的な輩である。無理矢理掴んでひっくり返すと、そこには見事に大きな丸みのあるふんどしがあった。

まさか!と思って、携帯片手に何度も腹を確認をした。どう見てもメスの腹。かにくんは、臆病でシャイな慌て者の、女性だったのである。

何ということだろう。一年間の思い出が、途端に奇妙なものに思えてきた。しかし考えてみれば、色々と合点がいく。たとえば餌をあまり食べないのは、年頃の女性がはまりがちな、ダイエットをしていたのである。掴もうとすると指をハサミで挟んでくるのは、もう、何すんの!やめてよ!といったところか。これからはもっと紳士に付き合わなければならぬ。

それにしても、沢蟹とはいえ、一年間女性と同居していたのかと思うと、不思議なものである。かにくんでは無く、かにちゃん。今更そんな風に呼ぶことは出来ぬ。かにくんは、たとえメスであっても、かにくんだ。昔のアイドルなどを呼ぶときの雰囲気で、かにクン。いや、やはり、かにくん、のままで良い。彼女はかにくん。感慨深げな表情を浮かべた主人は、改めてまじまじと彼女の身体を観察した。すると更に驚くべき事実が発覚、何と、かにくんには足が7本しか無かった。彼女はハサミだけでなく、足をもひとつ失っていたのである。…自分は今まで、かにくんの何を見ていたのだろう。何も気付いてあげられなかった。主人として情けない。その点、かにくんは強い。不自由な身体でありながら、たくましく生きる彼女は立派である。今一度、そばにいてくれてありがとう、と感謝した。それから、夜更けまで沢山戯れた。かにくんは、自分の腕に登り、指を挟み、そそくさと動いていた。どことなく、活発な少女のように見えた。

夏祭りの日は、いわば出会いの記念日である。何かお祝いをしようと思う。

ふんどし

ファックユー

元気です。

何もいりません。舞台に来てください。