ばん珈琲店

大阪で一番美味い珈琲が飲める店だと聞いたので、こないだ行った。珈琲だけの店、と書いてある。その他、滞在は一時間以内で、パソコンなどの作業禁止、喫煙禁止、撮影禁止、大声で会話禁止、などのルールがある。全ては珈琲のためであろう。真剣に味わって欲しい、というプロフェッショナル精神に溢れた店なのだ。自分は緊張した。

店内は木を基調とした穏やかな雰囲気の店で、クラシックが流れている。この内装もまた、お洒落に繕ったというよりも、珈琲を集中して味わうことが出来る最適の環境が施されただけの話だと思う。ここの豆は自家焙煎の深煎りで、と言っても、単なる深煎りでは無い。店内で販売されている豆を見ると、真っ黒である。煎りまくっている。それを、ネルドリップという布フィルターを用いた方法で丁寧に抽出するという。

珈琲にはいくつか種類があり、自分は最も濃く苦味が強い「ばんブラック」(900円)を頼んだ。一般的に珈琲というのは、一杯あたり豆12g程度に湯は140cc、くらいの割合で作るのが良しとされている。豆を増やせばその分出来上がりは濃くなり、湯を増やせば勿論薄くなる。この「ばんブラック」は豆40g、湯60cc、と書かれてある。異常な割合だ。しかもその豆は、超深煎りである。これは、とんでもないものを注文してしまった気がする。

待つこと15分、運ばれてきたのはいわゆる珈琲カップでは無く、取っ手の無い、小さな湯呑のような器で、中には漆黒の珈琲が入っていた。飲む前から分かる。死ぬほど苦そう。一口飲むと、ビビった。今まで飲んだことの無い珈琲であることは確かだ。ただ…、自分の如き青二才の率直な感想としては、美味いかどうかもよく分からん、何やこれ、苦すぎるやろ、であった。生半可な気持ちで飲んではならぬような気がして、チビチビゆっくりと味わった。

ばんブラックを飲み進めていくうちに、苦味だけでは無く、ほんのりと甘さもあることが分かった。珈琲の持つ香りと苦味と甘みが口の中いっぱいに広がり、舌にはそれらの余韻がふんだんに残る。美味かった。クラシックを聴きながら深い珈琲体験に身を沈めることが出来た自分は、飲み干した後には幸福感に満たされて、こら見事です、と思った。大人になったような気がした(33歳 男)。

何もいりません。舞台に来てください。