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『不安』

 学生の頃(今から30年も前の話だが)、一般教養の心理学の講義で、ある自動車メーカーで、交通事故をなくす為の自動車の研究開発に携わっていた一人の社員が、結局、自動車が無くならなければ交通事故は無くならない、と思い至り、会社を辞めてしまった、という話を聞いた。講義のテーマは、『不安』だった。

 私は運転免許を持っていない。
同級生たちがこぞって教習所に通っていた頃、私は免許を取ろうとはしなかった。

 本当の理由は、お金がなかった事と、自家用車がなくても困らない生活環境だったからだが、理由を聞かれると、この講義を思い出して、『私が運転しない事で、交通事故がひとつ、防げるから』と言っていた時期もあった。(今思うと、なんか嫌な感じの奴だったな、私。)

 私の母は、85歳でパニック発作を起こした。

 若い時はそんなふうには思えなかったが、還暦を過ぎた頃から、心配性がひどくなり、特に食べ物に対しては度を越していた。戦争経験の為、ご飯がない状態に耐えられないのか、まだお冷やご飯が人数分以上あるのに、次を炊こうとする。『足りないと困るから』という理由で。
 同じ理由で卵、カレールー、醤油、、、使い差しが、あるのに次を買ってきて、新しい方から開けてしまい、使い差しが増えていく。
 足が悪くなり、台所に立っていられなくなって買い物もしなくなり、食材の買い過ぎは無くなったが、心配事はなくならない。
 戸締りはしたか?明日のご飯はあるか?米の買い置きはあるか?明日何を着ればいいのか?
 歳をとるごとに、記憶力が衰え、同じことを何度も言う。言った事を忘れるから何度も繰り返す。
 歳をとるごとに、物忘れはひどくなり、80歳を過ぎて、昨日の事を覚えていられなくなって、問いが増えた。
 今日は何曜日?明日は何日?明日自分はどこへ行けばいいのか?
 82歳の春、母は、心筋梗塞を起こした。
 デイサービスからの迎えを一人で待っている時に。当時は家族が外出してからデイサービスの迎えが来るまでに90分、夕方、デイサービスから送り届けて貰って帰宅してから家族が戻るまで60分、母一人になる時間があった。
 迎えに来たデイサービスのスタッフさんが、私に連絡をくれた。幸いずっと意識があり、症状は軽く、命に別状はなかったが、腎臓の持病があって、3週間入院した。
 退院してから、母の心配性は更にひどくなった。
 退院後、1ヶ月を何事もなく、うちでほとんど寝て過ごし、デイサービス通いを再開した。が、デイサービスからの迎えが来る前に、通勤中の私のスマホが、鳴る。『胸が苦しい。救急車を呼んでもいいか?』バスを降りてタクシーで帰宅すると、マンション前に救急車が到着した所で、入院の事を説明するも、救急隊の見立てでは救急搬送の必要なし。母から見えない場所で「お母さん、認知症の検査は受けられてますか?」と訊かれる。
 実際に入院した病院に運んだことも、退院後のかかりつけに運んだことも、数回ある。何処にも運ばなかったことも。初めの頃は会社を休んで家で母を寝かせたが、回を重ねるうちに、一旦運んだ病院からデイサービスに連れて行くようになった。
 母は、いつ自分の心臓が止まるか、不安でならなかったのだ。

 不安を抱えた母は、元々悪かった足腰がさらに弱くなり、自分の脚で立てなくなって、パニック発作を起こした。心臓、だけではなく、自分の命そのものがストップしてしまう、“死の恐怖”が、母を襲った。
 当初、認知症の急激な進行を疑った、ケアマネジャーやかかりつけ医の判断で、脳神経外科へ行き、心療内科へ行き、物忘れや認知機能の低下は年相応、パニック発作と診断されたものの、その原因を探る、というようなことはなされず、発作を抑えるための薬が数種類処方された。母は、眠る時間が増えた。

 それから二年と少し後、母は亡くなった。
 亡くなって一年ほどが過ぎた今になって、考える。“母の不安を解消するには、どうしたらよかったんだろう?”
 自動車会社の研究者は、解消できない不安と向き合うのをやめた。母が直面していた“死の不安”は、誰もが乗り越えたり解消出来たりするものではなくて、多分、気にしない、に限るのだと思う。死の恐怖に怯える暇がないほどに、何か別のことに夢中になるしかないような気がする。仕事でも、趣味でも。“生きがい”と呼べる事に。

 母が亡くなってしまった今となっては、もうどうしようもないが、出来る事なら還暦を過ぎたあたりで、“生きがい”となる事に出会って欲しかったと思う。
 奇しくも、今私は60歳、還暦だ。そして、目の前に、幾つもの不安がひしめいている。
 血圧、血糖値、体重、膝関節、股関節、肩甲骨、睡眠負債、、、まとめると、健康。
 そして、お金。退職金、年金、貯蓄、保険に投資。
 地球温暖化、熱中症、電気代値上げ。異常気象、防災、避難所?
 認知症、介護、施設、老後。
  
 私は、これらの不安の幾つを解消し、解消しきれない不安を気にしないでいられるだけの“生きがい”を、見つけられるだろうか?
 






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