ビデオ教材に教師の顔映像は必要か?
初noteです。twitterとfacebookで、ビデオ教材における教師の顔映像に関する僕の研究を少し紹介したら反響をいただき、これはやらねば!と思いました。学会発表レベルで論文にはなっていませんが、簡単に紹介したいと思います。
学習者は教師の顔映像を見るのか?
まず、ビデオ教材に教師の顔映像があったとして、そもそもそれを学習者が見るのかどうかという点について実験しました。アイトラッカーと呼ばれる、ディスプレイ上のどこを見ているのか計測できる装置を用いて検証しました。
大学生12名にご協力いただき、「デジタル教材は役に立つか」といった4分間の短い動画を見てもらいました。その際、顔映像あり(通常の動画)、静止画(顔はあるが静止画のもの)、顔映像無し(背景が黒のまま)の3種類を準備して、顔映像のエリアを見るかどうかを検証しました。
その結果、注視頻度、注視時間ともに、顔映像あり条件が、静止画条件や顔映像無し条件よりも大きいことが分かりました。「注視」というのは、人間の「見る」は注視とサッケードという状態に分けられ、注視はじっと見て文字や画像の情報を得ている状態で、サッケードはサッっと視線が高速移動している状態です。情報は注視の時のみ得られ、サッケードの時には得られません。たとえば、今ご覧になっているテキストを見ているときには、人間は1文字ずつではなく、数文字同時に注視して情報を得て、サッケードで次の数文字に移り、また数文字同時に注視して情報を得る、ということをくり返しています。したがって、注視の頻度や時間が「見る」の指標として使われます。
顔映像あり条件を見ると、顔映像はだいたい20%強くらい注視されていました。僕自身の感覚として「そのくらいかな」と思いましたが、人によって感覚がずいぶん異なるので、意外と見ているな、と感じる方もいれば、それしか見ていないんだ、と感じる方もいらっしゃると思います。実際、協力者の中にはほとんど顔を見ない人もいました。
後でもういちどまとめますが、実験結果の一般化には注意が必要です。たとえば、今回の実験は、動画作成と協力者集めの都合上、動画に出てくる教師は僕自身で(実験者は僕ではない)、協力者は僕自身のことをあらかじめ知っていた、という条件で実施しています。実験に落とし込む都合上、条件が限定され、一般化には注意が必要であることにご注意ください。
学習者は教師の顔映像付きの教材を選ぶのか?
僕の大学の授業では、以前からビデオ教材を導入していました。そこで、顔映像付きの教材と顔映像を削除した教材を用意して、以下のようにLMS(ラーニングマネージメントシステム/ネットにある授業用のページ)上で選べるようにして、そのログを分析しました。教材は全部で5種類用意しました。
少なくとも3種類を見た受講生60名ののべ250回視聴分のデータを分析したところ、約60%は顔映像ありを、約30%は顔映像なしを選んでいました。ここから、顔映像がある教材を好む人の方が多いことが分かりました。一方で、顔映像なしも一定数選ばれることも分かりました。これは実務上は重要で、平均的には確かに顔映像があった方がよいのですが、だからと言って顔映像ありだけにすればよいというわけではなく、顔映像なしの方を好みも無視できないということです。
顔映像に関するアンケート
ダイレクトにアンケート調査もしてみました。上記と同じ講義(調査年度は別)において、109名の受講生を対象にアンケートを取りました。調査時期の関係で、少なくとも1回以上ビデオを見た受講生87名に絞ってデータを分析しました。
質問と回答結果は以下の通りです。各回答の数値は割合(%)です。「講義者(島田)」とあるのは、僕が通常対面で授業を行っているので、わかりやすくするために入れました。
全体的には、顔映像に対して肯定的な意見が多かったです。たとえば、「理解が進む」については、約60%が4または5の肯定的な回答で、否定的な回答は8%のみでした。「顔映像は不要でスライドだけで十分」という項目に対しても、否定的意見(=顔映像に肯定的)の方が約50%でした。ここから、ログ分析とだいたい同じ傾向が読み取れました。すなわち、平均的には顔映像に好意的な受講生が多い一方、一定の受講生は否定的であることです。
インターネット調査
上記は、協力者を集める都合上、リアルの僕の講義を受けたことがある受講生を対象としたデータです。当然の疑問として、僕を知らない人たちの反応はどうなるのか、という問題があります。これを検証するために、インターネット調査を行いました。
アイトラッカーの実験と同様に、顔映像あり(通常の動画)、静止画(顔画像はあるが静止画のもの)、顔映像無し(背景が黒のまま)の3つを準備しました。協力者は20-49歳の一般の方965名でした。1名の協力者は、上記のいずれか1つの動画がランダムに割り当てられました。インターネット上で30秒間音声付き動画を見てもらい、その動画の好みに関する質問「この動画教材はわかりやすそうだ」「この動画教材は理解しやすそうだ」等6項目に、「1:全くそう思わない」~「5:とてもそう思う」の5段階で回答してもらいました。
結果は以下の通り、3つの条件で全く差がありませんでした。本当は顔映像あり条件が高いことを期待したのですが、そのような結果になりませんでした(残念←僕の気持ち)。
この結果は、ここまでに述べてきた「顔映像の選好」に関するデータとは矛盾しています。実験・調査の条件がかなり異なるので、その矛盾の理由ついては不明なのですが、教師を知っているかどうか、映像の長さ、等の原因が考えられます。
実用上注意したいこと
ここまでに僕の研究を述べてきましたが、ビデオ教材で教師の顔映像があった方がよいことを必ずしも主張するつもりはありません。その理由は以下の通りです。
第1に、心理学研究の常ではありますが、限定された条件の中での結果であるため、どこまで一般化できるかわからないからです。一般化については、実験・調査の繰り返しが必要です。また、どこまで一般化できるかを議論するには、理論構築も必要だと思います。
第2に、教師の顔映像に好意的な人は平均的には多いですが、否定的な人も無視できない数いるということです。心理学研究では平均に言及されることが多いですが、実用上は少数派の意見に配慮したり、相手に合わせることは必要です。
第3に、ここまでの研究は必ずしも「学習成績のアップ」に言及しているわけではありません。おそらく、実用上は「学習成績のアップ」に関心がある方が多くいらっしゃると思いますが、そこまでデータを取っているわけではありません。(この点については後述します)
第4に、顔映像をつけるには、技術的なハードルが上がるからです。たとえば、パワーポイントの映像と顔映像を同期させた映像を作るには、よいツールがあるとは言え、それなりの技術が必要です。最終的には受講生の理解を向上させることが教材の目的でもあるでしょうから、その目的向かって限られた時間を配分するべきだと思います。
以上から、実用上は、平均的には顔映像があった方がよいとは思いますが、顔映像をつけるべき、という極論を主張しているわけではないことには、注意してほしいと思います。
顔映像は学習成績のアップにつながるか?
上記の第3の問題である「顔映像は学習成績のアップにつながるか」という点については、データで検証したわけではありませんが、僕はポジティブ、ネガティブの両方の意見を持っています。細かく書くと論文みたいになってしまうので、仮説を含めて大雑把にアピールします(笑)。
まず、ネガティブな理由は、リッチなコンテンツが必ずしも理解を促進するわけではないという、これまでの認知心理学・教育工学的な研究の蓄積です。その理由を認知心理学的に説明すれば、知覚・注意・ワーキングメモリ(ワーキングメモリ→頭の中の情報処理のスペースとお考えください)の容量限界です。当然ながら、僕ら人間は一度に2つの対象を見ることができませんし(知覚の限界)、広い範囲をものを同時に情報処理できませんし(注意の限界)、たくさん情報を頭の中で同時に処理するには限界があります(ワーキングメモリの限界)。たとえば、本や教材によくある、内容とは関係が薄い挿絵は理解を阻害するというデータがあります。
次に、ポジティブな理由は、人間の学習は「人が情報を取り込む」のではなく、「人と人のコミュニケーションが基本」ではないかという仮説です。人が情報を取り込むだけなら、情報がシンプルな方がよいでしょう。一方、人と人のコミュニケーションが学習の基本なら、学習内容の伝え手が誰であるのかという情報はむしろ必要不可欠になるのではないかと考えます。人間が社会的動物であることは事実で、そこから推測すれば、この仮説はあり得ると考えています。これは、上記の「処理容量仮説」に抵抗する僕の仮説であって、検証されたわけではないですが。
僕は「共感」をキーワードに、人と人のコミュニケーションが学習の基本という立場から研究を進めています。興味あれば、議論させてください。研究についての情報はこちら→http://shimadahideaki.jp/
さいごに
最後までお読みいただき、ありがとうございました。新型コロナウイルス感染症でオンライン授業が急速に普及している中、少しでも役に立てばと思います。これからも、エビデンスベースの研究にご支援・ご期待いただければと思います。
既発表のリスト
Kishimoto, D. & Shimada, H. (2017). Do learners watch teachers' motion images included in online video materials? An eye-tracking study. ICCS2017; 11th International Conference on Cognitive Science. (September 1-3; Taipei, Taiwan)
Shimada, H. (2018). Learners' need for including teachers’ moving images in online learning video materials. ICCE2018; 26th International Conference on Computers in Education. (November 26-30; Manila, Philippines)
Shimada, H. (2019). Learners’ preference of video materials with or without motion images of a teacher. ICPS2019; International Convention of Psychological Science. (March 7-9; Paris, France)
Shimada, H. (2019). Students’ preference and empathy for teachers' images in online video learning materials. ICCS2019; 12th International Conference on Cognitive Science. (August 22-24; Seoul, Korea)
謝辞
本研究は科学研究費補助金(16H03073)の支援を受けました。ここに感謝します。共同研究者・研究補助アルバイトとして協力してくれた学生たちに感謝します。
追記(4/30)
関連研究をこちらに紹介しました。https://note.com/shimadahideaki/n/nef998a04b63d
追記2(2023/6/20)
「学習者は教師の顔映像付きの教材を選ぶのか?」の部分で間違いがあったので、修正しました。