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水泳個人指導インストラクター

私の自己紹介。

山梨学院大学水泳部 競技者&マネージャー
日本学生選手権は2連覇し、そのチームメンバーとして経験。
大学卒業後は総合型地域スポーツクラブに入社。水泳コーチ・フィットネスインストラクターとして指導者を6年経験後、ベンチャー企業へ転職。

ベンチャー企業へ転職後24時間フィットネスジムの立ち上げに2年関わり、その後は自分の夢に向かって前に進むことを決めた水泳個人指導インストラクターの島崎 義崇(しまざき よしたか)です。

目次▼
▪︎水泳選手としての活動
▪︎大学卒業後の迷走期
▪︎スポーツクラブで大変だったこと
▪︎組織に適応できない2年間

【水泳選手をとしての活動】

高校生時代の目標は「インターハイに出場!」という目標を掲げてトレーニングに励んでいたがラストシーズンの始めに、自分の不注意で足の左小指付け根あたりにヒビが入るアクシデント。
うまくメンタルコントロールすることが出来ずにラストシーズンは過去の自分の中学生時代の記録程までどん底に。

目標が達成が出来ず、水泳をやめようと思ったときに当時のスイミングのコーチから

「子供たちの指導をやってみたら?」

と言ってもらい、考えることなくやりますと答えた。とりあえずやってみよう精神が強いので。(笑

子供達と関わっていく中で、自分が水泳を始めたばかり時の楽しさを取り戻してきて、高校最後の全国ジュニアオリンピックカップではメドレーリレーで決勝進出することができた。

これまでの人生で自分が唯一没頭できたもの、そして大好きなものが水泳だった。
「高校生時代に叶えられなかった目標を達成したい。」
「大好きな水泳を本気でやりたい」
と思って実績も何もない高校生男子が、全国強豪校の山梨学院大学の門を叩きに行くことを決意しました。

一般学生として最初の難問は最初は仮入部からのスタート。水泳に対する姿勢、トレーニングがついていけてるか、人間性全てを評価されたうえでようやく入部が認められる。
同じ一般生の先輩にサポートしてもらったことが大きくて最初の大会で自己ベストを更新することができて入学3か月後に入部が決まった。1・2年目は個人的には思うような結果出せずに苦しんでたがチームとしては日本学生選手権大学で日本一となり、その当時のチームメンバーとして関わることができた。ようやく3年目に花が咲いて、目標だった日本学生選手権に出場することができた。

2011年日本学生選手権前の練習風景

【競技者引退後の迷走期】

個人で日本学生選手権に出場後、泳ぎたい気持ちと将来の進路について葛藤があり2週間競技者を続けようか考えたがマネージャーへ転向することに決意。競技者を離れ、楽な生活が始まると思ってたが虚しさの日々。同期・後輩がキラキラしていて羨ましいくてしょうがなかった。このままでは人生楽しくないと思い、行動しまくる20代が始まる。

入社を決めたのは地元のスポーツクラブ。当時親父にそのことを伝えたら

「絶対にそこへ行くな!」

と猛反対。
仕事の関係上、スイミング関係の方と関わること多かったみたいで労働環境があまりいい印象でないことを知っていたので私を心配してくれての言葉掛けだった。正直自分も当時は、

「やりたいことが何のか?」

わからずで、水泳の強みだけだったということもあって取り合えず社会人最初のスタートしてやっていこうと就職。
けど、入社してすぐに私はずっとここでは働くことないなと感じていた。
それは水泳時代にやっていた同じ志を持った仲間と突き進んでいくというのが感じられるって思わなかったから。。
水泳しかやってこなかった「最強わがまま末っ子男子」は自分が求める生き方・働き方を探し始めた。

2010年日本学生選手権女子総合優勝 2連覇

【スポーツクラブで大変だったこと】

初心者の方への水泳指導をする際に言葉を他の言葉に置き換えたり、イメージしてることを言語化することに苦戦しました。

「水中で水を掻いたら、楽に前に戻してください。」当たり前のように自分で伝えてるけど、やったことない人、初めての方にこのような表現をしても伝わらないし理解してもらえない。「ボールを投げる時のような感じで、振りかぶって、脚をあげて、腕を投げる動作をして、ボールが離れる時にスピードを上げる。それ以外は力を抜く。」と言ったような表現。今も勉強中です。

3歳の子に伝わるようように教えたり自閉症を持ってる競泳選手にも言葉を伝えたり。
またフィットネスインストラクターとして
・アイコンタクトや身体でのキューイング
・声のトーンなど
お客様から見られることをやってきたので大変ではあるが、非常に面白くて人間力がかなり磨かれていき、笑顔がたくさん見れてるのが非常に嬉しかった。

スポーツクラブ勤務時代のマラソンイベント

【組織に適応できなかった2年間】

スポーツクラブを6年勤めて、自分が求める生き方・働き方をするためにベンチャー企業に転職。内容としては24時間フィットネスジム事業の立ち上げ。入社して数ヶ月はジムスタッフとして現場でお客様へ運動指導したり、店舗業務をしたりして以前勤めていたことが生かされていた。

だんだんと自分の本音とのギャップが生まれ
●重要な用事でも期限が守れなくなる
●物事を順序立てたりするのができなくなったり
●周りの目や声、音に敏感に反応したり

人生で初めて…
●生きづらい
●逃げたい
●怖い
●食欲ない
っていうところまで追い込まれ、本来の自分の姿を完全に見失っていた。自分はそのギャップに耐えきれずその企業を退職した。
先も何も決まってない状態で、次のステップへ行動起こしたのは初めて。不安はもちろんあったけど、なぜか楽しんでる。

それは自分に嘘をついてないから。
自分の心の声に従ってるから。

突っ走り、立ち止まってとにかく経験、行動をしてきた10年。様々の自分と出会ってきて好きなこと、できることはとことんやる!その反面苦手なこと、できないことは全くできない。かなりの凸凹人間。

2022年から水泳個人指導インストラクターとして本格指導ました。

普通の水泳コーチではなくて、水泳というスポーツを通じて人生の質が向上し豊かに暮らしていけるようなサポートを共にしていきたい。
大学卒業、スポーツクラブで運動指導者、一般企業での経験、自分にしかない経験を存分に活かしていきます。

Believe in yourself!!!

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