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母の嫁入り ~ 面会の日のひとりごと

昨日の冷たい雨の翌日、今日は半袖で過ごせるくらい気温が高かった。

母の面会日。
先日
「誤嚥の恐れがあるのでおやつは中止」
と言われた。

おやつの介助をしない分、手や足をさすってたくさん話ができた。
それでも悲しかった。
面会に行くのがちょっと怖いけれど、会いたい気持ちが勝つので行く。

今日は主治医の先生から話があった。
「食欲が急に落ちている。心不全は進んでいるけれど、他の数値は大きく悪くない。年齢を考えれば、食べることを欲さなくなってきている、とも考えられる。鼻からの経管栄養をすることもできるが、不快感が伴うことも多い。どうしますか?」
とのこと。

先月までは順調に食べることができていたのに、食が細くなり今は朝昼晩と100キロカロリーのゼリーを食べているそうだ。

「兄と相談します」
と答えた。

持参した栄養ゼリーは食べてもよいと言われたので介助した。
「食べないと鼻から入れられる」
と思ったのか、150キロカロリーのゼリーを頑張って食べてくれた。

「お母さん、私、お習字を再開しようと思って…お母さんの筆借りてもいい?」
と訊いたら
「いいよ~」
と何とか何とか応えてくれた。

そういえば、前回持参したゼリーも中止、と言われた時、お腹をさすってあげたら、お腹がぐーぐー鳴っていた。
あんなにお腹が鳴っているのに食べていなかったら力も出ないだろう…。

母は今何を思っているのだろうか…。
とにかく、会っているときは笑おうと思う。
認知症も進み私が誰かもわかっているかわからないが、とりあえず「味方」だということはわかってくれるだろう。
味方が「大丈夫だよ」と言って笑ってくれたらきっと心強いだろう、と思う。
なので話しかけて笑ってくる。

私の中のヒトとしての部分が
「お母さんは穏やかに穏やかに自分の人生を歩いているんだから、無理なことをせずにそれを受け容れなきゃ」
と思う。

でも子供としての部分が
「少しでも長くいてほしい」
と願ってしまう。

それでも、今日は栄養ゼリーを全部食べられたし…痛い思いをさせずに様子を見よう。

兄に連絡して今の私の思いをLINEで伝えたら
「同感」
と一言返事がきた。

去年父を亡くした。
そういえば、父はずっと
「お母さんに会いたい」
と言っていた。
今になって父のいろいろな思いがわかるような気がするときがある。
亡くなってからわかるなんて寂しいけれど、そういうものなんだろうとも思う。

父は破天荒で本当に横暴な夫だった。
子供ながらに
「なぜ母は離婚しないのか」
とずっと思っていた。
親戚のお姉ちゃんが
「おばさん、もう別れな。荷物を運んであげるから」
と車で迎えに来てくれることになったのを、荷物をまとめて待っていたことがあった。
小学生の低学年の頃だった。
けれど、結局は母はお姉ちゃんの車には乗らなかった。
拍子抜けした気持ちでまとめた教科書などの荷物を解いた。

そのあとも母は相当父に苦労をさせられた。
認知症が進んでからも
「お父さんと別れたい。一人でのんびり暮らしたい」
と言っていた。

あの時母はなぜ別れなかったのか。
父のことがやっぱり好きだったのか。
それとも、小学校もきちんと卒業することができなかった引揚者という自分の生い立ちが二の足を踏ませたのか…。

恐らく後者だったのだろう、と思うけれど、戦争で自分の父を亡くした母の中に夫に対する淡い期待が完全に消えることもなかったのかもしれない。

今となってはわからないけれど…。

今、私は結婚した娘夫婦と同居している。
まあまあいろいろあるけれど、もう少しは一緒に住むことになりそうだ。

もしも外国にでも嫁に出すことになったら、想像ができないくらい寂しいだろう。
そういえば、電車で40分ほどのところに息子が一人暮らしを始めた時はかなり寂しかった。
息子が物理的に離れたこともあるが、自分の「母」としての役割が終わるような気がして喪失感がひどかった。

若かった頃の母の写真で大好きな写真がある。
父とデートの時撮ったらしく、写真の中の母はぽっちゃりしていてとてもかわいい。
首をかしげて幸せそうな笑顔の母の視線は、カメラを持った父に向けられていたんだろうな。

そうか…二人は恋愛結婚で、相思相愛で結婚したんだから、そういう歴史があったんだから…遠くに嫁入りに行くのと同じことか。
向こうでは父が待っている。
祖母もお祝いしようと待っていてくれることだろう。
体は老いていっているかもしれないけれど、きっと心はだんだんに若くなっているのかもしれない。

母の嫁入りか…。
そう思ったらちょっと笑えて、なのに涙がぽろぽろ出てきた。
そうか…お嫁さんにいくんだな。
私の「娘」としての役割は一旦終わるんだな…。
でもきっとまた私にも「娘」に返って行く日がくるんだから…。

それまでたくさん話をして、たくさん思い出を作っておこう。
父に土産話でできるように…。



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