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口腔内デジタル情報のデータベース化による社会貢献 ──データベース基盤型補綴歯科治療

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では10月号に掲載した「口腔内デジタル情報のデータベース化による社会貢献―データベース基盤型補綴歯科治療」を全文公開いたします(編集部)

馬場一美
昭和大学歯学部 歯科補綴学講座 教授

歯科治療のデジタル化に伴い生成される
三次元形態デジタルデータ

近年のデジタルテクノロジーを基盤とした歯科医療,いわゆる「デジタル・デンティストリー」の進歩には眼を見張るものがある.特にCAD/CAMシステムや口腔内スキャナー(Intra Oral Scanner: IOS)の普及により,従来の補綴歯科治療のワークフローは大きく変わろうとしている.

これらのデジタル技術を応用することで,クラウン・ブリッジやインプラント治療の分野では,症例を選べば印象採得から補綴装置完成までの一連の流れを,補綴歯科治療において長きにわたり中心的役割を担ってきた石膏模型を必要とせず,デジタルデータのやり取りのみで行う,モデルレスのフルデジタル・ワークフローで行うことも可能となった.このモデルレス・フルデジタル化への流れは,透光性あるいは超高透光性のジルコニア等のモノリシック材料の開発により広く普及しつつある.

こうした変化は,模型と共に歩んできた歯科医師にとっては受け入れにくいものかもしれない.しかし,模型製作に伴う手間が省け,模型を保管するための空間の確保が不要となるため,補綴に限らず矯正など他の領域でもモデルレス化は進むであろう.さらにワークフローがフルデジタル化されることで,歯科治療に伴って生成される三次元形態デジタルデータをデータベース化し,時間的・空間的制限なく保存し,参照・利用することが可能になる.

デジタル化されたデンタルエックス線・パノラマエックス線画像データがデータベースに保存され,多くの臨床家にとって必要不可欠なものとなり,フィルムベースのエックス線画像に取って代わってから久しいが,遠くない未来にこれと同様のことが三次元形態デジタルデータと石膏模型との間においても起こるであろう.
フルデジタル・ワークフローの過程で生成される三次元形態デジタルデータを電子カルテに紐付けされたデータベースに保存することが可能となれば,模型を保持することなく簡便に顎口腔系の形態情報を参照し,活用することが可能になるのである.

デジタルデータを活用した
データベース基盤型補綴治療

こうした三次元形態デジタルデータのデータベース化により,歯の欠損が生じて初めて補綴治療を開始するという従来のワークフローから一歩進み,あらかじめ正常な口腔内の三次元形態デジタルデータを測定しデータベースに保存しておき,補綴介入が必要になった時点で参照・活用して補綴装置をデザインするという,新たなワークフローが運用可能となる.
すでに補綴歯科治療を受けた患者の場合には,CAD/CAMクラウンのデザインデータなどの治療アウトカムデータをデータベースに保存し,将来必要になった場合に利用する.

こうした治療を筆者らは「データベース基盤型補綴治療」*1と呼び,今後の一つのデジタル・デンティストリーの大きな方向性として位置づけている.

現状でも,CAD/CAMクラウンのデザインデータをデータベースに保持していれば,仮着中のクラウンが脱離して紛失した場合など,再印象することなく簡便に再製作することができる.

また,抜歯が予測される症例で,抜歯後の補綴(インプラント)治療時に歯冠形態を再現したい場合には,あらかじめ当該歯をデジタル印象しておき,抜歯・インプラント埋入後のプロビジョナル・レストレーションや最終補綴装置の歯冠形態デザインに参照・利用することが可能である.実際に多くの臨床家がこうした方法でデジタルデータを有効活用している.


デジタルデータの将来的な活用法

こうした経験をさらに発展させ,健全な時の歯列をIOSでスキャンしてデータベースに保存し長期的に保持していれば,将来,欠損が生じた場合に参照して補綴装置をデザインすることが可能である.
「以前の歯の形に戻してほしい」といった患者のニーズに容易に対応できるし,多数歯欠損に移行した場合に必要な,ろう堤を用いた咬合採得や前歯部排列位置の決定など,複雑な手続きを簡略化することも可能かもしれない().

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また,筆者らはパーシャルデンチャーの治療過程のフルデジタル化に取り組んでいる*2が,これが実現されると,治療の合理化のみならず,治療後の管理においてもデータベースを有効活用できる.

クラスプの破損や人工歯の脱離などのトラブルが生じたとしても,従来のように支台歯の印象や義歯の取り込み印象を行う必要はなく,各構成要素のデジタルデータを利用して,問題の生じた構成要素のみを容易にデジタル技術で製作することができる.義歯を紛失してしまった場合の再製作についても同様である.

超高齢社会に突入したわが国において,補綴治療の需要は今後さらに高まると予測されている.モデルレス・フルデジタル化により実現されるデータベース基盤型補綴治療は,治療後の管理も含めた補綴歯科治療の合理化・省力化に寄与することが期待される.

参考文献
*1 西山弘崇,馬場一美:デジタル・デンティストリーの近未来−超高齢社会における新たな補綴歯科治療の枠組み.日本デジタル歯科学会誌,9(3):151-157,2020.
*2 Nishiyama H,et al:Novel fully digital workflow for removable partial denture fabrication. J Prosthodont Res,S1883-1958(19):30022-2,2019.

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