見出し画像

臨床の行方:歯科医師臨床研修制度の見直しと当院での若手歯科医師の養成

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,「臨床の行方」「歯学の行方」という2本のコラムを掲載しています.
本記事では6月号に掲載した「臨床の行方:歯科医師臨床研修制度の見直しと当院での若手歯科医師の養成」を全文公開いたします(編集部)

鈴木 彰/ベル歯科医院

令和2年の大改正

歯科医師臨床研修は5年に一度見直しが行われている.令和2年4月に周知された見直しでは,過去に例を見ない大幅な改正となった*1.
この背景には,高齢化の進展などに伴い提供する歯科医療の内容が変化していることと,平成28年に行われた歯学教育モデル・コア・カリキュラムの改定を踏まえ,卒前・卒後教育の一貫性を視野に入れていることがある.

今回の改正では,厚生労働省に「歯科医師臨床研修制度の改正に関するワーキンググループ」が編成され,平成31年1月から令和2年2月まで13回の会議が開催された.筆者はその構成員の1人として,開業歯科診療所の立場から参加した.

具体的な内容として,①研修内容,②臨床研修施設,③指導体制について議論された.
見直しの方向では,研修内容では研修の到達目標をより具体的にしたうえで,選択制の導入により研修プログラムの特徴を明示することを掲げている.
臨床研修施設では,研修医の受け入れが歯科大学病院等へ集中している傾向を,病院歯科や歯科診療所など患者数が多い,訪問歯科診療を行っている施設へシフトさせることを目指している.
指導体制の充実では,研修管理委員会の協力型施設への指導体制強化と臨床研修施設間の連携推進,指導歯科医の資格更新制の導入を図ることが示されている.

当院における歯科医師臨床研修と5年プログラム

当院では,歯科医師臨床研修が義務化される以前の平成16年より研修医の受け入れを行ってきた.義務化された平成18年以降は協力型施設として,また,平成23年からは単独型施設としても研修医を受け入れている.

臨床歯科医養成のプログラムが最も整備されている国は米国である.日本でも診療技能を米国並みに習得できる環境を整えることが課題である.特に日本では,専門医よりも歯科診療全般を行う総合医が求められるという環境の違いがあるが,そのような歯科医師を系統的に教育するプログラムはほとんど見当たらない.
そこで当院では,平成22年に単独型研修施設に指定されたことを機に,義務化されている臨床研修1年に加えて4年の独自のプログラムを追加した「5年プログラム」を設定し,総合的な臨床技能を有する歯科医師の養成に取り組むことにした.

臨床の行方_初-2

プログラムの1年目は歯科医師

臨床研修の期間である.第一の目標は基本的な臨床技能の習得で,う蝕,歯周病などの一般的な歯科疾患の基本的な治療が行える技能を身に付けなければならない.

研修方法としては,診療補助を通しての見学,指導医によるデモンストレーション見学,模型実習,相互実習を経て担当患者での診療を実践している.具体的な診療手順については,当院で作成したテキストブック*2を基に,診療をステップごとに分解して習得するカリキュラムとしている.
たとえばC2治療では,「浸潤麻酔」「軟化象牙質除去」「接着処理」など7ステップに分けている.また患者担当制とし,症例の難易度を考慮して患者を配当している.研修医は,難易度の低い患者から順次高い患者の診療を担当することとなる.
このようにテキスト活用と難易度に準じた患者配当を行うことにより,プログラムの整備前に比べて習熟速度は3倍程度向上した,と実感している.

研修結果は「質」と「量」で評価

研修の評価は,質と量の両面から行っている.質的評価では,数症例の診療を実践するまでの段階で詳細に行う.模型実習・相互実習時にテキストを読むだけでなく,手順や注意点について自ら書き出すこと,実習中の気づきや失敗を振り返ることが質的向上に直結している.
質的評価の合格後は,診療の症例数で量の評価を行う.質的に合格ラインを越えた診療を数多く行うことで,診療技能や速度がさらに改善されて研修成果を上げることができる.

2年目以降は,歯周病や欠損補綴など診療範囲を拡大するとともに,ゴールを確定治療(当院では診療を応急治療・暫間治療・確定治療の3段階に分類している*2)とする診療技術の習得を目標に研修している*3.
5年修了時点では,総合的な歯科診療を各学会のガイドラインレベルで実践できる水準に到達している.令和2年3月時点で4名の5年プログラム修了者を輩出した.

研修医の指導を続けてわかったことがある.目標意識が明確であり,継続的な努力ができる研修医は,進度の早い遅いはあっても,5年間訓練を続けることにより,総合的な臨床技能を有する歯科医師になれること,さらにその後も自律的に臨床技能を伸ばしていくスキルを身に付けることが可能ということだ.

協力型研修施設に求められるもの

歯科診療の姿は社会環境の変化により今後も変わり続けていくだろう.その中で臨床歯科医師にとって重要なことは,従来からの歯科診療のほかに,個々の患者ニーズに対応できる歯科医師に自らを変えていくことである.歯科医師臨床研修はその第一歩となる.
協力型研修施設は,診療現場でのニーズを把握しながら,試行錯誤を経て“対応すべき”答えを見つけること,その診療姿勢と診療技能を臨床研修医に指導していくことが求められるだろう.

歯科医師臨床研修施設に指定されている歯科診療所での指導歯科医師による若手歯科医師の養成は,来たるべく社会から期待されているのである.

参考文献
*1 厚生労働省:歯科医師臨床研修制度の改正に関するワーキンググループ報告書.令和2年1月7日.
*2 鈴木 彰:生涯歯を残せる時代の5つのスキル.クインテッセンス出版,東京,2018.
*3 ベル歯科医院:臨床研修医募集要項.2019年.

関連リンク
月刊『日本歯科評論』6月号
※シエン社でのご購入はこちらから

月刊『日本歯科評論』のSNS
LINE公式アカウントFacebookInstagram / Twitter

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?