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臨床の行方:歯科におけるデジタル化の今後の進展と課題

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,「臨床の行方」「歯学の行方」という2本のコラムを掲載しています.
本記事では8月号に掲載した「臨床の行方:歯科におけるデジタル化の今後の進展と課題」を全文公開いたします(編集部)

半沢克成/デジタルプロセス株式会社

産業界のデジタル化の動向

近年,産業界では第四次産業革命(Industory 4.0),人工知能(AI),モノのインターネット(IoT),第5世代移動通信システム(5G)など,デジタル化に絡んだキーワードがよく聞かれるが,それらの技術を活用した大きな変革である「デジタルトランスフォーメーション(DX)」は,あらゆる業界・業種の企業が取り組むべき重要なテーマとなってきている.

自動車では,衝突回避システムや高速道路などでの自動運転がすでに実用化され,さらに工場の生産現場では人手不足や熟練工不足が深刻化する中,AIやIoTを活用し変種変量生産の自動化と大幅な生産性向上を実現させている.
また,医療の分野においても2018年にオンライン診療が解禁され,電子カルテや治療アプリ,クラウドの活用により,点から面の医療へと変わりつつある.


歯科技工の現状と課題


歯科界においては,2014年のCAD/CAM冠の保険適用を機にデジタル化が進み,CAD/CAMを駆使してデザインから加工まで一貫した技工作業を効率よく行えるようになってきている.
しかし,実際の現場ではまだ手作業が中心となっており,依然として歯科技工士の人材不足や働き方改革などの課題は解消されていない.
さらに歯科技工所の規模はさまざまであり,大手と個人ラボではデジタル化に求められる内容も違い,また最新のIT技術を導入するには多額の費用や,歯科医院を含めた統合的な対応が必要となるケースも多く,デジタル化推進の妨げとなっている.

歯科技工の対象となる補綴装置は,自動車や家電のような大量生産品ではなく,基本的に「一品もの」であるため,最新のIT技術をそのまま活用するのはかなりハードルが高いと言わざるを得ない.
歯科技工の業務プロセス革新のためには,業務プロセスとIT技術の両方を理解したうえで,薬機法という制約の中,どの技術をどこに活用できるのか,そして新たにどのような技術が必要なのかなどを熟慮のうえ,デジタル化を進めていく必要がある.


歯科技工におけるデジタル化の進展


ここ数年,医療の分野でもAIやIoTといった言葉が聞かれるようになり,一部ではすでに活用が進み,また,他産業で培った技術の転用などによる新たな取り組みも始まっている.
ここではそれらの一例として,AI技術を搭載した歯冠形態自動設計システムや,スマートフォンなどの生産ラインで使用されている,IoT技術などを活用した自動搬送システムを紹介する().

202008_臨床の行方_図

歯冠形態自動設計システムは,すでにいくつかの方式が検討・開発されている.あるシステムでの歯冠(単冠)の自動設計作業の流れは以下のとおりである.

① 口腔内スキャナーや顎模型スキャナーで隣在歯,支台歯,対合歯を計測する.
② 計測した歯列データを基に,AIアルゴリズムを活用して,歯冠データベースから最適な歯冠形態を自動で選択する.
③ 歯科技工士のノウハウを反映した形状変形技術(AI)により,選び出された歯冠形態が隣在歯や対合歯と適合するよう,中央溝や咬頭頂の位置や高さ,最大豊隆部を含めた歯列の流れ,さらに隣在歯や対合歯とのコンタクトポイントを考慮した形状に自動で修正する.

このようにAIを活用することで,設計時間を大幅に短縮することが可能となる.さらに独自のノウハウをAIに織り込むことで,より高品質で意図どおりの設計が可能となる.
また,顎模型の計測において,自動搬送システムを組み合わせて活用することで,高度な技工技術を必要としない単純作業を自動化でき,より高度な作業への置き換えと働き方改革の推進を実現することができる.

実際の作業の流れとしては,
① 上下顎模型の咬合位置合わせ治具を利用し,顎模型を模型台にセットする.
② 自動搬送システムのマガジンのトレイに,数十症例分の模型(上顎,下顎,支台歯)をセットする.
③ 自動搬送システムのロボットが,それぞれの模型をマガジンから計測器にセットし,計測を行った後,マガジンに返却する.症例ごとに順次自動搬送・計測を行い,計測データは自動で咬合位置合わせされた後CADに格納される.
④ 設計者はCADに格納された計測データを確認し,設計作業を開始する.

今後の展望


新型コロナウイルスは,生活様式を含めいろいろなところに影響を及ぼしている.今後,モノやコミュニケーションのデジタル化,サービス・モノの提供の非接触化など,常識が大きく変化していくことが予測される.
それは歯科においても例外ではなく,ネットワークやクラウドを活用した作業の集約と分散により,複数の歯科医院や歯科技工所が一つの集合体として機能するようになり,さらに,これまでは暗黙知であった技術を形式知化することで,より高度なAIの実現が可能となり作業の効率化が加速する.
また,自動化・機械化が可能な作業と人手による高度な技工技術が必要な作業の切り分けにより,IoTなどの活用が広がり,自動化と歯科技工の高度化が推進されていく.

DXとは,「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念であるが,昨今の環境の変化によって今後さらに加速されるだろう.

以上,広くデジタル関連の仕事を担う企業人の視点から,歯科界のデジタル化について述べた.

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