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コロナ禍から見た「防ぎ・守る」予防歯科の価値

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では4月号に掲載した「コロナ禍から見た「防ぎ・守る」予防歯科の価値」を全文公開いたします(編集部)

天野敦雄
大阪大学大学院歯学研究科 口腔分子免疫制御学講座予防歯科学
一般社団法人日本口腔衛生学会 理事長

コロナ第一波襲来

2020年3月初旬,日本各地に新型コロナウイルス感染症(以下コロナ)が襲来した.3月15日には『The New York Times』が「感染リスクが高い職業は1位・歯科衛生士,3位・歯科助手,4位・歯科医師」と報じた.私は目の前が真っ暗になった.身の危険に震え上がったのではない.予防歯科の担い手・歯科衛生士を志す人材が途絶える不安に怯えたのである.

翌4月には不要不急の外出自粛が求められ,歯科受診は不要不急の範疇に入れられ,4月・5月の歯科受診患者数は急降下した(この現象は医科も同様であった).

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日本の歯科界の対応


阪大歯学部病院ではコロナの院内感染予防のため,緊急性のない診療は控えることになった.私の診療室は予防歯科である.見事に患者が消え失せた.頭を抱えるしかなかったが,日本歯科医師会会長の「歯科治療による患者へのコロナ感染は1件もない」という発信で状況が変わったように思う.

日本歯科医学会連合・日本歯科医師会のコロナ対策チームは次々と感染症対策を発信し,安全な歯科医療体制が作り上げられた.このお陰で,歯科診療でのコロナ感染事例がないまま2022年を迎えられたのであろう.

口はコロナの出入口

日本のコロナ患者数は海外に比べ圧倒的に少ない.かつわれわれ歯科研究者が感染者に接触できる機会はほぼ皆無であった.そのため,コロナ感染に関するわれわれの解析は海外の後塵を拝した.

海外発の論文を通して,口や鼻の粘膜から侵入したコロナウイルスは,侵入局所の細胞内で増殖し肺へと侵入.さらにその数を大幅に増やし,唾液に乗って体外に排出されることを教えられた.口はコロナの出入口であったのである.早速,日本口腔衛生学会(当時は九州大学・山下喜久理事長)はコロナ対策検討本部を設置し,歯科に関係するコロナの最新情報の発信に努めた.なかでも唾液PCR検査の有効性をいち早く示した功績は大きいと自画自賛している.

コロナ禍の歯科事情

「歯ぐきが腫れたけど,様子を見よう.外に出たら命が危ない」このように思った高齢者は多かった.2020年の夏を迎える頃,歯科受診控えのツケが顕在化し始めた.家籠りの間に,歯周病とう蝕は着実に進行したのである.私の患者にも,定期メインテナンスを中断したばかりに抜歯のやむなきに至った方がいた.口腔健康管理は不要不急ではない.コロナ禍でも歯医者に行く必要があったのである.

これは医科でも同様であった.糖尿病,高血圧などの生活習慣病の悪化に加え,ガン発見の遅れなど,受診控えによって失われたものは大きかった.

コロナと健口管理

コロナ禍の発生当初,口腔の状態はコロナ感染予防,コロナ重症化予防と関係することは容易に推測された.しかし,科学的エビデンスはなかった.一方,安心して歯科を受診してもらうためには,歯科アカデミアからの情報発信が必要であった.インフルエンザ感染への口腔管理の効果は知られていたので,この根拠を用いて歯科からのコロナに関する情報発信が慎重に始められた.過言を避けた発信が大半だったが,なかには根拠のない暴論もあった(混乱期にはありがちなことであろう).

とにもかくにもコロナ禍の発生から2年が経ち,今では多くの科学論文が,コロナの感染・重症化対策には口腔健康管理が重要であることを支持している.

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不健口は病気の入口

今では常識になっている歯周病と糖尿病の関係.この分野を切り開いたのはニューヨーク州立大学のGenco教授であった.1992年,私はGenco教授のポスドクとして歯周病研究のために留学した.

留学初日にGenco教授から問われた.糖尿病の臨床研究と,P. gingivalisの基礎研究のどちらに興味があるか,と.私は基礎研究を選んだ.その理由は,歯周病と糖尿病に関係などあるはずがないと思ったからである.ところが,私の目はガラス玉だった.不健口は病気の入口だったのである.

「削る・詰める」と「防ぎ・守る」が命を支える

病んだ口腔のリハビリテーション医療と,発症を防ぎ,健口を守る予防歯科医療は外科と内科の関係と同じである.そして,この2つが全身の健康を支える.この事実には歴史がある.

歯性病巣感染と全身疾患の関係は大正期より知られていた.平成期,歯周病と100を超える全身疾患との関係が示された.そして令和期,健口はコロナを遠ざけることが報告された.世界を混乱に陥れたコロナ禍であったが,健口は命を支えているという根拠がまた1つ増えたのである.

「防ぎ・守る」になくてはならないもの

3つある.1つ目は,「防ぎ・守る」に熱心な院長とスタッフ.2つ目は,患者も主治医になること.セルフケアなくして健口なし.自分の健口への責任を患者に持たせなければいけない.3つ目は,健康保険制度.予防医療は健康保険の対象にならないとされてきた.

しかし,健口は全身の健康を支えているのである.生活習慣病の治療に費やされる医療費は膨大である.その圧縮に,口腔健康管理が大活躍してくれるに違いない.歯科のみならず医科においても,病人の治療だけではなく,病人にさせない医療も支える健康保険制度こそ日本の未来を救うと,私は信じている.

文 献
*1 全国保険医団体連合会地域医療対策部:コロナ禍で受診控え,症状悪化も「2020年学校健診後治療調査」より.月刊保団連,No.1353:28,2021.


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