日向ぼっこ07

「設計課はどこですか?」
クロは建物に入り、受付のカウンターを見つけるとすぐにそう聞いた。
受付はクロの容姿に驚きながらも
「そこに書いてありますので…」
と受付の指差す方をみると案内板が柱に掛けてあった。少し雑な案内だが不十分でもない対応というような感じだった。
「ありがとうございます」
クロは丁寧にそう言うとレオの手首を掴んで引っ張って行く形で案内板の前に向かった。
「設計課は、設計課は…」とブツブツ呟きながらクロは案内板を睨んだ。3秒くらいして突然レオの方を振り向いた。
「やい、元軍人」
「はい」
レオは急に話しかけられたのでおっかなびっくり反応した。
「コネとかないのか」
「本部にいられるほど偉くなかったから」
レオは通り過ぎる人のほとんどがつけている階級を表す肩章をながめながら返事をした。前線ではもっと薄汚れていたことを思い出した。
「クロはないの?機械いじりの腕が良いからその繋がりでさ」
「あーいるにはいるけどさ、あの人は…」
クロがあからさまに顔をしかめて天を仰いだ。

「おっ?そこにいるのはまさか…!」
足音と少しの話し声しか聞こえない一階の受付でその声はとても目立った。そして同時に「うげっ」と言いクロはレオの後ろに隠れた。
「クロじゃんか!」
髪は後ろで雑にまとめられ、一応軍服は着ているがその上から白衣を羽織っている女性がこちらに向かって歩いてきた。
「……お久しぶり」
クロが眉を引き攣らせながらレオの背中から出てきた。
「まったく、相変わらずだなぁ、ちゃんとご飯は食べてるの?」
クロは頭をもみくちゃにされそうなのを上手くかわしながら「あーはいはい」とテキトーに相槌を打った。
「クロ、この方は?」
蚊帳の外にされそうになっているレオは2人の会話を遮るように言った。クロも助け舟が来たという風に
「ああ、こちらはー」
「スズっていいます」
スズと呼ばれた女性はそう言って微笑んだ。
「ところでどんなご用で?」
顔はレオにむいているが体はクロの方に向いており、手を伸ばしてはクロに跳ね除けられていた。
「人を探しているんです」
「ほぅ?」
クロが物凄い勢いで首を横に振り始めた。
「どんな人をお探しで?」
「クロに聞いた方が早いかと…」
「ほぅ」とスズは言うと改めてクロの方へ顔を向けた。繰り返し跳ね除けられていた手はもう落ち着いていた。クロはまだ渋っていたがスズは一向に引く気がないことをクロは悟ったらしく
「この際好き嫌いは言ってられんか…」
と呟いた。
「デカ物を壊せるものを作れる奴を探してるんだ」
「ほぅ、具体的には?」
「データ収集用のドローンが突っ込んでもびくともしないくらいのやつ」
「なるほどなるほど」
うんうん、とスズは頷くと
「なぁんだ、私の専門分野じゃないか」
とりあえずどこか座れる場所へと言われるままに後ろをついていく。
「ねぇ、クロ、クロのコネって……」
「あぁ、あの人だよ……変人って評価がよく似合う奴さ」
「褒めるなよ、てれるじゃないか」
後ろを振り向いてスズが笑っていると間もなく壁に激突した。
クロが「な?」という風か顔でレオを見た。
レオもなんとなくなぜスズが「変人」と言われたのか察した。
「まぁ腕は確かだから…」
クロは言い訳を言うような口調でそう言った。

 「よし、この会議室だ」
スズがポケットから鍵を取り出してドアを開ける。詰めれば10人弱が入れる小さめの会議室で、白板が備え付けられていた。
「よし、落ち着いたところで詳しい話を聴こうか」
スズは適当なイスに座り足を組んだ。
「壊すことには関係ないが、そのドローンが突っ込んたっていう代物っていうのは一体なんなんだ?」
クロは無言でパソコンを取り出してスズに差し出す。
「戦争の原因」
それまでリラックスしていたスズの顔が急に真剣になる。
「つ、つまりだ。このデカブツを壊せれば戦争が終わると…?」
スズがパソコンの画面を穴が開くくらい覗き込む。そして
「まずい、非常にまずいぞ」
と急に取り乱し始めた。
「ど、どうしたんですか?」
とレオが聞いた。
「…近いうち、敵軍の大攻勢があることが分かってるんだ。それに伴って司令部は動ける兵士は全部前線に送り込んだんだ」
ガタガタッとクロが席を立つ。
「なんてこった…」
2人はどうしようかと唸りながら考え始めた。
「とりあえずさっきのことを所長にも伝えておきます」
そう言ってレオは電話をする為に部屋を出た。

 レオが部屋を出ていくのを無言で2人は見送った。
「……取り敢えず落ち着くか」
スズがそう提案し、クロはそれにのった。
「早いなぁ…ボーイフレンドがいるならそう言えって」
「違うわ、どうなったらそういう考えにこの状況で至るんだよ」
なははは、冗談くらいいいじゃない、とスズは笑いながらポケットから電子タバコを取り出した。
 雨が降る前は紙タバコだったらしいが濡れると吸えなくなるという理由で電子タバコにしたという話をクロはなんとなく思い出した。
不味そうに電子タバコをひと吸いし、
「真面目な話、彼は誰なんだ?」
「元軍人だって聞いてるけど、それに優秀だったみたいだけど」
クロは天井についている換気扇に吸い込まれていく煙を眺めながらそう言った。
「……それにしては彼は軍人らしくない」
「というと?」
クロはイスの背もたれから離れて前屈みになる形でスズの方を向いた。
「覇気がない、それくらいしか言えないけど」
またスズはタバコを咥えた。

ガチャリ、とレオが入ってくる。
「で、なんか言ってた?」
クロはまた背もたれにもたれながらレオの方を向いた。確かに、言われてみれば覇気がないなと思った。
「その時になれば人が大勢死ぬ。そうなる前にあれを壊せ、と」
「急造品まがいの兵器ならすぐ作れると思ったがそれも無理そうだな」
スズがそうぼやいた。
「誘導式の対戦車ロケットで一発じゃない?」
クロは手を挙げてそう発言した。
「私の知り合いがあのドローンを作ったんだが彼曰く、値段を考えなければ最高の対戦車兵器として使えるってさ」
クロがむぅ、と顔をしかめた。
「戦車並みの装甲を持つものを空に浮かべるのは至難の技だ、恐らくはドローンは無力化されたんだ。多分レーザーだと思う。戦争が始まる少し前から浮いてるとして、今までずっと動いているなら設計者は迎撃ロケットとかは載せないだろう」
スズは若干早口になりブツブツと呟き始めた。
「あと、所長達が調べていたデカブツの持ち主ですけど、どれだけ調べても消されたように何も出てこないみたいで……」
「どっちにしろ我々のものでも敵国のものでもないことは確かだな」
スズはそう言った。
「我々が作るとなれば絶対私の耳に入るだろうし、敵国にしても今の状況を作るメリットは少ない」
そもそも雨が降ったことで居住可能地域の減少などの経済的な問題が肥大化し、戦争するまでになっているのだ。
スズは電子タバコを手の上でくるくると回し始めた。
「あ?となればなんでこの映像は撮れたんだ?」
クロはパソコンを覗き込んだ。パソコンに映っているのは改造したドローンで撮った動画。
「簡単な話だ。雨だよ。レーザー兵器の威力は十分に発揮されないだろう?」
スズが言った。
「あぁ、だからレーザーって言ったんか」
「まだまだだな」
スズはニヤニヤしながら煙を吐いた。
「うるせ!」
クロは悔しそうに言い返した。
「確か、ビーコン?でしたっけ、あれを発射した時は何も反応がなかった気がするんですけど……」
「あぁ、デカブツの位置が分かるようにってつけたやつか、あれは単に小さ過ぎて反応出来なかったのと吸着する仕組みだから装甲が厚い薄いは関係ないから…」
クロがレオの疑問点について応答していると
「そうか、その手があったか」
スズが突然そう言って席を立った。
「は?」
クロは驚いてポカンとしたままスズがスタスタとドアの方へ歩いていくのを見た。
「ほら、早くいくぞ」
「突然どうしたんです?」
レオは戸惑ってそう聞いた。
「壊す方法を思いついたんだよ」
スズは部屋の電気を消してしまってすぐに出ていくので残された2人は慌てて後を追いかけた。
「鍵閉めるからはやくして」
更にスズは2人を急かした。

 渡り廊下を渡り、階段を降りていく。
しばらくして警備兵がいるドアの前に辿り着く。
「ここからは立ち入り禁止だ」
2人いる兵士のうち1人が偉そうに言った。
「その服装はどうした。科学者のつもりか」
スズは派手に笑われた。ただ怒鳴るわけでもなく、ただ
「…口を慎みたまえよ」
と言ってスズが白衣で隠れていた肩章を見せると彼らの顔は真っ青になり、直立不動で敬礼をした。
「し、失礼しました」
「いや、良いんだ。逆にこんな奴が素通りできたら我が軍の警備はザルだと敵に笑われるさ、さて、仕事に戻りたまえ」
はっ、という返事ともに2人は道を開けた。
「お前が白衣着てるのが悪いんじゃ」
クロがスズの白衣の裾を引っ張りながら言った。それにも関わらずスズは二重に取り付けられている扉を開けていく。
「残り時間はすくないんだ」
二つ目の扉を開くと中は倉庫になっていた。棚が並び色々なサイズの箱が並ぶ。少し異様なのはどの箱にも「危険物注意」と書いてあるところだろうか。
「ここは?」
「兵器の墓場だよ、制式採用されなかった兵器達がここで眠っている」
スズだけがどんどんと奥に進み「ガタン、ガタガタ」と大きな音を立てて棚の箱をどんどんと取り除いていく。
レオとクロはただただそれを見ていた。
「スズさんはなんというか、目的を見つけたら真っ直ぐだね」
「あー、よく言えばそうだが真っ直ぐすぎて周りはそれにすぐ反応できないのさ」
クロは埃が目に入ったらしく目を擦りながらそう答えた。
「あったあった」
スズは両手でガンケースを持って棚の列から出て、近場の大きめの箱の上にそれを載せ、蓋を開く。
「これが戦争を終わらせる為の一手だ」
レオを手招きしてスズはそれを見せる。
「…でかいですね」
ガチャリと音を立ててレオの手に一丁の銃が乗る。
「対戦車ライフル?随分と古いものじゃ…」
クロは覗き込んでそう言った。
「クロ、こいつを骨董品扱いするな数年前に作ったばっかりだ」
スズは少し不機嫌そうにそう言った。
「制式採用されてないとすると気になるのは性能なんですけどそこはどうなんです?」
レオは銃のコッキングレバーを引いたりマガジンを確認しながらスズに聞いた。
「その銃が制式採用されなかったのはそのライフルが使う弾のせいだ。その銃が一番効果を発揮するのはタングステンが使われている弾頭だ。上腕のある技術者じゃないと弾頭を作れないという問題が浮上したのさ」
レオが何か言おうとする前に「ただね」とスズは話を続ける。
「今ならいるんだよ。腕のある技術者が」
スズは微笑みながらクロの方を向いた。