平成29年予備試験刑事訴訟法の論述例と若干の補足


論述例

設問1
1 現行犯逮捕(212条1項、213条)
 212条1項の趣旨は、逮捕状の請求を待っていたのでは犯人が逃走し又は証拠を隠滅するおそれが高く、令状請求の時間的余裕がないという点で無令状による急速な逮捕の必要性が高い一方で、逮捕者にとって犯人と犯罪が明白であることから、事前の司法審査を経なくても、誤認逮捕による人権侵害のおそれが少ないため、無令状による逮捕を許容し、捜査の実効性(1条参照)を確保した点にある。

 そうだとすれば、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった」とは、犯行と逮捕の時間的場所的接着性を前提に、逮捕者にとって犯罪と犯人が明白である場合を指す。なお、被害者の供述や犯人の自白などの逮捕者が直接覚知していない事情については、客観的状況を補充する限りで認定資料として用いることができるものと考える。

 本問では、平成29年5月21日午後10時頃、H県I市1丁目2番3号先路上において、Vがサバイバルナイフでその胸部を指されて殺害される事件(以下、「本件犯行」という。)が発生しており、犯行から30分後、犯行現場から約2キロメートル離れた路上で甲を逮捕しているから、その時間的場所的接着性は肯定できる。また、警察官はその事件に関する通報によって駆けつけているから、警察官にとって犯罪の発生は明白であったといえる。しかし、甲は犯人の逃走した方向におり、Wから聴取していた犯人の特徴と合致していたに過ぎず、それ以上に甲による犯行であることを窺うに足りる客観的事情はなく、Wによる犯人の特徴に関する供述と甲の犯行を認める供述しか甲の犯人性を基礎づける資料はない。よって、警察官にとって本件犯行の犯人が甲であることが明白であるとはいえない。したがって、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった」とはいえないから、①の現行犯逮捕は212条1項によっては許容されない。

2 準現行犯逮捕(212条2項)
 Wは本件犯行を目撃し、「待て。」と言いながら、犯人を追跡したが、約1分後、犯行現場から約200メートルの地点で見失っている。よって、甲が犯罪終了後から継続して犯人として追跡されているわけではないから、「犯人として追呼されているとき」(同条項1号)に当たらない。

 本件犯行はサバイバルナイフが凶器となっているが、Vの殺害に使用されたサバイバルナイフはVの胸部に刺さった状態で発見されているから、「明らかに犯罪のように供したと思われる兇器……を所持しているとき」(同条項2号)に当たらない。

 本件犯行は胸部にサバイバルナイフを刺すという態様である以上、犯人の被服には返り血が付着していることが予想されるものの、甲の被服に返り血が付いている等の事情もないため、「身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」(同条項3号)に当たらない。

 甲は職務質問に応じ、逃走もしていないため、「誰何されて逃走しようとするとき」(同条項4号)に当たらない。

 したがって、甲は「左の各号の一にあたる者」(同条項柱書)に当たらないから、①の現行犯逮捕は212条2項によっては許容されない。
 以上より、①の現行犯逮捕は違法である。

設問2
1 小問1
 当事者主義的訴訟構造(256条6項、298条1項、312条1項)の下、刑事訴訟における審判対象は一方当事者たる検察官の主張する具体的事実としての訴因である。

 訴因の特定(256条3項)が要求されている趣旨は、審判対象と画定し、裁判所が他事実から識別して審理を開始・進行をできるようにし、被告人に対し防御の範囲を示す点にある。もっとも、後者は前者の裏返しに過ぎず、事実上のものに過ぎない。そうだとすれば、訴因の記載としては「罪となるべき事実」の記載、すなわち、⒜被告人の行為が犯罪構成要件に該当するか否かを判断するに足りる程度に具体的事実を明らかにしていること及び⒝他の犯罪事実と識別できるといえる程度の記載が必要であると考える。

 ⒜②の公訴事実が殺人罪の共謀共同正犯(刑法60条、同法199条)は、共謀とそれに基づく一部の者の殺人の実行の事実があれば成立する。②の公訴事実では、被告人が甲と共謀の上、Vに対し、殺意をもって、甲がサバイバルナイフでVの胸部を一回突き刺して、Vを失血により死亡させて殺害したことが記載されており、これら事実によって殺人罪の共謀共同正犯の構成要件は充足される。被告人と甲との間の謀議行為の日時、場所、態様については記載はないものの、共謀とは犯罪を共同遂行する旨の意思連絡であって、謀議行為は共謀を推認する客観的事実に過ぎない。よって、それ自体は構成要件とならないから、謀議行為の日時、場所、態様についての記載がなくとも犯罪構成要に該当するか否かを判断するに足りる程度に具体的事実を明らかにしているといえる。

 ⒝他の共謀者によってなされた実行行為が日時、場所、方法等により特定されていれば、共謀はそれに対応するものとみることができるから、他の犯罪事実と区別されている。

 以上より、②の公訴事実は、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。

2 小問2
 訴因は、起訴状における公訴事実欄に記載されている具体的事実を指し、訴因の内容を変更するためには訴因変更(312条1項)を経る必要があるから、検察官が釈明した事項が訴因の内容とはならないのが原則である。もっとも、訴因が特定されていない場合にいつでも公訴棄却(338条4号)として手続のやり直しを強いるのは訴訟経済の観点から問題がある。よって、この場合に検察官が訴因の特定に必要な事項を釈明したときは例外的に当該事項が訴因の内容となるものと考える。

 前述のように、②の公訴事実は、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。よって、③の検察官の釈明した事項は訴因の内容とならない。

3 小問3
⑴ 裁判所の心証では甲乙間で平成29年5月11日に謀議を遂げたこととなるが、これは本件の争点を超えた認定となる。前述のとおり、③の検察官の釈明した事項は訴因の内容となっていないため、訴因変更をする必要はないが、裁判所において何らかの措置を講ずる必要がないか問題なる。

⑵ 刑事訴訟における当事者は、裁判を受ける権利(憲法32条)の一環として攻撃防御を尽くす機会が保障されているから、被告人は不意打ち認定を受けないことを保障されているといえる。そうだとすれば、当事者間における具体的な攻撃防御において、争点から外れた事実が認定されることで被告人に対して不意打ちを与えたといえる場合は、訴訟手続の法令違反(379条)と評価されるものと考える。

 本件の争点は「甲乙間で、平成29年5月18日、甲方において、Vを殺害する旨の謀議があったか否か。」であり、これについて被告人乙は甲との接触を裏付ける事実や証拠の意味合いを争う等防御を尽くすものと考えられる。しかし、裁判所は争点とは異なり謀議行為の日時について「平成29年5月11日」という心証を抱いており、その通りの認定があり得るのであれば、被告人乙は同日における甲との接触に関する防御を尽くす必要性が生じ、その認定があり得ることお事前に伝えられずに直ちに当該心証と同様の認定をして有罪判決をすれば、被告人乙に対して不意打ちを与えることとなる。したがって、裁判所が証拠調べによって得た心証の通りの事実を認定を認定して有罪判決の判決をすることは訴訟手続の法令違反となり、許されない。

以上

現行犯逮捕の現行性

 「現に罪を行い終わった」(212条1項)や「罪を行い終わってから間がない」(212条2項柱書)をどのように解釈するべきかは様々な議論がありますが、私は二つの場合で書き分けるのが面倒だったので、いずれの場合でも同じ判断枠組みを採用していました。その判断枠組みというのが、時間的場所的接着性を前提に逮捕者にとって犯罪と犯人が明白である、というものなのです。現行犯逮捕と準現行犯逮捕はいずれも現行犯人の逮捕は誤認のおそれがないことを根拠とするもので変わりなく、基本的にその差は212条2項各号の一つに当たることを条件に時間的場所的接着性の緩和を受ける点にしかないと考えます。そうであれば、判断枠組みは一つでよく、準現行犯逮捕の検討の際に時間的場所的接着性がある程度緩和されるということを一言指摘し、それに従って当てはめを行えば充分だと思います。

 本問での検討では、時間的場所的接着性をどのように評価すべきはさておき、甲が犯人であると疑う理由がWによる犯人の風体に関する供述と甲による犯行を認める供述しかなく、この場合にも逮捕者にとって犯人が甲であることが明白であるといえるのか、について問題意識を持って説明できていればOKだと思います。供述のみを基礎にして現行犯逮捕をすることはできず、何らかの客観的事情による裏付けが必要であると考えるのが一般的だと思われます。

準現行犯逮捕要件の検討順序

 現行犯逮捕の許容性の検討で現行性を否定するので、準現行犯逮捕の検討でも現行性を否定したくなりますが、準現行犯逮捕の許容性の検討では、「左の各号の一にあたる者」(212条2項柱書)該当性の検討を先に行うべきです。

 先述したように「左の各号の一にあたる者」に該当することを条件として時間的場所的接着性の要求を緩和するのが準現行犯逮捕の性質なので、あくまで「左の各号の一にあたる者」が前提となります。条文の表現をみてもそのように考えるのが素直でしょう。

 本問での検討では、各号要件に当てはまらないということを簡単に説明して検討を終えています。おそらく題意としても現行性を説明するよりも各号要件の検討をしてほしいことがうかがえます。本件の犯行がサバイバルナイフで胸部を刺されるという態様であることは、犯人の被服には返り血が付着している可能性が高いことが窺われ、したがってまた、甲の被服に血痕が付着している等の事情がないことは3号の検討で用いてほしいということでしょうし、Wが一度追いかけたものの見失ってしまっていることがあえて【事例】の第2段落を丸々つかって指摘されているのは1号の当てはめを要求しているでしょう。また、【事例】の第3段落のなお書きで、サバイバルナイフがVの胸部に刺さった状態であったことをあえて指摘しているのは、2号該当性の誘導とみることが可能でしょう。
 準現行犯逮捕の検討で現行性のみの検討に終始するのは悪手といえます。

訴因の特定の検討方法

 訴因が特定されているかの検討では、訴因の特定の趣旨からその判断枠組みを示すのが基本だと思います。解答例では、訴因の特定が要求されている趣旨について、判例に倣って①審判対象画定と②被告人に対する防御範囲告知という2点を指摘しています。そして、前者の趣旨が基本であって②は①の裏返しに過ぎないと考える識別説に立つことを明確にしています。ここまで指摘して初めて、他の犯罪事実との識別かつ特定の構成要件に該当することを識別という2つの要請に結び付けられるでしょう。

 共謀の日時、場所、方法等を具体的に指摘しないでよい理由としては、謀議行為は共謀を推認する事実に過ぎない(どの構成要件に該当するかの識別の観点)、他の共謀者の実行行為が特定されていれば、共謀はそれに対応するものであると捉えられる(他の犯罪事実との識別の観点)、という説明がシンプルで分かりやすいと思います。

設問2小問2は基本事項、しかし難問

 検察官が釈明した事項が訴因の内容となるかについては刑事訴訟法の基本書であれば載っているような基本事項ではあるのですが、設問3で出題されている争点顕在化措置に関する議論に関連した言及されたり、裁判所が検察官に対して釈明を求める義務があるか否か(最判昭和33年1月23日参照)についての説明で言及されたり等基本書を漫然と読んでいると何だかよく分からないまま通りに過ぎてしまいそうな部分ではあります。そのため、この問題を完璧に解答できた方は相当少ないのではないかと予想します。小問2はそこまで書けなくても合否に影響はないでしょう。小問2のような難易度の高い問題こそ基本的な知識から考える姿勢が重要です。
 
 検察官が釈明した事項が訴因の内容になるかという問題は「そもそも訴因とは何なのか」という問題に帰着するでしょう。訴因は具体的犯罪事実を意味するのですが、これは概念的に存在するのではなく、起訴状の公訴事実欄に記載されているものとして存在します。訴因変更を行う場合には、検察官が訴因変更請求を行い、その訴因変更請求書においては従前の訴因からどのように訴因を変更するのかが説明されるわけです。このように訴因は起訴状の公訴事実欄に記載されている具体的犯罪事実と考えれば、検察官が釈明した内容が当然に訴因の内容を構成することはないことは想像しやすいと思います(訴因変更制度がありながら口頭で説明したことが訴因の内容を構成すると考えるのは難しいでしょう)。ここまで考えられれば、あとはどうでもいい…というかそれ以上差はつかないと思います。これ以降の説明は解答例で示した通りです。

 解答例の説明は新実例刑事訴訟法という文献を参照しています。ここまでの文献を読まなければならないということではなく、どこに問題意識を持ち、どのような基本事項から説明しているかで理解を試す問題だと思います。

争点逸脱認定との向き合い方

 小問3で問われている争点逸脱認定(争点顕在化措置の要否という捉え方もあり得ます)は平成25年予備試験でも問われているので、平成25年当時と比べればそれなりに書ける受験生も多かったのではないかと思われます。ただ、この論点を理解するためには訴因変更の要否について理解、特にその判断枠組みを明示した最決平成13年4月11日(百選45)の理解が前提になるので、適切な説明ができる人は多くないと思います。争点逸脱認定に関する最判昭和58年12月13日が思い浮かばずとも、平成13年決定を念頭に、本問が訴因に関するズレではないことを意識して説明できれば一定の評価を受けるでしょう。

 本問は訴因の内容となっていない具体的事実について、争点とは異なる認定をすることが許容されるかを論じることになります。設問2小問2が訴因の内容となっているかを問うているのは誘導だったんですね。

 平成13年決定によれば、審判対象画定の見地から不可欠な事項についての変動は訴因変更が必要となりますが、検察官の釈明した事項は訴因の内容を構成しないのですから、裁判所の認定は訴因の枠内での認定となるので、訴因変更が必要ないのは明らかでしょう。また、被告人の防御にとって重要な事項に変動があるか否かですが、そもそも訴因に上程されている事項である必要があるので、この観点からも訴因変更は不要となります。
 
 ただ、被告人の防御にとって重要な事項についての変動に関する規範は、訴因の特定ができているかの判断基準について識別説を採る限りにおいて、その訴因の機能を超えた要請になります。平成13年決定も「争点明確化の観点から」としており、訴因の機能というより不意打ち防止という一般的要請から導かれるものだと考えることになるでしょう。不意打ち防止の要請は憲法32条に由来する司法手続一般に妥当する原理ですから、訴因内の事実認定のレベルにおいても同様に妥当すると考えることになるでしょう。訴因を構成しないものの事案の争点になっている事実について異なる事実認定を何らの措置を講ずることなく直ちに判決をすることは不意打ちを与えると評価するわけです。この何らかの措置が争点顕在化措置と呼ばれたりします。

 争点顕在化措置の具体的内容としては、裁判所が認定しようとする事実について主張する意思があるか否かの釈明を求めるのが一般的なようです。

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