令和2年予備試験商法の論述例と若干の補足


論述例

設問1
1 Bの乙社に対する423条1項に基づく損害賠償責任の有無
⑴ Bは乙社の「取締役」である。

⑵ 本件買取は、「取締役」(356条1項2号)であるBが自己の名で行ったものであるから、「自己…のために株式会社と取引」したといえる。よって、「第三百五十六条第一項第二号…の取引」(423条3項柱書)に当たる。

 本件ワインの市場価格は総額150万円であるから、本件買取の代金は市場価格よりも150万円多い。よって、乙社は本来支出する必要のない150万円を支払わされたことになるから、本件買取「によって株式会社に損害が生じたとき」に当たる。
 Bは利益相反取引をした取締役であるから、「第三百五十六条第一項…の取締役」(同条項1号)に当たる。
 よって、Bはその任務を怠ったものと推定される。

 本件では、本件買取について乙社株主総会の承認(356条1項柱書)がないものの、乙社が発行する株式の全てを保有する甲社の唯一の取締役Aが「それならば300万円で、乙社が買い取ることにすればいいよ。」と許容しているため、全株主の同意があるといえるから、手続的瑕疵はない。しかし、乙社はレストラン乙を営んでいるものの、本件ワインを買い取る必要があったわけではないため、本件買取が乙社に何らの利益をもたらさない。上記推定が覆ることはない。したがって、「その任務を怠ったとき」(423条1項)に当たる。

⑶ 乙社は本件買取によって150万円の損害を被っているから、「これによって生じた損害」も認められる。

⑷ Bは、自己のために356条1項2号に当たる取引をしているから、免責の余地はない(428条1項)。

⑸ よって、Bは乙に対して423条1項に基づく損害賠償責任を負う。

2 Bに対する責任追及の方法
⑴ Cは乙社の株主ではなく、乙社株式の全てを保有する甲社の株主であるから、特定責任追及の訴え(847条の3第1項、第7項)の許否を検討する。

⑵ 甲社は乙社の発行済み株式の全てを保有しているから、「完全親会社」(847条の2第1項柱書ただし書)に当たり、「完全親会社等」(847条の3第2項1号)に当たる。甲社株主に株式会社は存在しないから、甲社は乙社の「最終完全親会社等」(847条の3第1項柱書本文)に当たる。

 甲社の発行済み株式総数は1000株であり、Cは甲社の株式300株を保有しているから、「当該最終完全親会社の発行済み株式…の百分の一…以上の数の株式を有する者」に当たる。なお、甲社の取締役はAのみであるから、甲社は取締役会非設置会社であり(331条5項)、非公開会社にあたる(327条1号参照)。そのため、甲社株式の保有期間要件は不問である(847条の3第6項)。

⑶ 「発起人等の責任の原因となった事実が生じた日」(847条の3第4項)は、本件買取がなされた令和2年6月25日である。

 甲社の貸借対照表上の総資産額は1億円で推移しており、令和元年4月1日から令和2年3月31日までの事業年度にかかる貸借対象表上の総資産額も1億円であった。令和2年4月1日以降、本件買取までの間に、資本金、準備金及び剰余金の額に影響を与える行為や自己株式の取得を行っておらず、他社との間で吸収合併や吸収分割、事業の譲受も行っていないし、新株予約権の発行をしたこともない。よって、「最終完全親会社等の総資産額として法務省令で定める方法によって算定される額」も1億円であると考えられる(会社法施行規則218の6第1項)。
 甲社における乙社の株式の帳簿価額は3000万円であるから、上記額の「五分の一…を超える場合」に当たる。よって、Bの損害賠償責任は「特定責任」に当たる。

⑷ 以上より、Cが甲社に特定責任にかかる提訴請求をした日から60日以内に甲社が特定責任追及の訴えを提起しない場合は、C自ら特定責任追及の訴えを提起できる(847条の3第6項)。

3 Aの甲社に対する423条1項に基づく損害賠償責任の有無
⑴ Aは甲社の「取締役」である。

⑵ 子会社株式は親会社の資産であるから、親会社の取締役はその善管注意義務(330条、民法644条)の一環として、子会社株式の価値を維持・保全すべき義務があるものと考える。
 本件買取は、甲社の完全子会社である乙社に150万円の損害を与えるものであり、乙社の株式の価値を毀損するおそれのある取引であるから、Aとしては子会社株式の価値保全義務の一環としてBの行動を阻止するべき義務を負っていたといえる。しかるに、AはBから本件ワインはレストラン乙で提供するならば総額で300万円程度になるとの申し向けに対し「それならば300万円で、乙社が買い取ることにすればいいよ。」と本件買取を許容している。よって、Aに善管注意義務違反が認められ「その任務を怠った」といえる。

⑶ Aの上記行為によって、乙社に150万円の損害が生じ、これによって乙社の株式価値が同額分毀損されたものと考えられるから、「これによって生じた損害」が認められる。

⑷ 428条1項反対解釈から、取締役の故意又は過失も要件になるものと考えられるが、善管注意義務違反がある以上過失があることは否定できない。

⑸ よって、Aは423条1項に基づき甲社に対して損害賠償責任を負う。

4 Aに対する責任追及の方法
 Cは甲社株主であるから、甲社に対して責任追及の訴えを提起するよう請求でき(847条1項、2項)、請求の日から60日以内に甲社が責任追及の訴えを提起しなければ自ら提訴できる(同条3項)。

設問2
1 甲社において会社法上必要となる手続

⑴ 本件合意は、「株式会社が株主との合意により当該株式会社の株式を有償で取得する」(156条1項)場合に当たり、買取の相手方は株主Cであるから、「第百五十八条第一項の規定による通知を特定の株主に対して行う」(160条1項)こととなる。よって、156条1項各号の事項を株主総会で定める必要がある(156条1項柱書、309条2項2号)。また、特定株主からの自己株式に当たるため、上記株主総会決議の2週間前までに、他の株主に対して売主追加請求(160条3項)できる旨を通知する必要がある(同条2項、規則28条柱書本文)。

⑵ 本件合意は甲社の子会社である丙社株式の全部を丙に譲渡するものであるから、「その子会社の株式…の譲渡」(467条1項2号の2)に当たる。「当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額」(同条同号イ)は前述同様1億円であると考えられ、甲社における丙社の株式の帳簿価格は3000万円であるから、上記額の「五分の一…を超えるとき」に当たる。また、甲社は保有する全ての丙社株式を譲渡するから、「当該株式会社が、効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき」(同条同号ロ)に当たる。よって、甲社株主総会において本件合意の承認を受けなければならない(467条1項2号の2、309条2項11号)。

2 丙社おいて会社法上必要となる手続
 丙社は取締役会非設置会社であるから、非公開会社である。そのため、丙社の発行する株式は譲渡制限株式(2条17号)である。本件合意は丙社株式の譲渡に当たるから、原則として丙社株主総会の承認を受ける必要がある(139条1項)。もっとも、丙社株主は甲社のみであり、会社にとって好ましくない者が株主になることを防ぐという譲渡制限株式の趣旨は当たらない。よって、本件では丙社の株主総会の承認は不要である。

以上

423条3項の使い方

⑴ 「ために」の解釈を詳細に示していない理由
 株式会社と取締役が取引しているので利益相反取引はすぐに想起できる問題だと思います。加えて会社に対する損害賠償責任が問われていますから、423条1項責任の検討が要求されていることも明らかです。この2つが揃えば423条3項の推定規定を用いることまでは気付けるはずです。

 利益相反直接取引該当性では、「ために」をいかに解釈するか、名義説と計算説があり得るところですが、本問ではいずれにせよ「自己…のために」といえる事案ですので、いずれの見解に立つのか詳しく説明する必要性は乏しいでしょう。この部分を厚く書いている答案は「論点だから書いている」という印象を与えかねません。

⑵ 条文をしっかり読む
 また、423条3項の推定には気づけても、各号に該当することを検討しない答案が散見されます。条文をしっかり読んで、条文の文言に事実を当てはめることを強く意識しましょう。

⑶ 推定規定の使い方
 推定が働くための要件を検討した後、何の説明もなく効果の発生を指摘する答案が散見されますが、推定の意味を押さえていないと言わざるを得ません。

 推定は、それが覆されない限りはそのように判断するという意味なので、推定されるだけではなく、それが覆されるのかまで指摘するべきです。

 推定が覆されるか否かの説明は、推定の趣旨に遡ってみるとスムーズだと思います。例えば、423条3項の推定の理由は、利益相反取引が会社の財産が食い物にされてしまうために規制されていることから、その取引によって会社に損害が生じていれば、基本的に取締役に責任があるだろうと考えられるためです。また、利益相反取引は会社にとってプラスの影響がある場合もあり得るため完全禁止ではなく、会社の承認があれば許容されています(356条1項柱書)。以上から考えると、推定が覆るか否かは当該取引が会社にどのような影響を与えるのかを説明すれば十分でしょう。悪影響の大きさ、良い影響の大きさを検討するとうまくいくかもしれません。
 また、利益相反取引の手続規律を遵守していない場合は取締役がその任務を怠っているものと見られて当然なので、手続規律を遵守しているか否かも推定を覆すか否かの考慮要素になります。

福岡高判平成24年4月13日の理解は必須か

 子会社管理の親会社取締役の責任ついては一応百選掲載判例(福岡高判平成24年4月13日(会社法判例百選51))があります。これを知らないと解けないという類の問題ではなく、問題意識をどこに持ったのかを明らかにして、責任を負う根拠を説明できていれば評価はされる部分だと思います。

 子会社株式が親会社の資産の一つであること、会社の財産の価値の保全・維持は善管注意義務の一環であることを知っていれば、上記判例を知らなくても何とか説明を捻り出せたと思われます。

 ちなみに、親会社が被った損害額が本当に150万円でよいのかはよくわかりません。他に頼るべき数字もの無いので、同じ額です!で押し切っています。配点も少ないでしょうし、ここで悩んでも仕方ないでしょう。

特定責任追及の訴えの要件検討

 親会社株主が子会社の責任追及の訴えを提起できるかという点は847条の3を知らなければ厳しい戦いを強いられるでしょう。その場で探している暇はないので前もって知っておく必要があります。短答の勉強が論文に生かしやすい商法の科目特性が如実に表れる問題だと思います。設問2における467条1項2号の2についても同様のことが言えるでしょう。

 847条の3の要件検討は、あえて丁寧に説明しています。私の説明を見ながら条文を読んで要件を整理してみてください。本番でこの説明をするには長いと思います。説明をコンパクトにするなら、「特定責任」における「最終完全親会社等の総資産額として法務省令で定める方法によって算定される額」の算出部分を削るべきでしょう。

本件合意について甲社で譲渡承認が必要か

 甲社発行株式も譲渡制限株式なので、譲渡承認が必要に思えますが、自己株式取得なので承認が必要ないことは明らかでしょう。答案では他の手続の説明を優先するため削っています。仮に答案で説明するとすれば、次のように説明すればよいと思います。

 「本件合意は非公開会社である甲社の株式は譲渡制限株式(2条17号)の譲渡に当たるから、甲社株主総会において譲渡の承認を受ける必要があるが(139条1項)、本問は自己株式の取得であるから必要ない(136条括弧書参照)。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?