令和元年予備試験刑法の論述例と若干の補足


論述例

1 Aが2000万円を甲に渡し、甲が本件土地の所有権を移転させる旨の合意をした行為について業務上横領罪(253条)の成否の検討

⑴ 「横領」とは、不法領得の意思の発現行為が客観的に発現したと評価される場合を指す。不法領得の意思とは、委託の任務に背いて、所有者でなければできないような処分をする意思をいう。
 甲は、本件土地を所有するVから本件土地に抵当権を設定してVのために1500万円を借りる旨依頼され、この依頼にかかる代理権を付与されている。そのため、Aとの間で上記のような本件土地を売却する旨の合意をすることはVによる委託の趣旨に背くものである。しかし、不動産物権変動は登記があって初めて確定的に移転する(民法177条参照)から、本件土地の売買契約を締結するのみでは所有者でなければできないような処分をする意思が客観的に発現したものと評価することはできない。よって、「横領」に当たらない。

⑵ したがって、上記行為に業務上横領罪は成立しない。

2 上記行為について背任罪(247条)の成否の検討
⑴ 甲は、Vから本件土地に抵当権を設定してVのために1500万円を借りる旨依頼されており、その依頼にかかる代理権を付与されているから、「他人のためにその事務を処理する者」に当たる。

⑵ 「その任務に背く行為」とは、委託信任の趣旨に反する行為一切を指す。甲の上記行為は委託の趣旨に背くものであることは前述した。よって、「その任務に背く行為」に当たる。

⑶ 背任罪は全体財産に対する罪であるから、「本人に財産上の損害を加えたとき」とは、経済的見地において本人の財産状態を評価し、任務に背く行為によって本人の財産の価値が減少したときを含む。
 甲の上記行為は付与された抵当権設定に関する代理権の範囲を超える行為であるから、Vに本件土地の売買契約の効果は原則として帰属しない(民法99条1項)。また、甲のAとの間の行為について表見代理に関する規定の適用はないから、例外的に効果が帰属するということもない。よって、Vの財産である本件土地は未だ失われておらず、経済的見地から評価してVの財産の価値減少はない。したがって、「本人に財産上の損害を加えたとき」に当たらない。

⑷ 甲の故意(38条1項本文)に欠けるところはない。「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的」は、専ら本人図利目的ではないことを裏側から規定したものである。
 甲は、銀行等から合計500万円の借金を負っており、その返済期限を徒過し、返済を迫られている状況にあったことから、本件土地の登記済証等をVから預かっていることやVが海外に在住していることを奇貨として、本件土地をVに無断で売却し、その売却代金のうち1500万円を借入金と称してVに渡し、残金を自己の借金の返済に充てようと考えている。これはVが想定している1500万円の利益を実現する側面があるものの、抵当権の設定ではなく、本件土地自体の処分をもたらす点で本人に損害を加える目的は認められるし、自己の借金返済のための費用捻出に利用する意図もある。よって、専らVの利益を図る目的に出たものではないから、「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的」が認められる。

⑸ 以上より、上記行為に背任既遂罪は成立しないが、背任未遂罪(247条、250条)は成立する。

3 本件土地の売買契約書2部の売主欄にいずれも「V代理人甲」と署名した行為に有印私文書偽造罪の成否の検討
⑴ 本件土地の売買契約書は、本件土地の所有権移転を目的とする意思表示を内容とする文書であるから、「権利、義務…に関する文書」に当たる。

⑵ 「偽造」とは、文書の名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう。名義人とは、一般人の観点から文書の意思観念の帰属主体として評価される者をいう。本問のような代理人名義文書の場合、最終的には意思観念に基づく効果は本人に帰属する以上、本人が名義人になるものと考える。よって、「V代理人甲」と署名されている本件土地の売買契約書の名義人は本人たるVである。これを作成したのは本件土地の抵当権設定の代理権を授与されたにすぎず、売却については代理権を有しない甲であるから、名義人と作成者の人格の同一性を偽っているといえる。したがって、「偽造」に当たる。
⑶ 本件土地の売買契約書にある署名は本人であるVの名が表れているから、「他人の…署名を使用して」いる。

⑷ 甲は、本件土地の売買契約書を真正文書としてAに渡すつもりであったといえるから、「行使の目的」も認められる。

⑸ 以上より、上記行為に有印私文書偽造罪が成立する。

4 本件土地の売買契約書を真正文書としてAに渡しており、「行使した」といえる。よって、偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。

5 Vの首を背後から力いっぱいロープで絞めた行為に殺人罪の成否の検討
⑴ 首を力いっぱいロープで絞める行為は人を窒息死させる現実的危険性を有するから、殺人罪の実行行為である。

⑵ Vは死亡しているものの、その死因は溺死であるから上記行為との間の 因果関係が認められるかが問題となる。
 因果関係の本質は偶然的事情を排除し処罰の適正化を図る点にあるから、因果関係の有無は、条件関係を前提に、行為に含まれる危険が結果へと現実化したものと評価できるかで判断すべきである。
 まず、甲の上記行為がなければ、Vが死ぬことはなかったのであるから、条件関係は認められる。
 危険の現実化について考えるに、Vは甲によって失神している状態で海に落とされたことにより間もなく溺死している。人を殺す行為を行った者が、その犯行の発覚を防ぐためにその遺体を人の目につかない場所に遺棄することは自然な行動である。そして、殺人現場と港が近接していれば、遺体の遺棄の態様として海に落とすことも充分考えられる。よって、甲が失神したVを自車に乗せた上、同車で殺人の実行行為を行った公園から約1キロメートル離れた港に運び、犯行から約30分後にVを海に落とし、それによってVが溺死するという事態は、甲がVの首を背後から力いっぱいロープで絞める行為が孕む危険が結果へと現実化したものと評価することができる。したがって、甲の実行行為とVの死の結果との間に因果関係が認められる。
 以上より、甲の行為は殺人罪の客観的構成要件に該当する。

⑶ 甲はVの首を絞めて殺害するつもりであったので、客観的な因果経過と齟齬がある。この場合でも故意が認められるかが問題となるが、故意は客観的構成要件該当事実の抽象的な認識であり、因果関係についてはおよそ自己の行為から結果が生じることの認識があれば足りるから、客観的な因果経過とその認識に齟齬があっても、それが同一の構成要件内で符合する限りで故意に欠けることない。甲はVの首を絞めて殺害するという自己の行為によってVを殺す認識がある以上、故意に欠けることはない。

⑷ 以上より、甲の行為に殺人罪が成立する。

5 罪数
 背任未遂罪、有印私文書偽造罪及び同行使罪は、全体として牽連犯(54条1項後段)となり、殺人罪と併合罪(45条前段)と評価され、甲はその罪責を負う。

以上

横領と背任の区別

 横領と背任の区別が問われている問題ではあると思いますが、そもそもその区別の基準を立てて、それを事案に当てはめて、検討罪名を明らかにしてから検討を始める、という規定演技をする時間が惜しいので全て端折っています。
 刑法では、○○と△△の区別という論点がありますが、これが出題された場合は区別の対象となっている犯罪のうち、重たい罪あるいは検討が論理的に先立つ罪から先に検討して、それが成立しない場合は他方の罪の検討に移行する書き方に固定すると時間の節約になると思います。もちろん、区別の論点あること、どのような場面でそれが論点かするのか、その区別の基準は押さえてほしいところですが、実際の論文に反映させるのは時間的余裕がある場合でなければ無理でしょう。

横領の否定、背任未遂の肯定

 不動産の領得行為を横領として評価する場合、登記具備まで必要とするのが判例(二重譲渡の売主について最判昭和30年12月26日、抵当権設定仮登記を領した事案について最判平成21年3月26日等)と思われるので、本問で横領罪の成立を肯定するのは難しいと思います。
 初歩的な問題ですが、未遂的態様であるからといって横領未遂なる罪を肯定するのは論外です。条文を読んでいない、意識をしていないことが露呈してしまいます。書きたくなる気持ちはわかりますが、横領罪に未遂処罰はありません。所有権侵害に対する未遂的な態様も含めて「横領」に位置づけているからです。

 横領罪を否定したとしても、何らかの委託を受けている者がその趣旨に背く行為を行っていることは否定できないので背任罪の検討も必須です。
 論点化するのは財産上の損害の有無でしょう。V本人に本件土地の売買契約の効果が帰属しなければVの所有権が失われることはないということを意識して、本件で表見代理規定の適用はないという事情に注目できると題意に沿えると思います。ただ、この事情が拾えずに既遂を肯定する答案も多いので、この検討ができないと落ちるというレベルではないと思います。

図利加害目的の検討

 一応解釈の争いがあるところですし、本件でも一応1500万円の利益を実現するというプラスの側面があるので、法解釈を明らかにしてから丁寧に当てはめていますが、時間がなければ省略していい部分だと思います。自己の借金の返済に利用するという明らかな自己図利目的があるので、その点だけ指摘して終わるという手もあると思います。

成立しない犯罪の検討方法

 採点実感によると、効果が発生すると説明する場合は全要件検討、効果発生しないことを説明する場合はその要因となる要件(当該要件に該当しない結果、効果が発生しなくなる場合の当該要件)の検討のみでよいらしいです。いずれの場合でも全て検討しても不利益にはならないと思いますが、当該要件のみでよいというならばお言葉に甘えましょう。

代理人名義文書の名義人、有印か無印か

 本問では「V代理人甲」という署名があるので、代理人名義文書の名義人について説明する必要があることは比較的わかりやすいと思います。代理人名義文書の名義人をどう分析するかについては争いがあるところですが、受験生としては、「他人の代表者または代理人として文書を作成する権限のない者が,他人を代表もしくは代理すべき資格,または,普通人をして他人を代表もしくは代理するものと誤信させるに足りるような資格を表示して作成した文書は,その文書によって表示された意識内容に基づく効果が,代表もしくは代理された本人に帰属する形式のものであるから,その名義人は,代表もしくは代理された本人であると解するのが相当である…」とする判例(最判昭和45年9月4日、刑法判例百選Ⅱ93)に従って、効果帰属先として認識されるVが名義人であると説明しておくのが無難でしょう。
 また、有印か無印かについては、前掲最判昭和45年が「いわゆる代表名義を冒用して本人名義の文書を偽造した場合において,これを,刑法159条1項の他人の印章もしくは書面を使用していたものとするためには,その文書自体に,当該本人の印章もしくは署名が使用されていなければならない…」とも示しているので、本問では本人Vの署名が表れているので有印とするのが筋だと思います。
有印か無印かの判断方法としては、前掲最判昭和45年の事案は、ある学校法人の理事会議事録を作成する権限がないのに理事会議事録を作成し、そこに「理事会署名人X」と記名し、Xの印が押してあるという事案で、最高裁は理事会が名義人であり、有印性は認められないと結論付けていること、原審・原々審が「理事会議事録署名人」が名義人であるとの認定をして有印性を肯定していることからすると、文書の署名に名義人の名が顕れている場合は有印性を認める、という判断基準をとるのがよいと考えます。

危険の現実化の定式の使い方

 因果関係の相当性を危険の現実化の定式で判断する受験生が多数派かと思われますが、その判断の際に、実行行為の危険性の大きさ、介在事情の異常性、介在事情の結果への寄与度という尺度で検討することを宣言して、その考慮要素に従った指摘をするだけでその意味内容を分析しない答案が散見されます。その考慮要素に意味がないというわけではなく、むしろその考慮要素に従うことは望まれてはいるのですが、事実の法的意味を分析しない説明は説得力に欠けると言わざるを得ません。
 危険の現実化の定式は、「行為に含まれる危険が結果へと現実化した」と評価できるかという検討である以上、実行行為にはどのような結果が生じる危険性が含まれるのか、結果への寄与度が大きい介在事情がある場合は、その実行行為から当該介在事情が生じるのが自然の流れと評価できたり、当該介在事情がその実行行為から誘発されたものと評価できたりするのかという検討を通して、当該結果が行為に含まれる危険の現実化パターンの一つといえるのか(「およそ」その行為に含まれる危険の一つだといえるか)について分析する必要があります。
 本問でも、首をロープで絞めるという実行行為には窒息死の危険ありますが、Vの死因は溺死なので、Vを海に遺棄するという介在事情が当該実行行為から通常生じうるものかを分析する必要があります。海への遺棄が首をロープで絞める行為から通常生じうるものであると評価できれば、海に遺棄されて溺死するという結果も首をロープで絞める行為に含まれる危険が現実化したものと評価できるはずです。
 介在事情の寄与度が高い場合は、介在事情から生じるところの結果が実行行為に含まれる危険の一つと評価できるかを検討するため、判例を使って学習する場合は実行行為と介在事情の関連性の深さ(自然性、誘発性等)をどのように分析しているのかに注目するべきでしょう。

因果関係の錯誤のボリューム

 因果関係の錯誤は、実務上故意を阻却することは一切ないといわれているので、故意を阻却しないことを簡潔に説明すれば充分だと思います。論述例の説明でも長いなと感じるくらいです。

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