平成26年予備試験商法の論述例と若干の補足

第1 設問1
1 Cの主張の根拠
 Cは、Ⅹ社のY社からの借入れが利益相反取引(356条1項3号)に該当し、取締役会の承認決議(365条1項)に瑕疵があるとして、その無効を主張するものであると思われる。
2 上記主張の当否
⑴ 利益相反取引該当性
 まず、「自己又は第三者のために」(356条1項2号)とは、自己又は第三者の名で、すなわち、取締役自らが当事者となり又は第三者を代表して、という意味である。Ⅹ社取締役BはY社の代表者ではないから、Y社がⅩ社から5億円借受ける取引は、取締役Bが第三者の「ために」したものとは言えない。(※1)
 次に、「利益が相反する取引」(356条1項3号)に該当するかについては、実質的にみて会社の利益の犠牲の下、取締役が利益を得るという形の取引であるか否かで判断するべきである。(※2)
 Bは「株式会社」であるⅩ社取締役であり、「当該取締役」にあたる。また、BはY社の90%株主であり、Y社の利益はBの利益と同視できる。この場合に、Y社がⅩ社に対して市場実勢よりやや高い金利で5億円を貸し付ければ、Ⅹ社の経済的負担によりY社、ひいてはBが利されるといえる。よって、Y社のⅩ社に対する5億円の貸付けは「利益が相反する取引」にあたる。
⑵ 上記取引についての手続的瑕疵
ア 「重要な事実」の「開示」(356条1項柱書)
 Ⅹ社は取締役会設置会社(2条7号)であるから、356条1項3号に該当する取引を行う場合、当該取締役は取締役会において「重要な事実を開示」しなければならない(同条項柱書、365条1項)。(※3)
 利益相反取引を行う場合に「重要な事実を開示」することが要求されるのは、当該行為の必要性や会社に対する不利益について慎重に検討する機会を設けるためであるから、「重要な事実」が「開示」されたか否かは、当該利益相反取引が会社に与える悪影響や必要性を吟味するに足りる情報が提供されているかで考えるべきである。
 Y社がⅩ社に貸し付ける際の金利が市場実勢よりやや高かったのは、Y社の貸付金の原資が、Bが自己の資産を担保に金融機関から借りた5億円であり、Bが金融機関に支払う金利に対応するためであると思われる。そして、Ⅹ社に対する貸付の金利はBが金融機関から借り入れた際の金利に若干上乗せがされたものであるから、その貸付によってBの支払うべき利息が回収されるのみならず、差額分をBが何ら理由なく儲けを得ることになる。これはⅩ社の財産を取締役Bが食い物にすることにほかならず、この事情を踏まえてY社から5億円の貸付を得るべきかを吟味する機会を与えるべきであったといえるから、上記した5億円の貸付の際の金利設定の背景は「重要な事実」にあたる。
 これは、平成26年1月下旬のⅩ社取締役会では説明されていないから、Bは「重要な事実を開示し」なかったといえる。よって、当該取締役会には365条1項が読み替える356条1項柱書に反する瑕疵がある。
 瑕疵ある取締役会決議の効力については明文ないものの、法の一般原則より無効になると考えるべきである。もっとも、業務執行の迅速化の見地から、瑕疵があっても決議に影響がない場合には例外的に有効となると考える。
 上記Ⅹ社取締役会決議における瑕疵は決議の内容に影響を与え得ることは明らかであるから、当該決議は無効である。よって、本件の利益相反取引は承認決議を欠く瑕疵がある。
イ 「特別の利害関係を有する取締役」(369条2項)
 Ⅹ社と利益が相反するBは、利益相反取引を承認する取締役会決議において自己の利益を優先しⅩ社に対する忠実義務(355条)に反するおそれがあるから「特別の利害関係を有する取締役」(369条2項)にあたる。(※4)
 BはY社からⅩ社への5億円貸付けを承認する平成26年1月下旬の取締役会に出席して議決に加わっているから、上記取締役会は369条2項に反する瑕疵がある。
 瑕疵ある取締役会の効力については前述した。
 Ⅹ社の取締役はA、B及びCを含む5名であるところ、仮にBが議決に加わっていなくとも、その他取締役は全員出席しておりC以外の取締役が全員賛成している以上は取締役の過半数が出席し、その過半数である4分の3が賛成しているため賛成の決議がなされたことに変わりはない。よって、Bが議決に加わっていたとしてもその決議に影響がなかったといえる。
 したがって、この点で利益相反取引の手続的瑕疵はない。
⑶ 手続的瑕疵がある場合の利益相反取引の効力
 承認決議を欠く利益相反取引は、自己契約(民法108条1項)に準じるものとして、無効であると考える(356条2項、民法108条2項参照)。もっとも、第三者が利害関係を有するに至っている以上取引の安全を図る必要がある。そのため、356条1項3号の取引について承認を欠くことにつきその取引の相手方が悪意であることを会社が立証して初めてその無効を相手方に主張できるものと考える。
 BはY社の代表者ではないものの、その株式の90%を保有しているからから、Y社を思うままにコントロールできた者であると考えられる。よって、Y社の主観はBの主観と一致するものと扱ってよい。本件の利益相反取引該当し、かつ、「重要な事実」の「開示」がないことについてBが悪意であることは明らかであるから、Ⅹ社はY社が悪意であることの立証に成功するものと考えられる。
⑷ よって、Cの上記主張は認められる。(※5)
第2 設問2
1 Bの主張の根拠
 Bは、新株発行無効の訴え(828条1項2号)を提起して、Ⅹ社のZ社に対する募集株式の発行がⅩ社株式総会決議を経ていないことをもって無効であると主張するものであると思われる。
2 上記主張の当否
⑴ 新株発行無効の訴えの本案勝訴要件
 株式発行無効事由は、明文にないものの、法的安定性の見地から、重大な法令定款違反に限定されるべきである。そして、法令定款違反の重大性は得られる利益と失われる利益の比較考量で考える。
⑵ 募集株式の発行手続の瑕疵
 Ⅹ社は公開会社(2条5号)であるところ、第三者割当ての方法でする募集株式の発行を「募集株式を引き受ける者に特に有利な金額」で行う場合には株主総会特別決議を経る必要がある(199条2項3項、201条1項)。
 本件の募集株式発行の募集事項決定時のⅩ社の1株当たりの価値は1万 円を下ることはなかった。Ⅹ社はZ社に対して1株当たりの払込金額を5000円として10万株を発行しており、これはⅩ社株式の市場価格から50%割り引くものであるから、市場価格に比して著しく低い金額であり「特に有利な金額」にあたる。(※6)
 そのため、Ⅹ社が上記の募集事項でZ社に株式発行する場合はⅩ社株主総会特別決議を経る必要があるのに、本件では株主総会決議を経ていない。よって、募集株式の発行手続に瑕疵がある。
⑶ 瑕疵の重大性
 Ⅹ社は公開会社である以上取引の安全への配慮が強く要求されるから、内部的意思決定を欠くに過ぎない株主の不利益よりも新株発行を無効として場合の不利益の方が甚大である。よって、株主総会決議欠缺の違反は重大法令違反とはいえない。
⑶ 以上より、Bの主張は認められない。

以上


※1
 名義説に簡単に言及し、直接取引に該当しないことを簡単に説明しています。実質的利益帰属主体と基準に考える計算説も有力ですので、いずれの立場でも検討してよいと思いますが、受験的には名義説の方が楽だと思います。

※2
 たまに、親権者の利益相反行為(826条1項)と同様に考えるのか、利益の相反を外形的客観的に判断すべきとする判断枠組みを示す答案を目にします。
 親権者の利益相反行為は特別代理人の選任が必要になる(≒無権代理になる)ので、取引の相手方の利益を考慮する必要があり、取引の安全を考慮する必要があるのは確かなのですが、利益相反該当性を検討しているのは会社内部で当該手続を経るべきであるかを決するために検討しているので、取引の安全を考慮する必要はないと思います。論述例では利益相反取引の趣旨である会社財産への悪影響を考慮して実質的な検討でよい旨示しています。

※3
 会社法の答案では瑕疵を検討する機会が多々あると思います。瑕疵の検討方法を固めきっていない方におすすめなのが「機関設計⇒行為の性質決定⇒手続規律」という流れを意識する方法です、これを意識するだけで規範っぽく書けます。論述例の表現を借りてくれば、「Ⅹ社は取締役会設置会社(2条7号)であるから(機関設計)、356条1項3号に該当する取引を行う場合(行為の性質決定)、当該取締役は取締役会において『重要な事実を開示』しなければならない(同条項柱書、365条1項)(手続規律)。」という具合です。
 本問では利益相反取引に該当することに起因する複数の手続規律を説明する必要があるため、先に利益相反取引該当性を説明した方が読みやすいと思い、そのような構成にしましたが、上記の一般論を示してから、実際に会社法上の特定の行為(利益相反取引、「特に有利な金額」での発行等)に該当するか、その後手続規律が履践されているかを検討するという流れでもOKだと思います(論述例でいうと、設問2の有利発行の説明の箇所がこの流れになっています)。

※4
 利益相反取締役が「特別の利害関係を有する取締役」(369条2項)に当たることは明らかなのでかなり簡単に認定しています。
 特別利害関係取締役はそれ自体比較的理解しやすい論点なのですが、実際の事案でこれに気付けるかというと難しい場合もあるという難しさがあります。取締役会決議の有無やその効力を論じる必要がある事案では、常に「特別利害関係ないか?」と疑っても良いかもしれません。

※5
 Cに無効主張適格があるかという問題は残りますが、言及は無くても充分合格答案になると思います。あえて検討するなら以下のようになるでしょう。
 無効主張適格について判例は、利益相反取引を行った取締役はその無効を主張することはできないと示しています(最判昭和48年12月11日)。その理由として、利益相反取引に関する規制が会社の利益を犠牲にして取締役が私利を図ることを防止し、会社の利益を保護すること目的とする者であるからとしています。この判例からすると、いわば被害者である利益相反取引をされた会社のみならず、会社の利益保護のために無効を主張するものであればよいと考えられそうです。CはⅩ社とY社の関係が強化されることを警戒して無効主張をしようとしているため、この意図をどう捉えるかで結論が分かれるでしょう。Ⅹ社の利益保護の意図が少なからず含まれるということであれば主張適格を肯定できるでしょうし、Cの意図は自己が取締役を務めるZ社の利益のために無効主張しているとすれば否定の方向に流せるでしょう。

※6
 一見して明らかに有利発行にあたるので長々説明するのもアンバランスかと思い、三段論法を崩して簡単に説明しています。「特に有利な金額」の意義を分かっていることはこの表現で伝わるはずです。
 あまり重要でない、論点ではない要件検討では、「事実の指摘⇒規範のキーワードで評価⇒文言にあてはまることの指摘」という流れで説明すれば最小限の記述で済むと思います。
 論述例の表現を借りてくれば、「本件の募集株式発行の募集事項決定時のⅩ社の1株当たりの価値は1万 円を下ることはなかった。そうであるのに、Ⅹ社はZ社に対して1株当たりの払込金額を5000円として10万株を発行しており、これはⅩ社株式の市場価格から50%ディスカウントするものであるから(事実の指摘)、市場価格に比して著しく低い金額であり(規範のキーワードで評価)『特に有利な金額』にあたる。(文言に当てはまることの指摘)」となります。
 特に記述量の多い刑法で重宝するテクニックです。
 ちなみに、「特に有利な金額」の解釈を示すための理由付けをしっかり書くとすればどのような表現になるかについても考えてあります。以下ご参考までに。
 「上記規律が採られている趣旨は、第三者に特に有利な発行がなされると既存株主の株式保有割合のみならず、経済的損失をも与えることになるため、株主の意思を尊重する必要性が高いからである。そうだとすれば、「特に有利な金額」とは、株主の利益に配慮する必要性が特に高い場合、すなわち、公正な払込金額に比して著しく低い金額を意味すると考える。」




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