平成28年予備試験民事訴訟法の論述例と若干の補足

第1 設問1⑴
1 弁論主義とは、訴訟資料の提出を当事者の権能かつ責任とする建前をいう。この原理から,裁判所は当事者が主張している事実以外の事実を斟酌してはならないという準則が導かれる(弁論主義第1テーゼ)。
 上記準則にいう事実は,主要事実に限定される。弁論主義の趣旨は、民事訴訟の対象である私法上の法律関係に通用する私的自治の原則をその現実化過程である民事訴訟にも反映する点にある。私的自治の原則の本質は,法律関係は私人間の自由意思によってのみ形成され,国家の介入は許されないという規律であるから,これを訴訟手続,特に事実の調査収集手続に反映させるのであれば,法律効果発生を直接基礎付けることになる法律要件該当事実については当事者の自由な処分に委ねるべきこととなる。よって,弁論主義の対象となるのは法律効果発生を直接基礎付ける事実である主要事実であることになる。(※1)

2 ⅩのY1Y2に対する訴えの訴訟物は所有権に基づく妨害排除請求権である。証拠調べの結果明らかになった,Ⅹが甲土地をY2のために譲渡担保に供したという事実は,Ⅹの所有権喪失という法的効果の発生を基礎づける事実であるから(※2),主要事実である。譲渡担保権設定事実はⅩ,Y1及びY2のいずれも主張していないものであるから,この事実を斟酌して判決することは弁論主義に違反する。

第2 設問1⑵
1 当事者が看過している法的観点について,当事者にこれを開示することなく判決の基礎とすることはいわゆる法的観点指摘義務の違反として,判決に審理不尽の違法があると評価される可能性がある。

2 法的観点は裁判所の専権であって,訴訟資料の提出のみを当事者に期待すれば足りるのであるから,基本的には法的観点を当事者に開示せずとも差し支えない。
 しかし,当事者は法律効果の発生を目指して事実を提出して攻撃防御を行うという側面は否定できず,事案の処理としてあり得る法的観点について当事者が看過している場合においてその開示をせず,かかる法的観点を基礎にして判決することは,当事者に不意打ちを与え,弁論権(憲法32条)を侵害するおそれがある。
 よって,当事者が看過している法的観点を判決の基礎とする場合で,その法的観点が紛争の勝敗に影響を与えるような重要な法的観点であるときは,不意打ち防止の必要性が高いといえるため,当事者に判決の基礎とする法的観点を開示して,その点について攻撃防御の機会を与えるべきであり,その開示をせずに判決することは法的観点指摘義務に違反すると考える。(※3)

 譲渡担保権設定という法的観点は,ⅩYら当事者が看過している上,ⅩのY1Y2に対する請求の理由を無からしめる効果を有し,その訴訟の勝敗を決する重要な法的観点であって,ⅩYらに攻撃防御の機会を与えるべき必要が高いといえる。したがって,かかる法的観点を当事者に開示することなく斟酌して判決をすることは法的観点指摘義務に違反する。

第2 設問2

1 Zは本件訴訟の「当事者」(115条1項1号)ではないため原則として本件訴訟の既判力が及ばない。そこで,Zが本件訴訟の口頭弁論終結後にY2から甲土地を購入し,甲土地所有権移転登記を経たことをもって「承継人」(同条1項3号)にあたるといえるか以下検討する。

 同条1項3号が「承継人」に既判力を拡張する理由は,その者に対して既判力を及ぼさなければ紛争の実効的解決が図られない上,その者は「当事者」によって代替的な手続保障を受けていると評価でき,既判力による拘束を受けても差し支えないといえるからである。
 そうだとすれば,「承継人」は当事者適格を伝来的に取得した者に限らず,代替的手続保障が認められ,かつ,既判力を及ぼすのが紛争の実効的解決に資する者を含むものと解釈されてよい。よって,「承継人」には既判力の基になっている紛争の派生紛争の主体たる地位を取得するに至った者(紛争主体たる地位を取得した者)もこれに含まれると考えるべきでる。(※4)

 本件訴訟の被告適格はY1及びY2であって,甲土地の所有権移転登記を具備したZは当事者適格を承継したわけではない。しかし,ⅩとY2間における紛争はZが所有権移転登記を具備したことにより,ⅩZ間での所有権移転登記をめぐる紛争に派生している。Zはその紛争においてⅩから所有権に基づく妨害排除を受け得る地位にあるといえる。よって,紛争主体たる地位を取得したといえ「承継人」にあたり得る。

2 もっとも,ZはY2名義所有権移転登記を信頼して利害関係を有するに至っていることから民法94条2項の類推適用によって保護される余地があり,このような独自の抗弁を有する者は既判力を争う機会を与えるため「承継人」にあたらないとする見解もある。しかし,「承継人」となるべき者が独自の抗弁を主張するか否かで既判力の拡張の許否が決まることとなり,既判力抵触の有無が職権調査事項に位置付けられることに反する解釈となる。(※5)

よって,Zはなお「承継人」にあたる。

※1
 弁論主義について論じる際は、弁論主義の定義を指摘して、その派生原則として第一テーゼが導かれることを簡単に指摘できるようにしておきましょう。弁論主義は明文に無い以上説明は必須ですし、受験生の多数はしっかり定義は書いてきます(……そうだと信じています)。この部分の定義が崩れると周りと差ができてしまいますし、悪印象この上ないでしょう。

 弁論主義をはじめとする超基本についての問題は比較的解きやすいので、嬉々として覚えてきた論証をしっかり再現しがちですが、皆が書ける部分は丁寧にかつコンパクトに説明するべきです。皆が書ける以上その部分の説明のレベルの高さで勝負しても仕方がないです。むしろ、書きすぎて後半失速する方が怖いと思います(刑訴で捜査を書きまくって後半の公判法・証拠法分野で尻切れトンボになる答案が多いのは、問題が分かって舞い上がってしまった結果でしょう)。最低限の説明を丁寧に、を心掛けましょう。

 弁論主義第一テーゼの適用対象が主要事実に限られる理由付けとして、裁判所の自由心証主義を害するというものがあります。個人的には、これは主要事実に限定する理由ではなく、間接事実と補助事実を除外する理由だと考えるので、論述例のように弁論主義の趣旨から解きほぐす方法を採っています。自由心証主義に言及する別の理由づけとしては、次のようなものもあり得ると思います。
 「当事者の紛争の根本は訴訟物たる実体法上の請求権ないし法律関係の有無であるところ,主要事実,すなわち,実体法上の請求権ないし法律関係の存否を直接理由付ける事実こそが攻撃防御の主眼なのであるから,その事実に上記準則を及ぼさなければ,裁判所が当事者の攻撃防御の主眼となる事実を自由に認定してよいこととなり,当事者の攻撃防御の機会を奪うことになるためである。また,間接事実及び補助事実は証拠と同様の働きをする以上,それらに上記準則を妥当させると不自然な事実認定を裁判所に強いることとなり,自由心証主義(247条)を制約することになることからもそう考えるべきである。」

※2
 当事者の主張や裁判所の心証を形成している事実を詳細に分析し説明することは難しいと思います。現に、試験会場で私が思ったことです。「うわぁ……めんどくせぇ……」と感じた記憶が残っています。
 本番の答案では、Ⅹの譲渡担保権設定が所有権喪失を基礎づけるので主要事実だと説明するだけ、という「逃げ」をかましました。ここで悩んで時間食うより、最低限の説明だけはして、自信のある説明ができて、かつ、周りの受験生は充分に説明できないと睨んだ設問1⑵と設問2の方をしっかり書こうという戦略的撤退です。
 評価はAだったので、意味のある「逃げ」だったのだと今では思っています。

※3
 いわゆる法的観点指摘義務の問題であると気づければそれだけで相対的に浮けると思います。法的観点指摘義務そのものの問題意識を知らなければ、本問の問題意識(法的観点は裁判所の専権、しかし当事者に対する不意打ちの可能性)に気づくことは難しいので、論点を勉強する際には常にどこに問題意識を置く論点なのかは確かめておきたいところです。
 法的観点指摘義務を知らずとも、積極的釈明と同じような利益状況であること、しかし、法的観点は裁判所の専権であって当事者にその設定に関する権能はないこと、という基本の理解があればその場で何となく説明できないことはないと思います。

 法的観点指摘義務の問題であると気づけたとしても、その義務違反ゆえに違法となるのはどのような場合かについて、判断枠組みをしっかり示せるかは別問題です。私も法的観点指摘義務の内容と何となくの帰結はしっていましたが、具体的な判断枠組みまでは入っていませんでした。そのため、論述例にあるように釈明義務違反の有無についての判断枠組みを参考にして何とか乗り切ったことを覚えています。
 やはり、典型論点で基本的な判断の方法を押さえておくと、応用が問われたときの説明のベースとして活きるのだと思います。

※4
 どのような場合に紛争主体たる地位の承継があったと言えるのかは、正直よくわかりません。既判力を拡張すべき人で,代替的手続保障があったと評価できるような人には既判力を拡張させてもいいのではないか,という価値判断が先行した解釈であるように思えるので,論述例は派生紛争の主体といえるかという観点から論じています。
 具体的には、引受承継人の範囲に関する最判昭和41年3月22日の判示を参考にしています。口頭弁論終結前であれ、後であれ、いずれもその人に訴訟追行による効果を及ぼすべきか否かの判断ですから、口頭弁論終結前の承継人に関する議論は口頭弁論終結後の承継人に及ぶと考えても不自然ではないでしょう。

※5
 上記の様な独自の抗弁を有する者が口頭弁論終結後の承継人に該当しないと判示した最判昭和48年6月21日が存在するため,それが判例なのではないかとも言われていますが,果たして民訴法115条1項3号の「承継人」についての判示なのかというと疑問があります。上記昭和48年判例では、既判力の拡張について触れられていないからです。
 上記判例の事案は承継執行文付与の場面において執行対象の財産を占有する者が独自の抗弁を有していた事案であって「口頭弁論終結後の承継人」(民事執行法23条1項3号かっこ書)の解釈を示したものと考える余地があるとも言われています。
 形式説が圧倒的に多数説なので、この部分は特にこだわりがない限りは、形式説で書けるようにしておけば充分だと思います。

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