平成27年司法試験民事訴訟法の論述例と若干の補足


論述例

設問1
1 既判力の矛盾抵触が生じない理由
 平成3年判決は、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出することが142条の趣旨に反して許されないとし、これは相殺の抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である旨判示する。その論拠は、口頭弁論の分離(民事訴訟法(以下法令名略)152条)は裁判所の裁量事項であるため、両事件が併合審理されていたとしても、将来事件が分離される可能性が否定できず、そうである以上両事件で同一の債権についての既判力ある判断が矛盾してしまう可能性も否定できないためである。

 しかし、本件のように反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴で提出する場合は、平成18年判決に倣い、反訴請求を、同請求につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴として扱うこととすれば、本訴において相殺の抗弁が既判力ある判断を受けるか否かが確定しなければ、反訴請求が取り下げられるか否かは確定しないこととなるから、本訴と反訴を分離することは許されなくなる。よって、平成3年判決が前提とする潜在的分離可能性は否定されることとなるから、既判力の矛盾抵触は生じない。

2 反訴原告が2つの利益を享受しない理由Yの反訴を前述した予備的反訴として扱うならば、本訴における相殺の抗弁について審理されれば、相殺による簡易迅速な債権回収という利益を得ることができる反面、その判断を受ける限りで反訴は取り下げられることとなるから、反訴は初めから訴訟係属していなかったものとみなされ(262条1項)、債務名義を得ることはできない。

 反対に、本訴請求債権が存在しない、あるいは、相殺の抗弁を不適法なものとして却下する判断がなされ、相殺の抗弁の審理がなされなければ、相殺による簡易迅速な債権回収という利益が得られない反面、反訴は維持され本案判決を受けて、債務名義を得ることはできる。

 したがって、相殺による簡易迅速な債権回収という利益と債務名義を得ることができるという利益は両立しないものであるから、反訴原告は2つの利益を享受することはない。

3 訴えの変更手続なく予備的反訴と扱うことが処分権主義に反せず、反訴被告の利益を害さない理由
 処分権主義とは、訴えの開始、審判対象の設定を原告の、判決によらない訴訟の終結を当事者の権能かつ責任とする建前をいう。その趣旨は私的自治の訴訟法的反映であり、当事者の意思の尊重をその機能とする。そのため、訴えの変更手続を要せずにこれを予備的反訴と扱うことが当事者の意思に反する場合は処分権主義に違反することになる。

 反訴原告は、本訴において相殺の抗弁が審理される場合は相殺の担保的利益を得ることができ、その判断の対象となった額に相当する部分について反訴で審理を求める意味はないから、相殺の抗弁について審理される場合は、その部分については反訴せず、審理されない場合は反訴を維持して当該債権について債務名義を得たいという意思を有しているとみるのが自然である。また、通常の反訴として維持するとすれば、反訴請求債権を本訴で相殺の抗弁に供することとなり、本訴と反訴の分離は当然に可能であるから、平成3年判決の判断が妥当し、当該相殺の抗弁は142条の趣旨に反して違法となってしまうため、反訴原告が通常の反訴として維持する意思を有しているとは通常考えられない。したがって、反訴原告が反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴で提出した場合、反訴を予備的反訴となると解釈することは原告の意思に反しない。よって、処分権主義に違反しない。

 また、訴えの変更(143条1項本文)が「請求の基礎に変更がない限り」被告の同意なく許容されるのは、その場合であれば既判力ある判断を受けられる範囲に変動がなく、変更に関わらず同一の紛争解決基準を得らえるからである。そうだとすれば、訴えの変更手続なく予備的反訴と扱うことは、反訴被告が得られる紛争解決基準が変わらなければ反訴被告の利益を害することがない。

 本訴において反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁が審理されれば、114条2項により自働債権の不存在に既判力が生じ、相殺の抗弁が審理されなくとも、予備的反訴について本案判決を受けることができればその債権の存否について既判力を得ることができる(114条1項)。したがって、訴えの変更を要せずに予備的反訴として扱っても、同一の債権について紛争解決基準を得られることに変わりはないから、反訴被告の利益を害することはない。

設問2
1 控訴審がすべき判決
 控訴を棄却する判決をするべきである。

2 理由
 296条1項及び304条によれば、控訴審の審理及び判決は、当事者の不服申立ての限度でのみ行われるから、被控訴人が控訴あるいは附帯控訴をしない場合、控訴裁判所は原判決よりも控訴人に不利益に原判決を変更することができない(不利益変更禁止の原則)。

 本問の第一審判決はYの相殺の抗弁を認めたうえで本訴請求を棄却する判決をしている。これに対し、控訴裁判所がXの本訴請求債権である損害賠償請求権がないとの心証通りに、第一審判決を不当として改めて請求棄却判決をすれば、損害賠償請求権の不存在のみに既判力が生じ(114条1項)、控訴棄却により第一審判決がそのまま確定した場合に生じる相殺の抗弁の自働債権の不存在についての既判力(114条2項)が生じない。そうだとすれば、当該債権についての紛争解決基準を得られなくなる以上、本訴原告・反訴被告であるXに不利益である。よって、控訴裁判所がその心証通りに第一審判決取消し・請求棄却という判断は不利益変更禁止の原則に反する。したがって、第一審判決を維持して控訴棄却にとどめるべきである。

設問3
1 Yの言い分の不当利得返還請求権(民法703条)の要件へのあてはめ
 Xは請負代金請求を受けないことによって「利益」を得ており、これ「によって」Yは請負代金を請求することができないことによる「損失」を被っている。Yが請負代金を請求できないのは、前訴既判力によって制限されているためであるものの、前訴ではXのYに対する損害賠償請求権は工事に瑕疵がないためにそもそも存在していなかった以上相殺の要件を欠いていたのであるから、「法律上の原因」がない。

2 既判力の作用の検討
⑴ 「主文に包含するもの」(114条1項)とは訴訟物を指すから、前訴の既判力はXのYに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権300万円の不存在に生じる。また、114条2項によれば相殺の自働債権の不存在に既判力が生じるから、YのXに対する請負代金債権300万円の不存在に既判力が生じる。前訴当事者はXとYであり、「当事者」(115条1項1号)として前訴確定判決の既判力がXYに対して生じている。

⑵ 既判力の趣旨は、紛争の蒸し返し防止にあるから、前訴確定判決の判断に矛盾する当事者の主張立証は許されない(既判力の消極的作用)。
 Yの言い分のうち、「法律上の原因」がないことについては、前訴におけるXのYに対する損害賠償請求権がそもそも存在していなかった以上相殺の要件を欠いていることが主張されているところ、これはYの請負代金債権が未だ存在することを前提とする主張であるから、前訴におけるYのXに対する請負代金債権300万円が存在しないという判断に矛盾するものである。したがって、Yの言い分は前訴確定判決の既判力によって遮断されるため、それを理由とするYの請求も認められない。

以上

答案短くても大丈夫?

 私が書いた論述例は多分4頁半くらいのボリュームだと思いますが、必要な説明は最低限出来ていると思います。民事訴訟法は体系に沿った網羅的な検討を要求することはなく、基本的に説明すべき事項が絞られているので、答案の枚数は少なくなりがちです。

 私は刑事系や公法系では基本的に7~8頁ほど書き、本番も同様だったのですが、民事訴訟法だけは6頁目で答案を書き終わったと記憶しています。問題は異なりますが、平成28年に合格した先輩に聞いた話では4頁の答案でもA評価だったとのことなので、民事訴訟法だけは4~6頁で充分Aを狙える答案を書けると思います。

 そのため、検討すべき事項をじっくり考えて、説明すべき事項を精査する答案構成の時間は他の科目と比べて多く取って差し支えないでしょう。具体的な思考過程を明らかにすること、問いに対する解答に必要な説明のみが記載されていることが民事訴訟法の論文の高得点の秘訣なので、じっくり答案構成して濃い答案を書いてやりましょう。

「誘導」の乗り方

 民事訴訟法は民法や刑法、憲法のように思考過程が確立しているわけではなく、当事者の訴訟行為に対する裁判所の個別具体的な裁定が適当であるかを論じる羽目になることが多いので、いわゆる誘導が効いていること多いです。

 誘導に沿って問われている事項を漏らさずに検討するため、私は誘導で検討を要求されている事項を題名にして、その下に説明を書く、と決めていました。至極当然の説明方法なのですが、予めそのように説明すると決めてあるだけで答案構成を考える手間が省けるので、現場で検討する際は幾分楽になります。

判例の射程の論じ方

 司法試験の民事訴訟法の問題では、判例の射程や判例と判例の関係が問われることが多々あります。このような出題については、判例の基になった事実関係とその帰結、そしてその帰結に居たった論拠を説明できるように準備しておきましょう。

 論述例の冒頭のように、まずその事案類型と帰結及びその論拠を示し、その論拠が妥当するか否かを判断枠組みに位置づけ、それが妥当する場合は射程内、妥当しない場合は射程外という処理が最もシンプルだと思います。

平成3年判決の射程

 問題文中にも引用されている、別訴訴求中の債権を自働債権とする相殺の抗弁が142条の趣旨に反して許されないことを示した平成3年判決からすると、反訴訴求中の債権を本訴で相殺の抗弁に供する場合も平成3年判決と同様の判断になるのではないか、平成18年判決のように反訴を予備的反訴になると扱うことによって平成3年判決が根拠とする既判力の矛盾抵触が生じなくなるのは何故なのかが問われています。

 平成3年判決は両事件が一度併合されている事案であり、判決でもこれを意識してか、併合審理された場合でも同様に142条の趣旨に反することを認めています。これは、将来弁論が分離される可能性(潜在的分離可能性)があり、分離されてしまえば既判力の矛盾抵触のおそれは具体化するという考慮です。既判力の矛盾抵触のおそれを非常に重く捉え、単に併合審理されているだけではダメだと考えているのでしょう。

 ただ、分離されることを封じることができれば同一の審理に基づいて結論が出る以上その判断が矛盾抵触するおそれはなく、審理の重複もありません。よって、平成3年判決の判断は、両事件が分離される可能性がない事案については妥当しないと考えることができます。そのような事案の一つとして平成18年判決の処理を説明してやれば充分解答になると思います。

 以上は平成3年判決の判断がどこまで及ぶのかについて潜在的分離可能性を切り口に検討しているにすぎません。違う切り口から事案を分析すれば違う角度からその射程を区切ることができる余地も残されているはずです。

平成18年判決の予備的反訴

 同判決が示す予備的反訴の意義は勘違いしやすい点があるので注意が必要です。というのは、平成18年判決のいう解除条件は本訴において相殺の抗弁が審理されることであるのに、本訴において相殺の抗弁が認められることを解除条件とする答案が結構多いのです。これは採点実感でも指摘されています。

 そういった誤解が生じる要因について、採点実感は適格な指摘をしてくれます。

 「本訴において相殺の抗弁が審理されることが解除条件であるのに,本訴において相殺の抗弁が認められることが解除条件であると誤解している答案が,無視できない比率で存在した。このことは,民事訴訟法第114条第2項の既判力は,相殺の抗弁が認められるか否かを問わず,相殺の抗弁についての判断がされた場合には,反対債権(自働債権)の不存在の判断に生じることが理解できていないことを示すものである。

平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系第3問)

 114条2項の趣旨は、自働債権の有無についての争いを通じて訴求債権の有無についての争いが蒸し返されることを防止する点にあります。相殺の抗弁について審理がなされるならば、自働債権が存在すればその限りで訴求債権を削るので自働債権は存在しなくなるでしょうし、自働債権がそもそも存在しなければ、蒸し返し防止の趣旨から自働債権の不存在に既判力が生じることになります。この理解があれば、相殺の抗弁が認められることを解除条件すると、相殺の抗弁が認められない場合は反訴が維持されることになり、なんだかよく分からないことになるという違和感に気付けるはずです。

処分権主義に反するか、反訴被告の利益を害するか

 処分権主義と聞くと、原告の合理的意思との合致及び被告の不意打ち防止と書きたくなるのは法学徒の性ですが、これはあくまで246条の解釈だと思います。本問の問題文や採点実感が「処分権主義に反するか」と「反訴被告の利益を害するか」をあえて分けて指摘していることからすると、司法試験委員としては、被告の利益保護は処分権主義とは一応別の問題と捉えているものと予想できます。

 そのため、設問1の2つ目の問いについて原告の合理的意思との合致と被告の不意打ち防止という一般論を立てるのはやや雑な印象を与えると思います。ただ、現場ではこのような判断枠組みを立てて説明する答案が多かったものと予測できますし、そのように書いたからと言って落ちるわけではないと思います。むしろ重要なのは、予備的反訴と扱うことが合理的意思に合致するのか、被告の利益を害さないのかについての具体的な説明ができているかです。

 原告の合理的意思は、あくまでフィクションを仕立て上げるので、簡単に「これが合理的意思だ」と言い張ることはできません。「合理的に考えればどのような意思であるはず」ということをできるだけ具体的に説明するべきです。採点実感でも抽象的な説明にダメ出しされています。

 「これに対し,反対債権の債権者としてその履行を求めて反訴を提起した後,それを本訴における相殺の抗弁としても主張した者としては,訴訟手続においてどのように審理されることを期待するのかという点を検討しつつ,予備的反訴に変更されることが処分権主義に反しない理由について論じることが期待されたところであるが,単にYの合理的意思に合致するとのみ抽象的に論じる答案が多かった。やはり,なぜYの合理的意思に合致するといえるのか,どのような当事者の意思を尊重すべきなのかといったことを検討してこそ,上記課題につき具体的な検討がされたものというべきであって,このような答案が高い評価を受けることは困難であろう。」

平成27年新司法試験の採点実感等に関する意見(民事系第3問)

 反訴被告の利益を害さないかとの問いは、訴えの変更があったものと扱う以上、被告に対する配慮は必要なのではないかという問題意識に基づくものでしょう。論述例では訴えの変更に絡めて説明していますが、一般的に得られる紛争解決基準が同一であればいいじゃんと説明すれば十分だと思います。

不利益変更禁止原則と相殺

 設問2は、出題趣旨にも言及があるように、被告の相殺の抗弁を認めて、原告の請求を棄却した第一審判決に対して原告のみが控訴した場合に、訴求債権がそもそも存在しない心証を形成したとしても、控訴審裁判所は第一審判決を取り消して請求棄却をすることは、原告に不利に判決を変更することになるため、原告の控訴を棄却するにとどめるべきであるとする最判昭和61年9月4日(百選112)がある以上、これを意識した解答ができなければかなりの痛手を負うことになるでしょう。
 これは、採点実感の言及からも窺えます。

 「この点,民事訴訟法第114条に基づく既判力の内容を同条各項ごとに正確に論じることができている答案は,控訴審が第一審判決を取り消すことが反対債権について生じ得る既判力の有無に影響を及ぼすことを指摘できており,また,不利益変更禁止の原則については,基本的な概念であって,その内容についても受験者において概ね理解されているものであったことから,控訴審がすべき判決の在り方について一定の結論にたどり着くことができ,相応の得点をとることができていたと考えられる。

平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(第3問)

 不利益変更禁止の原則を知らない、書けないのは論外だと思いますが、前掲昭和61年判決の帰結を知っているだけでは設問2で充分な評価を得られません。本問では、第一審判決を取り消して請求棄却をする判決と控訴を棄却し第一審判決を維持する場合に生じる既判力を対比しつつ検討することを求められており、これは前掲昭和61年判決の論拠を理解していなければ適切な説明は難しいと思います。
 このような出題のされ方からも、民事訴訟法では判例の事案と判旨を覚えるだけでは太刀打ちできず、その判断に至った論拠まで押さえる必要があることがわかります。判例学習の指針になるでしょう。

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