平成28年予備試験民法の論述例と若干の補足

第1 DのBに対する500万円の支払請求
1 請求の根拠
 上記請求の根拠は,解除(542条1項1号)に基づく原状回復請求権(545条1項本文)である。
2 請求の当否
 BはDとの間で本件売買契約を締結している(555条)。その目的である甲機械は,元々Aの所有であったが,Aは平成27年1月11日に死亡し,Aの遺贈(964条,985条1項)により,Cに所有権が移転したため,本件売買契約当時はCの所有にあった。よって,本件売買契約は「他人の権利…を売買の目的としたとき」にあたり,Bは甲機械の所有権を取得して,Dに対してそれを移転する義務を負う(561条)。
 Cは,同年9月22日,Dに対して甲機械を直ちに返還するよう求めていることからすると,CにおいてBに甲機械の所有権を移転する意思はないことは明らかであり,Bの上記義務は事実上実現不可能である。よって,Bの「債務の全部の履行が不能であるとき」(542条1項1号)にあたる。
 「債権者」であるDの「責めに帰すべき事由」は存在しない(543条)。
 よって,Dは「解除権」(545条1項本文)を有する。
 そして,DはBに対して,同月30日,本件売買契約を解除すると伝えているから,「意思表示」によって解除権を「行使した」といえる(540条1項,545条1項本文)。
 したがって,上記請求は認められる。
第2 DのBに対する40万円の支払請求
1 請求の根拠
 上記請求の根拠は債務不履行に基づく損害賠償請求権(415条1項)である。(※1)
2 請求の当否
⑴ BのDに対する甲機械所有権取得及び移転義務は前述のように履行不能となっているから「債務の履行が不能であるとき」にあたる。
⑵ 「損害」とは,債務不履行がなければ有り得べき財産状態と現実の財産態の差額を指す。
 Bは本件売買契約締結に際し,Dに対し,甲機械の故障箇所を示した上で,これを稼働させるためには修理が必要であると説明しているから,甲機械の修理費用は債務不履行に関わらず出捐を免れないものであった。よって,Dは債務不履行がなければ代金500万円及び修理費30万円の出捐で済んだところを,Bの債務不履行によってDは甲機械の代わりに乙機械を540万円で購入することを余儀なくされているから,その差額である10万円が「損害」となる。(※2)
 そして,この損害はBの上記債務不履行によって生じているから「これによって生じた」損害にあたる。
⑶ 「債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」にあたるか否かは,履行障害が債務負担時に通常想定される債務不履行リスクに基づくものか否かで判断する。(※3)
 Bは,Dに対し,Cから確実に許諾が得られるはずであるという申し向けを行っており,これは真の権利者であるCから権利取得の許諾を得られないというリスクの引き受けと評価できるから,Bの債務不履行は「債務者の責めに帰することができない事由によるものである」とは言えない。
⑷ よって,DのBに対する10万円の支払請求は認められる。
第3 DのBに対する50万円の支払請求
1 請求の根拠
 上記請求の根拠は不当利得返還請求権(703条)である。(※4)
2 請求の当否
 Dの修理行為によって甲機械の価値が50万円増加していたとしても,B甲機械の所有者ではないので「利益を受け」たといえないから,上記請求は認められない。
第4 DのCに対する50万円の支払請求
1 請求の根拠
 上記請求の根拠は不当利得返還請求権(703条)である。
2 請求の当否
 Bの場合とは異なり,Cは甲機械の所有者であるから,50万円の「利益を受け」ている。しかし,Dが修理のために支出したのは30万円であるからその限りで「損失」があるに過ぎない。(※5)
 上記「利益」と「損失」との間には因果関係があり,「法律上の原因がな」いことは明らかである。
 よって,上記請求は30万円の限りで認められる。
第5 B及びCのDに対する主張
1 B及びCの主張の根拠
 Bの主張の根拠は,Dに対する原状回復義務の履行としての果実返還請求権(545条3項)を自働債権とする相殺(505条1項)である。Cの主張の根拠は,Dに対する果実返還請求(190条1項)を自働債権とする相殺である。(※6)(※7)
2 B及びCの主張の当否
⑴ 前述したように,BはDに対して510万円の支払債務を負担し,CはDに対して30万円の支払債務を負う。
 DはBから甲機械の引渡しを受けているから,「受領の時以後に生じた果 実」(545条3項)として,それをCに返還するまでの甲機械の使用利益相当額25万円をBに支払う義務を負う。(※8)
 また,Dは甲機械がC所有であることを知っていたから,「悪意の占有者」(190条1項)にあたる。使用利益相当額25万円は,「果実」と同視できるから,DはCに対して果実返還債務(190条1項)として25万円を支払う義務を負う。(※9)
 以上からすると,DB間,DC間でいずれも金銭支払債務を相互に負っているといえるから「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合」にあたる。
⑵ DB間,DC間で相互に負担する債務はいずれも期限の定めなき債務であるから「双方の債務が弁済期にある」といえる。
 そのほか,DB間,DC間で相互に負担する債務は「債務の性質がこれを許さないとき」(505条1項ただし書)にあたらず,相殺禁止の意思表示もない(505条2項)。B及びCは25万円がDの請求額から控除されるべきと主張しているから,相殺の意思表示もある(506条1項)。
 ⑷ よって,B及びCの主張は認められる。
                                以上


※1
 Bの債務は履行不能になっているので415条2項1号も候補に挙がりますが,填補賠償と構成するなら500万円の支払請求の方だと思います。40万円の請求は,純粋に債務不履行によって支出する破目になった増加費用と捉えるのが自然だと思うので415条1項で検討しています。

※2
 Ⅾは修理費相当分としてCに対して30万円の支払を請求することができるので,40万円から30万円が控除されて10万円が「損害」になると考えるのが筋でしょう。損害を40万円とすると,30万円の二重取りを許すことになってしまいますし,Ⅾは修理費がかかることを折り込み済みで甲機械を購入しているのですから,30万円分は損害と評価するのは妥当ではないと思います。しかし,初見でそれに気付くのは難しいと思うので,損害を40万円をとしても充分合格ラインに乗ると思います。

※3
 帰責事由は基本的には過失を意味すると解されてきましたが,債権法改正によって考え方が変わり,「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」(415条1項ただし書)帰責事由が定まることになっています。この免責事由については,折り込み済みのリスクとは言えないような原因によって不履行になった(例えば,不可抗力)場合に肯定されると考えればとりあえずは大丈夫でしょう。
 本問は改正前の事案なので過失を基礎づける事実が振られており,改正後の現在その評価の方向性は一考を要します。法改正後の現在においては,Bの発言を債務不履行リスクの引き受けと評価するのが無難だと思います。

※4
 50万円の支払請求の根拠としては,占有者による必要費償還請求(196条1項)も候補に挙がりますが,同条の規定ぶりを自然に読めば請求することができる額は支出額に限られることになり,30万円の請求しかできないことになると思います。この構成を採ると,Ⅾの主張を実現することは最初から不可能になるので不適切ではないかと考えます。196条1項の請求で50万円を請求しても大きな痛手にはならないでしょうが,「もしかして,条文読んでいない?」という印象を与えるのでマイナス評価は避けられないと思います。
 Dの主張を実現できる請求権を選択して,その成立要件を検討するという素直な考え方をすれば,703条を選択してその成立要件を検討するのが無難ですが,物の占有者が物に対して必要費に相当する支出をした場合は196条1項が703条に優先して適用されると考えるのが一般的なので,この点の理解を前提とした説明を試みるのも一興だと思います。この考え方を採った場合は,703条が請求の根拠であると指摘しつつ,この場合には196条1項が適用される(703条は適用されない)から50万円の請求は不可能である,という説明の仕方になると思います。
 また,占有者による有益費返還請求権での検討の可能性もありますが,機械の故障部分を修理するということそれ自体はその物の現状に回復する費用(普通に使えるようにするための費用)と考えるのが自然なので必要費という捉え方の方が手堅いでしょう。有益費とみるためには,BⅮ間売買契約の目的物である甲機械を基準とすればその状況よりもプラスにしたとみるほかありませんが,この見方では必要費と有益費の区別ができなくなると思います。

※5
 不当利得返還請求権で構成した場合に50万円の請求を認めるのは,さすがに理解を疑われるおそれがあるので不良評価の要因になると思います。

※6
 BCの「控除するべき」との主張を実現する手段としては相殺が最も適切だと思うので相殺の検討をしています。
 BCの25万円の各支払請求を検討しておしまいにしている答案を指導でたくさん目にしますが,その度に「当事者の主張を実現できる法律効果は何か,という発想をもっていますか?」という問いかけをしています。民法の論文式試験は,法律効果の発生を追っていくことができるかを試す試験です。BCの25万円の支払請求の当否のみを検討しておしまいにする答案は,法律効果を意識していない答案と評価される可能性があるので,高い評価を期待できないと思います。
 当事者が発生を望んでいるところを実現できる法律効果を定める条文(あるいはその解釈)や制度をピックアップして,その要件を事実が充足するかをひたすら検討しましょう。そうすれば自然と答案が完成します。

※7
 BとCの請求はいずれも甲の使用利益相当分の支払請求なので,Dが双方に現実の支払いをするべきものなのかは問題になりそうですが,現実の支払いは片方のみでよい等の理論構成の説明は正直面倒ですし,時間もないと思うので無視しています。

※8
 Bに対する使用利益相当額の返還は,545条3項の「果実」返還義務と捉えるのが自然です。Dの請求で解除に基づく原状回復を検討するのは当然なので,ここで703条等解除に基づく原状回復以外で構成するのは厳しいのではと考えます。

※9
 Cの25万円の支払請求は,190条1項に基づく果実返還請求権として使用利益相当分の支払を求めていくのが筋でしょう。しかし,Dが190条1項にいう悪意の占有者であるという事情項の可能性に気づける受験生はそこまでいないと思われるので,703条で検討しても傷は浅いのではないかと考えます。不当利得返還請求でも704条で検討した方がより事案に即していると思いますが,703条で検討する受験生もたくさんいると予想されるので合否を分ける要因であるとは言い難いと思います。


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