平成24年予備試験民事訴訟法の論述例と若干の補足

設問1
1 訴訟物が異なるにもかかわらず既判力が後訴に及ぶことがあるか(※1)
 既判力(114条1項)とは、前訴確定判決の後訴への拘束力をいう。既判力の趣旨は、紛争の蒸し返しを防ぎ、実効的解決を図る点にあるから、既判力は前訴確定判決の判断に矛盾する事実の主張を排斥することを後訴裁判所に強制する効力を有すると考える。この拘束力は前訴の「当事者」(115条1項1号)が当事者となる後訴であれば当然に及び、その当事者の主張が前訴確定判決の判断に矛盾するものであれば前訴既判力によって排斥されるから、既判力が及ぶか否かにおいて前訴と後訴の訴訟物を対照する必要はない。よって、第1訴訟と第2訴訟とで訴訟物が異なるものの、その当事者はいずれもXYであるから、第1訴訟の確定判決の既判力により第2訴訟において第1訴訟の基準時前の事由によって第1訴訟の確定判決を争うことはできない。
2 Yの主張の許否
⑴ ①の主張
 既判力の趣旨は、紛争の蒸し返しを防ぎ、実効的解決を図る点にあるから、かかる拘束力は当事者間の争いの根本である訴訟物についての判断に生じれば良い。よって、「主文に包含するもの」(同条項)は、訴訟物を指していると考える。
 また、当事者は事実審の口頭弁論終結時まで事実の主張、証拠の提出をすることができるから、裁判所としての判断もその時についての判断にならざるを得ない。よって、既判力は事実審の口頭弁論終結時における訴訟物の存否についての判断に生じるものと考える(民事執行法35条2項参照。以下、事実審の口頭弁論終結時を「基準時」という)。
 そして上記した既判力の効力を併せ考えれば、前訴基準時前の事由であって、前訴訴訟物の存否についての判断に矛盾する主張は原則として既判力によって遮断されると考える。
 しかし、既判力の正当化根拠は手続保障が尽くされたことによる自己責任であるところ、前訴で提出することが期待できない事由については自己責任を問うことができないから、かかる事由については例外的に遮断されないと考える。(※2)
 Xから本件機械を買ったのはYではなくZであるとの主張は売買契約時における事実を主張するものであって、第1訴訟の基準時前の事由であるといえる。
 原告の意思尊重及び被告の不意打ち防止の観点から、一部であることを明示する請求はその一部が訴訟物となると解すべきである。第1訴訟は売買契約に基づく代金債権400万円のうちの150万円を請求する旨明示しているから、第1訴訟の訴訟物は同代金支払請求権のうち150万円部分となる。この訴えはXの請求を全部認容する判決がなされているから、第1訴訟の確定判決の既判力は基準時において売買契約に基づく代金支払請求権150万円が存在することについて生じる。
 Xから本件機械を買ったのはYではなくZであったならば、XのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権そのものが存在しないことになるから、同請求権150万円が存在するという判断に矛盾する主張である。よって、原則としてその主張は既判力によって遮断される。また、第1訴訟における請求原因としてXが平成22年2月2日、Yに対し、本件機械を400万円で売ったという事実が摘示される以上、買主がYではなくZであるとの主張は当然に想起され、相殺の場合と異なりその主張によって何らかの出捐を伴うものではないから、買主がZであるとの主張は第1訴訟で提出することを期待できるものである。
 以上より、①の主張は、第1訴訟の確定判決の既判力に遮断され、許されない。
⑵ ②の主張
 ②の主張も既判力によって遮断される可能性があるから前述した判断枠組みに従って判断する。
 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権(※旧民法570条、現行民法では415条1項に基づく損害賠償権がこれに代わります)は、瑕疵ある本件機械の引渡し時に発生するから、第1訴訟の基準時前に相殺適状にあり、基準時前の事由であることは明らかである。そして、第1訴訟の確定判決の既判力は基準時において売買契約に基づく代金支払請求権150万円が存在することについて生じることは前述のとおりである。 
 一部請求をする理由が請求を減殺する要因を見込んだ上で少なくともその額が認められると考えているからであること及び紛争の一回的解決を図る見地から、一部請求に対して相殺の抗弁が提出された場合は、まず訴求債権の総額を確定した上で、その額から相殺による厳格し、その残額が一部請求額を上回る場合は請求認容、下回る場合は一部認容又は全部棄却する方法を採るべきである。第1訴訟は売買契約に基づく代金支払請求権400万円のうちの150万円を請求するものであり、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権300万円を自働債権とする相殺の抗弁の提出を許す場合、自働債権が存在すると判断されれば、遡及的に代金支払請求権は100万円しか存在しないこととなり(民法506条2項)、それにより第1訴訟は100万円の限りで認容され、その余は棄却する判決が下され得る。これは売買契約に基づく代金支払請求権150万円が存在するという判断に矛盾する。よって、②の主張は原則として第1訴訟の確定判決の既判力によって遮断される。
 しかし、相殺は訴求債権の存在を認めた上での主張であり、自己の債権の出捐を伴うものであるから、前訴で主張することを期待することはできない。よって、②の主張は第1訴訟の既判力によって遮断されず、許される。
設問2(※3)
1 反対債権についての争いの蒸し返しを防ぐという114条2項の趣旨か らすれば、裁判所の判断が現になされた場合に拘束力を生じさせれば充分であるから、訴訟上の相殺の抗弁における反対債権の不存在の既判力(114条2項)は、反対債権の存否について裁判所の判断が現になされた場合に発生する。そのため、被告が訴訟上相殺の抗弁以外の抗弁が提出している場合は、反対債権の不存在の既判力の発生をできるだけ回避するため、訴求債権の成否とその他の抗弁の当否についてまず審理をし、訴求債権の存在が認められ、かつ、他の抗弁に理由がない若しくは他の抗弁に理由があっても訴求債権の不存在を基礎づけるには足らないと判断された場合に初めて相殺の抗弁について判断するべきものと考える。本件の裁判所もこの審理順序に従って審理することに留意して判決をするべきである。
2 第1訴訟ではYが②の主張と併せて、本件売買契約に基づく代金として180万円を弁済した旨主張をしているから、まず訴求債権である売買契約に基づく代金支払請求権の存否について審理をすべきである。この点について、裁判官は訴求債権の発生原因事実である本件売買契約の成立を認定できる心証をいただいているため、次に弁済の抗弁の当否について審理すべきである。この点について、裁判官はYの主張する事実について証拠によって認定できるとの心証を抱いており、弁済の抗弁は180万円分であって訴求債権400万円の不存在を基礎づけるには足らないから、相殺の抗弁の当否について審理をするべきである。そして、相殺の抗弁についても証拠によって認定できる心証を抱いているのであるから、裁判所は上記の審理順序に従い、Xの請求を全て棄却する判決すべきである。

以上

※1
 ①②の主張が既判力で遮断されるかを淡々と説明すれば合格点はつくと思うので、この部分の説明がなくとも合否に影響はないと思います。ただ、この問題最大の論点といってよい部分なので、私は冒頭で説明しています。

 既判力が作用するか否か、その作用場面といえば訴訟物が「同一・矛盾・先決」の関係にあるとき、とすぐに浮かぶと思います。ただ、この枠組みに従うと、かなり厳しい戦いを強いられます。というのも、この問題の誘導では「訴訟物が異なるという理由だけで,第2訴訟において,第1訴訟の確定判決の既判力が及ぶことはないと言い切れますか。」とあるので、少なくとも訴訟物が同一の関係に無いことは抑えられています。かといって、矛盾あるいは先決関係に位置づけられるかというと、第1訴訟と第2訴訟は実質同一の債権の分割行使なので、矛盾関係ではあり得ませんし、第1訴訟の判断が第2訴訟の判断の論理的前提という関係もないわけですから、先決というのも難しいでしょう。
 このように解答しあぐねてしまうのも無理はないと思います。「同一・矛盾・先決」の関係は基本書等でよく目にする分類で、これに該当すれば既判力が作用することになるように読めます。ですが、この分類はあくまでその関係にある場合に既判力が後訴に作用することがある場面のまとめ(典型的場面)に過ぎないと思います。この分類にあたるか否かは既判力が作用する条件ではないということです(既判力が作用する典型的場面に当てはまることを説明しても作用するかどうかは決まらないはずです)。この点の理解は瀬木比呂志先生の「民事訴訟法」(第2版)の486頁以下が分かりやすかったので詳しくはそちらを参照してください(個人的には初版の453~454頁の説明の方が端的で好きです)。

 「同一・矛盾・先決」の関係にあるか否かに拘泥されることなく、既判力の本質論から素直に考えれば自然な説明ができると思います。既判力は「当事者」(115条1項1号)に生じているので、当事者は基準時前の事情に基づいて前訴確定判決を争えないことは当然です。後訴における当事者の主張が基準時前の事由に基づくもので、かつ、前訴訴訟物の存否についての判断に矛盾するものであるかを確認すれば足りるのであって、訴訟物の異同は考える必要もないでしょう。

※2
 既判力によって遮断される主張をどのように考えるかについては議論がありますが、原則例外で捉えて、抽象的期待可能性がない場合に例外を許容するという枠組みが最も事情を拾えて、判例の判断に近い判断を可能とすると思うので採用しています。

※3
 設問2は訴訟上の相殺の抗弁の性質によって審理方法にどのような影響があるかを説明できれば充分だと思います。相殺の抗弁の判断には既判力が生じるという大前提から、訴訟上の相殺の抗弁が予備的抗弁であると解されること(訴求債権の審理が先、他の抗弁の審理が先に行われることになる)を指摘し、本問における具体的な審理方法を留意点として説明しました。

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