平成27年予備試験刑法の論述例と若干の補足

論述例

第1 丙及び丁の罪責
1 丁が甲から封筒に入った50万円を受領した行為について、受託収賄罪(197条1項後段)の共同正犯(60条)がしないか。
2 共同正犯が一部実行全部責任を負うのは、相互に相手の行為を利用して補充しあう意思を形成して犯罪を実現する点にあるから、「共同して犯罪を実行した」とは、①意思連絡、②正犯意思、③①に基づく一部の者の実行がある場合を指すものと考える。

⑴ 意思連絡
 甲から「ご主人と約束していたお礼のお金を持参しましたので,ご主人にお渡しください。」と頼まれた丁が外出中の丙に電話で連絡を取り、その旨伝えたところ、丙は「私の代わりにもらっておいてくれ。」と言っているから、丙丁間で甲から50万円を受領することを共同遂行する相互認識が形成されている。

⑵ 意思連絡に基づく一部の者の実行
 丙はB市職員であるから、「公務員」(197条1項前段)に当たる。
 丙は、公共工事に関して業務者を選定し、B市として契約を締結する職務に従事していたところ、甲は、某年6月3日、丙と会って、「今度発注予定の公共工事についてA社と契約してほしい。もし、契約を取ることができたら、そのお礼として50万円を渡したい。」などと言いっている。そして、丙は公共工事の受注業者としてA社を選定し、同月21日B市としてA社との間で契約を締結し、甲はその対価として現に50万円を丁に渡しているから、丙は「職務の行使に関し、賄賂を収受した」と言える。(※1)
 また、某年6月3日になされた甲から丙への依頼に対して、丙は「わかった。何とかしてあげよう。」などと言っているから、その依頼内容を承諾していると言える。よって、「請託を受けたとき」(197条1項後段)に当たる。
 上記賄賂の収受行為は、上記意思連絡に基づく丁の実行と評価できる。

⑶ 正犯意思
 丙が公務員であるために上記の受託収賄罪の構成要件を満たすことになるから、その果たした役割は大きい。また、現に甲からの依頼を受けており、依頼内容通りの契約業務を行なっているから、50万円を受け取る動機としては強かったものと考えられる。よって、丙に正犯意思が認められる。
 丁は、丙から指示を受けて50万円を受領するのみであって、果たした役割は小さいように思えるが、収賄罪における賄賂の収受という実行行為を現実に及んでいると評価することができ、その果たした役割は大きいというべきである。さらに、夫である丙が50万円を受け取れば生計を共にする丁も利益を得ることとなるため、当該犯行から得られる利益も大きいと言える。 
 よって、丁にも正犯意思が認められる。(※2)

⑷ 丁が非身分者である点
 受託収賄罪は「公務員」という身分がなければ成立しないから、「犯人の身分によって構成すべき犯罪行為」(65条1項)に当たる。

3 よって、丙と丁の上記行為には受託収賄罪の共同正犯が成立し、その罪責を負う。

第2 甲の罪責
1 丁が50万円を受け取った行為には197条1後段の罪が成立し、甲はその50万円を丁に渡したのであるから、「第百九十七条……に規定する賄賂を供与し……た」(198条)と言える。よって、甲が丁に50万円を渡した行為に贈賄罪が成立する。

2 丙に対する賄賂の趣旨で50万円を丁に渡す行為について、業務上横領罪(253条)の成否を検討する。
⑴ 「他人の物」とは、他人の所有物をいう。用度品購入用現金はA社の所 有物にほかならないため、「他人の物」に当たる。なお、私法上金銭の所有と占有は一致する解釈論がとられているが、取引の安全ではなく財産の静的安全を企図する刑法において右解釈論は採用できない。

⑵ 「占有」とは、濫用可能性ある支配力をいう。甲は、用度品購入用現金を手提げ金庫に入れて管理している上、用度品を購入する場合にその現金を支出する権限が認められているのであるから、用度品購入用現金に対して濫用可能性ある支配力を有していると言い得る。よって、「占有」が認められる。

⑶ 「業務」とは、社会生活上の地位に基づき反復継続して行う事務のうち、他人の物の管理をその内容とするものをいう。甲は用度品購入用現金の管理をA社総務部長として行っていたのであるから、「業務」に当たる。

⑷ 「横領」とは、不法領得の意思を発現させる行為一切を含む。不法領得意思とは、委託の趣旨に背いて、所有者でなければできないような処分をする意思を指す。
 甲は、用度品購入用現金の中から50万円を取り出して、丙に対する賄賂の趣旨で丁にこれを渡している。これは、用度品購入に限って支出するというA社の委託の趣旨に背くものであり、かつ、物を他人に譲渡するという点で所有者でなければできない処分をするものである。よって、甲の上記行為は「横領」に当たる。

⑸ 以上より、甲の上記行為について、業務上横領罪が成立する。

3 贈賄罪と業務上横領罪は観念的競合(54条1項後段)となり、甲はその罪責を負う。(※3)

第3 乙の罪責
1 甲が丁に対して50万円を渡した行為について、贈賄罪及び業務上横領罪の共同正犯(60条)が成立しないか。

2 「共同して犯罪を実行した」か否かの判断基準は前述した。
⑴ 意思連絡
 乙は、甲に対して「丙に,お礼を渡すからA社と公共工事の契約をしてほしいと頼んでくれ、お礼として渡す金は,お前が総務部長として用度品を買うために管理している現金から,用度品を購入したことにして流用してくれないか。」などと言っている。甲は、自己が管理する用度品購入用現金の中から50万円を謝礼として丙に渡すことで、A者との間で公共工事の契約をしてもらえるよう丙に渡すことで、A社との間で公共工事の契約をしてもらえるよう丙に頼もうと決心し、乙にその旨を告げたている。よって、甲乙間において、丙に対してA社と公共工事の契約をしてほしいと頼んでその謝礼として50万円を払う、その50万円は甲がA社総務部長として管理する用度品購入用現金を用いる旨の相互認識が成立していると言え、意思連絡が認められる。

⑵ 意思連絡に基づく一部の者の実行
 甲は、上記意思連絡に基づき、用度品購入用現金から50万円を取り出して、これを丙への謝礼とする趣旨で丁に渡している。

⑶ 正犯意思
 乙は1年前にA社の営業部長に就任したが、就任の頃からA社の売上げが下降していったため、某年5月28日、A社社長から「6月の営業成績が向上しなかった場合,君を降格する。」と言い渡されているため、某年6月におけるA社の営業成績を何としても上げて降格を免れたいと考えていたと思われ、50万円を丙に賄賂として渡す動機は非常に強かったと言える。加えて、乙は甲の職場の先輩であり、甲に客を紹介するなどして甲を助けたことがあり、甲はそのことに恩義を感じてたし、乙も甲が恩義に感じていることを認識しながら、「昔は,お前を随分助けたじゃないか。」と言って上記依頼をしている。そのため、甲は乙に対する恩義から乙の頼みに答えたいと強く思うであろうと考えられ、したがってまた、甲の贈賄及び業務上横領の実行に多大な影響を及ぼしたと言える。よって、乙に正犯意思が認められる。

⑷ 乙は非身分者である点
 乙は用度品購入用現金を業務上占有しているわけではないため、どの範囲で共同正犯と評価される得るのかが問題となる。この点について、判例は業務上横領罪に非身分者が加功した場合は業務上横領罪の共同正犯が成立するものの、非身分者には65条2項により単純横領罪(252条1項)の刑を科するものとしている。しかし、成立する罪と科刑に関する罪が分離させるべきではない。65条の文言を自然に読めば1項は真正身分犯の成立科刑を、2項は非真正身分犯の成立科刑を定めたものであると解すべきであるから、業務上横領罪に非占有者が加功した場合は、非身分者との関係では単純横領罪の共同正犯が成立すると考えるべきである。(※4)

⑸ したがって、乙は贈賄罪及び単純横領罪の限りで共同正犯が成立の構成要件に該当する。

⑹ 以上より、乙には贈賄罪及び単純横領罪の共同正犯が成立する。

3  贈賄罪と単純横領罪は観念的競合となり、その罪責を負う。

以上

人ごとに書くべきか、行為ごとに書くべきか、論じる順番はどう考えるべきか


 刑法の答案を書くとき、人ごとに検討するか、行為ごとに検討するかという悩みが付きまといますが、説明しやすい方法で説明すればよいと思います。
 私としては、基本的には行為ごとに検討し、本問の乙のように実行に全く関与していない場合(間接正犯も含まれるでしょう)や従犯の検討が要求される場面(正犯の処罰が確定しなければ従犯の罪名が確定しない)については、実行者の犯罪の成否を検討してから非実行者の検討に移行した方が書きやすいと思うので、人ごとに検討すると決めています。論述例も甲の検討の後に乙の検討に移行しています。

 本問では、甲乙と丙丁でグルーピングできると思います。甲の犯罪の検討で贈賄罪を検討することになるのですが、贈賄罪の構成要件は「第百九十七条から第百九十七の四までに規定する賄賂を供与し…」となっているので、賄賂を受ける側の罪名を確定しなければ上記構成要件に該当するのかわからない形になっています。そうすると、丙の行為に受託収賄罪が成立することを先に検討するほうが説明しやすいといえるでしょう。

 では、丙丁について、丙から先に書くべきかというと、それも悩ましいです。というのも50万円の収受は丁が行っているので、丙から説明を始めると「賄賂を収受し」の要件検討で丁が行った行為が丙との関係でも考慮できることを説明する羽目になり、「後述するように共同正犯となる…」等と書かざるを得なくなってしまいます。人ごとに分けると書きにくいという場合は行為ごとに、ということで、論述例では丙と丁でまとめて検討しています。この書き方でも十分伝わると思います。

 共同正犯の一般的成立要件も意思連絡→基づく実行→正犯意思の順番が、理論的かどうかはさておき、最も説明しやすいと思います。意思連絡に基づく実行を説明した後、正犯意思を検討して、その中で果たした役割の重要性を論じるという流れの方がわかりやすいでしょう。
 共犯と身分の問題は、正確には身分犯は身分がなくても共同正犯になりうるという条文の適用レベルの問題ではないかと考えているので最初に検討するほうがよいのかもしれないと思っているのですが、正直どこで書こうが評価に大差はないと思います。実際に私が現場で書いたときも共犯と身分は共同正犯の一般的要件のあてはめの後に説明しています。評価はAだったのでおそらく大丈夫なはずです。

その他若干の補足

※1
 問題文の段落4において、「なお,その契約の内容や締結手続については,法令上も内規上も何ら問題はなかった。」と記載されている以上、少なくとも加重収賄(197条の3第1項)の検討は要求されていないと思われます。丙は依頼を受けてこれを了承した後に賄賂を収受しているため、約束罪かとも考えられますが、全体として考察すれば受託収賄と捉えるのが自然でしょう。

※2
 丁は丙との受託収賄罪の共同正犯であるか、特に正犯意思(あるいは正犯性)を肯定できるかが、本問の大きなポイントの1つです。共同正犯を肯定するにせよ、幇助犯にとどまるとするにせよ、丁に正犯意思(あるいは正犯性)が認められるかを説得的に説明する必要があります。特段の説明もなく正犯意思(あるいは正犯性)がない、と断定してしまうと評価を落とす原因になると思います。
 私見としては、丁を幇助犯にとどめると、丙は受託収賄罪の単独正犯と論じるべきなのか、第三者供賄罪(197条の2)ではないのか、と考えることが増えてしまいますし、賄賂の受け取りという本質的な行為を行っている点では正犯意思(あるいは正犯性)を肯定する素地は充分にあると思うので、共同正犯としておくのが無難と考えます。
 ただ、丁の罪責検討の巧拙で評価がガッツリ分かれるといえるかというと、よく分からないというのが実際です。お恥ずかしい話ですが、私はこの問題を試験会場で受けた当時、あろうことか丁の犯罪不成立にしているのです(利害関係が無い道具に過ぎないと評価したのですが、それでも実行との関わり合いは否定出来ないはずなので、不成立の根拠としては乏しいでしょう)。それでもAをいただけたのです。不思議な気持ちになりました。おそらく、丁以外の罪責検討がしっかりしていたのと、丁のかかわり方が正犯として評価可能なのかという問題意識自体は持っていたために救済されたのだと思います。
 難しい問題こそ基本から考えて、どこに問題意識をもっているのか明らかにして説明するというひたむきな姿勢を示すべきです。

※3
 50万円を渡す行為自体が「横領」であるとするならば、贈賄罪と観念的競合となると考えるのが素直でしょう。50万円を手提げ金庫内の用度品購入用現金の中から取り出した時点で「横領」であるとするならば、贈賄のための手段として牽連犯となると考えることになると思います。無難に終えたいということであれば、併合罪で説明することを止めはしません。

※4
 最高裁判例に反対する見解で立論しています。予備校講師としては判例に従った説明をオススメしたいところですが、私が本番書いたことをそのまま書かせていただきました。
 判例に反対する見解で説明するときは、判例の見解を紹介してから、それに対する批判を示し、自説の論拠を説明しましょう。判例に反対するのが面倒だと感じる場合は判例に従えばよいと思います。
どのような見解に立つにせよ、判例がある場合にはそれを意識し、自説の論拠をしっかり示して説明すれば一定の評価はされると思います。

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