平成28年予備試験刑法の論述例と若干の補足


論述例

1 甲と乙によるX発火装置を甲宅の1階の居間の木製の床板上に置き、同装置を作動させて発火させ、同装置そばの木製の床板を燃やした行為について現在建造物放火罪の共同正犯(108条、60条)成否の検討

⑴ 甲宅2回の部屋にはBが勝手に上がり込んで寝ていたのであるから、甲宅は「現に人がいる建造物」に当たる。

⑵ X発火装置は某年9月8日午後9時に周囲に火を放つよう設定されており、現に同時刻に作動して発火している。X発火装置が周囲に火を放てば甲宅の床板が燃える可能性が高かったのであるから、「放火」に当たる。

⑶ 現在建造物放火罪の本質は、建物が燃焼し周囲に燃え広がることによって不特定多数人の人の生命身体財産が害される点にあるから、同罪が既遂に至るためには少なくとも目的物に火が点く必要がある。また、日本家屋は未だ木造建築が主流であることは否定できず、木造建築物が燃焼すればその時点で周囲に燃え広がる危険性は肯定できる。よって、「焼損」とは、火が媒介物を離れ、目的物が独立に燃焼し得る状況に至ったことを指すものと考える。

 X発火装置から出た火は甲宅の床板に燃え移り、同床板の表面の約10センチメートル四方まで燃え広がっている以上、火が媒介物を離れて、甲宅が独立に燃焼し得る状態に至っていると言い得る。したがって、「焼損」に当たる。

 甲乙は某年9月1日に話し合いをして、発火装置を製作し、甲宅に放火する旨合意しており、現に上記行為を行っているから、甲と乙の上記行為は、「共同して犯罪を実行した」(60条)ものとして、現在建造物放火罪の共同正犯の客観的構成要件に該当する。

⑷ もっとも、火災保険が付いている甲宅に放火する意図であり、かつ、甲は甲宅で一人暮らしをしていたのであるから、甲と乙は他人所有非現住建造物放火(109条1項、115条)の故意(38条1項本文)しか有していない。よって、「重い罪に当たることとなる事実を知らなった」(38条2項)といえるから、現在建造物放火罪は成立しない。

 このように軽い罪に当たる認識で重い罪を実現した場合について38条2項は何ら規律していないから、この場合にどのような犯罪が成立するかは解釈問題となる。

 現に実現した重い罪と認識の対象となっている軽い罪が、その行為態様や保護法益に鑑み重なり合っていると評価できる場合は、その限りで軽い罪が客観的に実現されていると考えてよい。よって、その限りで認識対象となっている軽い罪の故意犯が成立するものと考える。

 108条と109条1項は、いずれも公共の安全を保護法益とし、目的物に放火して焼損させるという行為態様であるから、軽い109条1項の範囲で重なり合う。よって、甲と乙には他人所有非現住建造物放火罪の共同正犯が成立する。

2 甲と乙によるY発火装置を乙物置内の床に置き、同装置を作動させて発火させ、段ボール箱の一部と同箱内の洋服の一部を燃やした行為について現住建造物放火未遂罪の共同正犯(108条、60条)の成否の検討

⑴ 乙宅には当時だれもいなかったものの、乙とその内妻Aが二人暮らしをしており、かつ、内妻Aは某年9月8日の昼両行に出かけていただけであって現に起臥寝食の場所として使用されている実態は失われていないから、乙宅は「現に人が住居に使用し」ている「建造物」に当たる。

⑵ では、乙物置も「現に人が住居に使用し」ている「建造物」に含まれるか。いわゆる建造物の一体性が問題となる。
 108条の重罰根拠は、目的物が燃焼することにより、火勢が人にまで及び生命身体を侵害するおそれがあるという点にある。そうだとすれば、建造物の一体性を肯定できる範囲も人の生命身体に火勢が及び得るか否かで規律するべきである。そこで、現住建造物と非現住建造物部分に物理的一体性を肯定できる場合には非現住部分も現住建造物に含まれるものと考える。なお、物理的一体性は構造上の一体性を前提に、延焼可能性の高さで判断し、機能的一体性は補完的に考慮するべきである。

 乙物置は、乙宅と渡り廊下でつながっている上、渡り廊下は木造で約3メートルの長さであるから、燃えやすい材質であることに加えて乙宅に至るまでの距離が短く、乙物置に点いた火が乙宅に延焼する可能性は非常に高いといえる。よって、乙物置は乙宅と物理的に一体である。加えて、乙物置は普段から物置として使用されているから機能的一体性も肯定できる。したがって、乙物置は、「現に人が住居に使用し」ている「建造物」に含まれる。

⑶ Y発火装置は某年9月8日午後9時半に周囲に火を放つよう設定されており、現に同時刻に作動して発火している。Y発火装置が周囲に火を放てば乙物置が燃焼する可能性が高かったのであるから、「放火」に当たる。

⑷ もっとも、Y発火装置から放たれた火は、段ボール箱の一部と同箱内の洋服の一部を燃やしたに過ぎず、乙物置には、床、壁、天井等を含め火は燃え移らず、焦げた箇所もなく、渡り廊下も同様であった。よって、乙物置が独立に燃焼し得る状態に至っていないから、「焼損」に当たらない。したがって、現住建造物放火既遂罪の客観的構成要件には該当せず、甲と乙は、甲宅の場合と同様乙宅を放火する合意をしており、上記の通りの行為に及んでいるから、同未遂罪(112条)の共同正犯の客観的構成要件に該当する。

⑸ 乙は内妻Aと二人で暮らしており、甲も、乙がそのような乙宅にAと二人で住んでいることを承知しているから、現住建造物放火罪の故意が認められる。よって、現住建造物放火未遂罪の共同正犯の構成要件に該当する。

⑹ 本件で乙物置内で段ボール等に燃え移った火を消化したのは乙であるから、乙について、中止犯(43条ただし書)が成立しないか。

 「犯罪を中止した」とは、犯罪結果不発生のための真摯な努力をしたことをいう。乙は、乙物置内にある消火器を使って段ボール箱に燃え移った火を消化しているから、焼損結果回避のための真摯な努力を尽くしたといえる。

 「自己の意思により」とは、中止行為の任意性を意味し、やろうと思えばできたがあえてやらなかったといえるかで判断する。
 乙は、「やはりAには迷惑をかけたくない。こんなことはやめよう。」という反省悔悟の念の下中止行為に及んでおり、乙物置内で燃えている火を消さないこともできたのに、火を消すためにあえて乙物置内に入って消化活動に及んでいる。加えて、乙宅への放火は保険金詐取目的という強い動機に基づくのに、乙が中止行為に及んでいるのは、合理的な判断とは言い難く、あえて中止したことを窺わせるといえる。よって、乙は「自己の意思により」犯罪を中止したといえる。

以上より、乙には中止犯が成立し、刑の必要的減免を受ける。

3 甲と乙は、保険会社に対する保険金の支払の請求をしていないため、詐欺罪(246条1項)の成立の余地はない。 

4 罪数
 甲と乙は、甲宅に対する他人所有非現住建造物放火罪の共同正犯及び乙宅に対する現住建造物放火未遂罪の共同正犯の罪責を負い、後者について乙は刑の必要的減免を受ける。甲宅と乙宅は、直線距離で約2キロメートル離れているから、両罪が生じさせた公共の危険は別個のものというべきである。したがって、両罪は併合罪(45条前段)である。

以上

共同正犯の成立要件の検討をどこまで行うか

 問題文の2の事実関係からは甲宅と乙宅への放火行為は甲と乙の共同正犯となることを説明させる問題だとわかりやすいと思いますが、説明のメインは構成要件該当性、特に抽象的事実の錯誤と建造物の一体性であることも問題文を読み進めていけば気付けると思います。そのため、共同正犯の成立要件充足性の検討をどこまでのボリュームで行えばよいかは悩ましいところです。私としては、甲と乙が共謀に及んでおり、かつ、2つの放火行為を共同で行っていることも明らかなので、あえて成立要件を明示せずともよいと思い、論述例でも簡潔に共同正犯となる旨指摘しています。

 実行共同正犯であると明らかに分かる事例では、共謀とそれに基づく実行があることを簡潔に説明するにとどめ、犯罪成立要件の検討をしっかり行えば充分に点数を回収できるでしょう。

「焼損」の法解釈、当てはめについての注意点

 「焼損」の意義は独立燃焼説に決まっとろうと理由付けをすっ飛ばして意義だけ書いて当てはめに移行する答案が結構あるのですが、他の受験生が比較的しっかり説明できる箇所なので、理由付けをしっかり書いておきたいところです。事前に準備できる部分で書き負けるのはもったいないでしょう。

 特に、今回は甲宅の床板の表面の約10センチメートル四方しか燃えていないという事情は、独立燃焼説に対する問題意識を持ってほしいという意図を感じます。そんな些細なことで既遂まで肯定しちゃっていいのでしょうか、と。そうである以上、独立燃焼説に対するしっかりとした理解を示して、説明した方が印象がいいといえるでしょう。

 独立燃焼説に立ちながら、約10センチメートル四方しか燃えていないことを理由に、「焼損」を否定する答案にたまに出会うのですが、約10センチメートル四方しか燃えていないのに既遂を認めてよいのか、という指摘は独立燃焼説に対する批判として機能してしまうので、自己矛盾を起こしていると評価されかねないと思います。

抽象的事実の錯誤の説明の難しさ

 本問で抽象的事実の錯誤の論点があることに気づけない、あるいは、適切な説明ができない答案は非常に厳しい評価を受けると思います。現場で受験して、115条の使い方を誤ってよく分からない説明をしてしまった私はE評価でしたから(他の要因ももちろんあるでしょう)、比較的配点も高いのではないかと予想しています。

 軽い罪を重い罪の認識で実現した場合は、具体的事実の錯誤の説明と同様に故意の意義からの論証で問題ないのですが、本問のように重い罪を軽い罪の認識で実現した場合はやや説明に難儀します。
 重い罪を軽い罪の認識で実現した場合、38条2項によって故意犯の成立は否定されることは明らかです。ただ、その後の処理をどうすべきかについては38条2項は何も教えてくれないので以降は解釈問題になると言われています。この点については、構成要件の重なり合いの範囲内で故意犯が成立するという説明が一般的なのですが、重要なのはその理屈です。
 この場合、38条2項によって故意の問題は一度終わってしまっていますから、重い罪の客観的構成要件に該当していることを前提に、その罪と軽い罪が重なりあっているなら、その限りで軽い罪を客観的に実現されていると捉えることができ、軽い罪の認識はある以上軽い罪の故意犯が成立することとなる、と考えるのが合理的でしょう。
 このように考えると、重い罪の成否の検討を一度終わって、軽い罪の検討をもう一度始めるべきなのか迷いますが、そこまで丁寧に説明せずとも理解は伝えられると思います。私の論述例でも108条の成否の検討の文脈の範疇で109条1項の罪が成立する旨説明しています。いずれによるべきかは、美意識の問題になるでしょう。

建造物の一体性は落とせない

 乙物置が乙宅と渡り廊下でつながっており、しかもそれが木造で約3メートルであると物理的一体性を検討してほしそうな事実関係が問題文にあります。乙宅の現住性を検討させておきながら、Y発火装置を設置しているのが乙物置という事実関係も建造物の一体性の検討を要求していることを窺わせます。
 このように建造物の一体性の論点の説明が要求されていることは比較的明らかに分かることなので、これを落とすということはすなわち「負け」を意味します。法解釈について適切な説明ができるのは大前提であり、当てはめの巧拙で差が付く部分です。

中止犯の検討にどれだけリソースを割けるか

 中止犯の検討が要求されていることは、乙が消火活動をしていることや、「Aには迷惑をかけたくない。」という反省悔悟の念を読み取れることからも分かりやすいといえます。

 甲宅乙宅への放火の構成要件該当性がメインであることも明らかなので、それらに比べると配点は高いとはいえないでしょうが、丸々落とすと不利な戦いを強いられると思います。

 中止犯の成立要件は様々ありますが、本問でメインに検討するべきは中止行為(「中止した」)と任意性(「自己の意思により」)の2つでしょう。
 結果が発生していないことにより未遂犯にとどまっていることは説明済みのはずですし、中止行為と結果不発生の因果関係は立場によってその要否が変わってくるので検討必須ともいえないでしょう(例えば、責任減少説によれば反省悔悟の念に基づき真摯な努力をしていれば非難可能性が減少すると考えるので、結果不発生との因果関係は論理必然に要求されるものではないといえます)。因果関係を要求するにも明らかに因果関係はありますから、簡潔な説明で充分です。

 特に、本問で甲宅と乙宅に火災保険が付されている事情は任意性において考慮されるべき事情なので、この点に気付けると任意性の検討で差をつけることができるでしょう。動機が強くなればなるほど、途中でやめるという選択はとらないといえますし、その場合に途中でやめるのは基本的に合理性がないので、あえてやらなかったと評価しやすくなります。

詐欺罪の検討は要求されているか

 保険金詐取目的での放火ですから詐欺罪の成否の検討をしたくなるところですが、本問では保険金の支払の請求をしていませんから、詐欺が成立しないことは明らかです(保険の事情は115条の適用や中止犯の任意性の検討で使うことを期待しているのだと思います。)。論述例でも簡潔に指摘するにとどめています。
 保険金支払請求をしなかった事実関係が新たに7という段落を与えられているので、この事実を説明に使ってほしいという意図は感じます。配点はあると予想しますが、低いと思われるので時間がなければカットでもよいでしょう。

 乙の内妻Aが旅行に行っており乙宅を留守にしていた点(問題文段落3)が現住性に影響を及ぼすかという検討についても同様の指摘ができると思います。

甲宅と乙宅の直線距離の事情をどう使うか

 甲宅と乙宅が近いと評価できれば、2つの放火(未遂)罪は同一の公共の危険を生じさせたといえるでしょうから、科刑上一罪と評価すべきかが問題となります。直線距離の事情は罪数処理で使うことになるでしょう。
 約2キロメートルという距離は害される公共の安全が1つなのか2つなのか微妙なところですから、どちらで説明しても評価されると思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?