旧司過去問を解く―民事訴訟法平成22年第1問           

 司法試験や予備試験の合格のためには過去問演習が必要ですが、短文事例問題を周回することも重要です。私が受験生だった頃は、過去問検討&採点実感分析と並行して旧司法試験の問題を使った演習を繰り返し行っており、この演習は定義や判例の判断枠組みを即答できる状態、条文の趣旨を説明できる状態に持っていくために非常に役立ちました。
 そこで、旧司法試験の演習が有益さに触れていただきくため、旧司法試験の過去問を題材にして、その問題をどのように処理するか、論点をどのように説明するべきか等を自由に書いていこうと思います。
 私は民事訴訟法が好きなので、最初は民事訴訟法の中でも判例の射程や条文の趣旨の確認に非常に有益な平成22年第1問を選択させていただきましたが、他の年度、他の科目についてもチャレンジしていく予定です。

第1 設問1

1 処理方針
 Bの債務不存在確認訴訟に対して同じ請求権に基づく給付訴訟をAが別訴として提起する、という状況です。債務不存在確認の訴えということで、確認の利益についての一般論として消極的確認が許されるか、という論点を書きたくなる方もいるかもしれませんが、債務不存在確認は消極的確認として許容される典型例ですから、本件ではそこまで熱心に論じるべきものとは言い難いでしょう。

 別訴に注目すると、同じ債権に関する確認訴訟と給付訴訟と同じ債権に関する審理が重なっているように見えるので、後訴の適法性においては142条に違反するかどうかが問題になり得ます。

 ただ、設問2を一瞥するとAは反訴しており、設問1ではあえて別訴となっています。債務不存在確認訴訟が提起されている場合に、同じ債権について反訴提起された場合、債務不存在確認の訴えの利益を欠くことになり不適法となる、という判例(最判平成16年3月25日(百選29)、以下「最判平成16年」とします)が存在するので、本件のような別訴提起の場合にも同様に考えるべきなのかということが問われているのでしょう。別訴が142条に抵触する場合は本訴も別訴も不適法ということになってしまうため、その場合どのように処理するかも考えなければなりません。
 そのため、まずは別訴の適法性を説明した上で、本訴の適法性を上記した判例の説明を通して論じるのがやりやすいのではと思います。

2 Aの訴えの適法性

 本件のように同じ審判対象の訴えが複数存在する場合、142条に違反するかの検討が必要です。
 142条違反の有無は「事件」の同一性をどのように判断するのかの枠組みを示す方法で行うのが一般的です。既判力の矛盾抵触のおそれ、審理重複による訴訟不経済、被告の応訴の煩の防止(応訴の煩は同一の訴訟を2回以上行わなければ生じないため、現実問題として起こり難いので、応訴の煩は無駄な手続に付き合わされる裁判所や当事者の煩わしさとして訴訟不経済の中で評価されるべきものとの見解もあります)という、142条の趣旨を指摘して、「事件」が同一かどうかについては①審判対象の同一性、②当事者の同一性から考える、という判断枠組みを指摘できれば仕舞いでしょう。

 Bの訴えの訴訟物は本件契約に基づく貸金返還請求権であり、Aの訴えもこれと同じであり、当事者も同一です。したがって、Aの訴えは「裁判所に係属する事件について…更に訴えを提起」したものとして142条に違反し不適法となり得ます。

3 Bの訴えの適法性

 確認の訴えの対象は論理的に無限定であり、給付訴訟や形成訴訟と異なりその確定判決には既判力しかなく紛争解決力が類型的に低いこに鑑みると、確認の訴えは当該審判対象に対して本案判決をすることが紛争の抜本的解決につながる場合に限定されるべきです。

 最判平成16年は、債務不存在確認の訴えに対して同じ債権に関して給付を求める反訴提起がなされた場合は、本訴は確認の利益を欠き不適法となる旨を示しています。この判断の理由は、本訴であれ反訴であれ、審判対象である債権の存否に対する既判力は同様に生じる(反訴でも本訴と同様の紛争解決基準を得られる)上、給付判決には執行力も存在するため、確定判決が既判力しか持たない確認の訴えを存続させておく意味がないからであると一般的には考えられています。いわば、事後的に方法選択の適切性が失われるということでしょう。

 判例の判断の理由を上記のように捉える限りでは、別訴提起の場合でもそれが給付訴訟なのであれば、同様の紛争解決基準を得られる上、執行力まであるから、確認の訴えの利益がなくなると考えることもできそうです。

 しかし、そもそもAの訴えは142条に違反して不適法であるため、どちらの訴えを存続させるべきなのかは考える必要があります。この点については、反訴の場合のような明確な先例がないため、本質論から筋道を立てて、私見を展開できれば、いずれを存続させても評価されるでしょう。

 いずれを存続させるべきかの判断枠組みですが、例えば、いずれも訴訟要件の充足についての問題である以上、訴訟経済や当事者の手続上の利益、訴えを維持させる必要性等を総合し、いずれの訴訟を存続させるのが合理的かを判断するという手法があり得ると思います。この判断枠組みを前提に、最判平成16年の判断を深掘りしてみたいと思います。

 最判16年が反訴を維持して本訴を却下したのは、本訴をなくして反訴を残しても、当該請求権の有無についての紛争解決基準を得られる以上、本訴のみのときと利益状況は変わらない、そうであれば執行力ある給付訴訟を存続させる方が有意義だ、という理屈であると考えるのが端的な理解でしょう。この「利益状況が変わらない」を深掘りしてみると、反訴は本訴における審理の状況を利用できるから本訴を却下しても何ら支障がない(本訴の審理が無駄にならない、債務不存在確認から給付請求に「入れ物」が変わるだけ)、という考慮が背景にあるとみる余地があるのではないでしょうか。
 別訴提起する場合には既に係属している訴えの審理状況を利用できず、実質的には初めからやり直しになってしまうため、審理が無駄になり訴訟不経済ですし、本訴におけるXの主張立証が徒労に帰すとなれば本訴原告に酷です。さらに言えば、別訴提起を許せば、例えば本訴で不利になってきたら、別訴提起してリセットするという手法がまかり通ることになり、妥当ではないでしょう。あるいは、最判平成16年に従えばAは反訴を提起すればよかったとの評価も可能である以上、Aの別訴の要保護性も低いと言えるでしょう。

 最判平成16年の理由を当事者の手続上の利益や訴訟経済、訴えを維持させる必要性等から分析する場合には別訴には射程は及ばないと考えることができそうです。このように考える場合にはBの本訴は適法であり、Aの別訴は142条に違反して不適法ということになるでしょう。

第2 設問2⑴

1 処理方針
 設問1と異なり、Aは本件契約に基づいて200万円の支払を求める反訴を提起しています。債務不存在確認訴訟において同一の債権についての反訴が提起されているため、上記最判平成16年の考え方が直截に妥当しそうです。そのため、まず反訴の適法性を検討し、その後最判平成16年の理解を示せば足ります。

2 Aの反訴の適法性
⑴ 反訴要件充足性
 反訴と言えば146条ですが、請求の後発的複数の一種であるから客観的併合の要件(136条)を満たす必要もあります。Aの反訴自体の適法性は明らかだと思いますが、せっかくなので条文の文言に対して丁寧に当てはめていきたいと思います。

 本訴であるBの本件契約に基づく貸金返還債務200万円が存在しないことの確認の訴えの訴訟物は、AのBに対する消費貸借契約(本件契約)に基づく貸金返還請求権です。反訴請求の訴訟物もこれと同じですから、本訴と反訴は「同種の手続による」(136条)ものです。よって、客観的併合要件を満たしています。
 また本訴被告であるAの反訴は「本訴の目的である請求…と関連する請求を目的とする場合」(146条1項柱書)にも当然当たります。また、「反訴の目的である請求が他の裁判所の専属管轄…に属するとき」(146条1項ただし書)にも該当しないことは明らかです。
 加えて、Bの訴えは平成21年4月30日に提起され、Aの反訴は本訴係属後の同年5月20日に提起されているため、本訴の「口頭弁論の終結に至るまで」(146条1項柱書)になされています。また、Aの反訴は本訴提起から約3週間後に提起されている上、本訴と同一の訴訟物であって本訴の訴訟状態を直截流用できるから「反訴の提起により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき」には当たりません。
 以上より、Aの反訴は反訴要件を満たします。

⑵  142条違反
 反訴要件を満たしているとしても、訴訟物を同一とする反訴である以上一応142条に違反する可能性はあり得ます。ただ、同一の手続で行われる以上審理は重複しないですし、既判力の矛盾抵触するおそれは基本的に想定できません。また、判例に従えば、本件では本訴が訴えの利益を欠いて不適法になるため、現実問題として両請求が併存するものとは考えられません。そのため、142条の趣旨が妥当しないと結論づけるのも一つの答えだと思います。しかし、事を急いては面白くありません。判例との関係からも分析してみましょう。
 「係争中の別訴において訴訟物となっている債権を自動債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されない」ことを明示した判例(最判平成3年12月17日(百選38①))は、「…このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。」としており、この指摘からは、併合審理されることだけでは142条違反の瑕疵は治癒されないと考える余地があります。これは、併合審理されているだけでは、潜在的に弁論分離(152条)の可能性が残ることを意識している言及であると思われます。
 本問について考えてみると—仮に本訴が不適法却下となることを捨象したとしても—本件の本訴と反訴は同一の訴訟物であるため、これを分離することは同一の債権についての審理を重複させ、既判力が矛盾抵触する可能性を生じさせるものであり、このような事態を招く弁論分離をする裁判所の裁量は認められないでしょう。152条の命令は裁判所の訴訟指揮権の行使としての性格を持ち、裁判所の裁量に属すると考えられていますが、口頭弁論の分離の趣旨は、審理の合理化や当事者の便宜を図る点にあるのですから、上記のような分離は裁量を逸脱濫用するものとして違法と評価されるべきものでしょう(同様の問題意識を持つ問題として、予備試験平成30年設問3があります)。したがって、最判平成3年の指摘を前提としてもAの反訴は142条に違反しないと考えることになります。

2  Bの本訴
 こちらは最判平成16年の理解を簡潔に示せば足ります。判例の理解については前述したため割愛します。

第3 設問2⑵

1 事例の中で何が起こっているか
 BはAの反訴提起を受けて、本訴の取り下げを行い、本訴被告であるAはこれに同意し、その後反訴を取り下げると述べています。Aの訴訟行為は訴えの取り下げ(261条1項)であり、Bの本訴が取り下げられた後になされているため「本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げ」にあたります。よって、反訴被告の同意は必要ないはずです(261条2項ただし書)。ただ、Bが訴えを取下げたのは、Aが同一の訴訟物について給付の訴えを反訴として提起してきた以上本訴を維持する意味はなく、反訴で紛争解決基準を得られるならそれでよいと考えたからでしょう。この場合に反訴の取下げを反訴被告Bの同意なく許容すると紛争解決基準を得られなくなってしまいます。このような事態を許容してよいのか、という問題意識を持つことまで到達できるかが第一関門です。

 この第一関門に至るためには、事例中に起こっていること、当事者がおこなっている訴訟行為を適切に性質決定し、その行為に要求される手続を履践しているか、要件を充足しているかを検討するという思考過程が確立している必要があります。短文事例問題を使って、「この当事者のこの行為は〇〇だな」と民訴法上どのような行為にあたるのか、手続の流れの中でどのような局面なのか、当該手続の適法要件は何かの確認をし、適法要件の検討を実践してみるという演習を繰り返して、思考過程を確立させましょう。

2 本訴取り下げ後の反訴取下げ

 本件における問題意識は前述した通りです。条文上の規律を形式的に及ぼすだけで本当に良いのか、という実質的な検討をする場合には条文の趣旨に立ち返るのが定石です。

 訴えの取下げは請求の放棄とは異なり、紛争解決要求の撤回であり、請求の当否という紛争解決基準が確定せずに訴訟が終了します。紛争解決基準を得る利益は被告も有しており、被告が原告の請求に対して防御活動をしていたのに紛争解決基準を得られずに訴訟が終了してしまっては被告の徒労に帰すことになります。このような被告の紛争解決基準を得る利益を保護するため、被告が防御態勢を備えて請求棄却を得る方向で動き出した場合には被告の同意がなければ訴えの取下げはできないという制限を設けていると考えられます。これが261条1項の規律の趣旨です。

 反訴は本訴の係属が契機となって提起されるものであり、両事件は関連性を持つ紛争であることから、本訴が取り下げられた場合、原告は通常反訴についても紛争解決基準を得る意思はないと考えられるし、本訴を取り下げておきながら反訴を維持せよと強要するのも不公平でしょう。このような261条2項ただし書の趣旨からすれば、反訴被告において紛争解決基準を求める利益がある(したがってまた、反訴を維持したほうが公平に資する)場合には、上記の趣旨は妥当しない結果、同条項ただし書の適用はないと考えられ、原則通り反訴被告の同意が必要であると考えるべきです。

 以上ように事案に即した説明をする場合は条文や制度の趣旨の理解がその助けになります。

 さて、Bに紛争解決基準を求める利益があるかというと、Bの本訴取下げは訴訟物を同一にする反訴をAが提起したことを契機としており、これは同じ紛争解決基準を得られるのであれば紛争解決力の高い給付の訴えである反訴で争いにけりをつけようという考えに裏付けられたものだと考えられます。この場合に反訴を無条件で取り下げられてしまえばBは紛争解決基準を得ることができず本訴取下げが無駄になります。Bには紛争解決基準を求める利益があると評価すべきでしょう。そのため、本件では261条2項ただし書の適用はなく、原則的規律である同条項本文が適用されることになります。BはAの反訴取下げに異議を述べているので、「同意」はありません。よって、Aの反訴取下げは効力を生じないと考えるべきことになります。

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