平成30年予備試験行政法の論述例と若干の補足

設問1
1 本件勧告について
 「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行訴法3条2項)とは、国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、又は、その内容を確定することが法律上認められているものをいう。(※1)
 Y県消費生活条例(以下法令名略)48条は、事業者に対して一方的に勧告をすることができる権限を知事に与えているといえるから、本件勧告は公権力の行使たる性質を有する。
 Y県からは、本件勧告は単なる行政指導に過ぎず、法律効果性が無いとの反論があり得る。(※2)
 しかし、50条の「事業者が第48条に規定する勧告に従わないとき」という要件の規定ぶりは一義的であり、解釈の余地がないから、この文言に該当するか否かに裁量はないと考えられ、「その旨を公表するものとする」(50条)という表現は公表するか否かに判断の余地がなく効果裁量は否定されると考えられるから、48条に基づく勧告を受けた事業がそれに従わずに当該違反の是正をしないでいる場合、相当程度の確実さをもって50条の公表に至る。公表は25条違反を是正していない事業者であることを公にする行為であるから、当該事業者の信用を毀損し、金融機関からの融資が停止される等の申告な不利益を生じ得る。その不利益は公表された時点で発生するから、公表の取消訴訟ができるとしても実効的権利救済にならない。よって、本件勧告は公表を受け得る地位に立たせる効果を有すると言える。(※3)
 また、49条は、48条に基づく勧告をしようとするときに、当該勧告にかかる事業者に対して、意見を述べて、証拠を提示する機会を与えなければならない旨定めている。これは、行政手続法上の不利益処分(同法2条4号柱書)における意見陳述のための手続(同法13条以下)に相当するものであるから、Y県消費生活条例は48条の勧告を不利益処分と捉えているものと考えることができる。(※4)
 よって、48条に基づく本件勧告は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである。

2 本件公表について
 50条は、事業者に対して、48条の規定による勧告に従わないことを一方的に公表することができる権限を知事に与えているといえるから、本件公表は公権力の行使たる性質を有する。
 Y県からは、本件公表は単なる事実提供行為である上、公表から生じる信用毀損効果は事実上の効果に過ぎず、法律効果性が無いとの反論があり得る。
 もっとも、50条による公表の発動要件は48条による勧告に従わないことであるから、公表は勧告に従わせるための措置であるとみる余地がある。その上、Y県消費生活条例においては勧告に従わなかった場合や公表がされた後も不適正な取引行為を継続した場合の罰金等の制裁を課する規定が存在しないから、50条による公表は48条による勧告に従わないことに対する制裁として位置づけられていると解釈できる。よって、本件公表は制裁的機能が認められ、これに対する抗告訴訟の道を拓くべき必要性が高い。さらに、前述した公表の信用毀損効果からすれば、公表がなされることを事前に食い止めるため、これに対する差止訴訟(行訴法3条7項)の機会を与えるべきである。
 よって、本件公表も「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである。(※5)

設問2(※6)
1 「事業者が第25条の規定に違反にした場合において」(48条)
 25条4号の文言は判断の余地があるような表現ではない上、4号の文言に事実が該当するかの検討に際して、裁判所の判断能力が不十分とは言い難い。よって、この要件該当性判断に知事の裁量はない。
 Y県はXが「第25条の規定に違反した」(48条)と反論することが想定される。具体的には、「水道水に含まれる化学物質は健康に有害ですよ」との申し向けは「消費者を心理的に不安な状態…に陥らせる方法」に該当し、「今月のノルマが達成できないと会社を首になるんです。人助けだと思って買ってください。」との申し向けは「消費者に迷惑を覚えさせるような方法」に該当すると反論することが想定される。
 Xとしては、前者の申し向けは、事実の提供であり殊更に「消費者を心理的に不安な状態…に陥らせる」ものではなく、後者の申し向けは、一種の駆け引きの範疇に含まれる行為であるから、この申し向けのみで「消費者に迷惑を覚えさせる」と評価するべきではないとの主張をするべきである。(※7)

2 「消費者の利益が害されるおそれがあると認めるとき」(48条)
 「消費者の利益」が何を指すのかは多義的であり、どのような状態をもってそれが「害されるおそれがある」と判断されるのかについては判断の余地があり得、その判断は消費者加害事例について通暁している知事に委ねるのが適切であるといえる。また、「認めるとき」というのは知事がそのように判断するときを意味するから、知事の判断に委ねる趣旨に出たものであると評価できる。よって、この文言に該当するか否かについては、知事の裁量が認められる。よって、その裁量権の逸脱濫用が認められれば違法となる(行訴法30条)。
 Y県としては、X従業員がした浄水器の購入の勧誘について、Y県に対して苦情が多数寄せられている以上、Y県における消費者の利益は害されていると判断することには合理性があるとの反論があり得る。
 Xとしては、そのような勧誘をしたのはX従業員の一部にすぎない以上、その違法性は小さいといえるから、それだけで「消費者の利益を害される恐れがあると認める」のは裁量権の逸脱濫用であるとの主張をするべきである。

3 Xに対して本件勧告をすることについて
 48条は「指導し,又は勧告することができる。」という文言は、指導と勧告の選択をし、あるいはそのいずれもしない余地が残されていると読むこともできる。同条がこのような規定ぶりになったのは、Y県にはどのような事業者がおり、その事業者の行為がどれ程消費者の利益を害するのか、勧告をすることによって当該事業者がどのような不利益を被るかという種々の事情を総合した判断が必要とされるからであると考えられ、その判断は地域の実情に通暁する知事でなければ適切な判断をすることはできない。
 よって、勧告をするか否かの判断には知事の裁量が認められ、その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠く等裁量権の逸脱濫用がある場合に勧告は違法となる(行訴法30条)。
 Xは金融機関Aから多額の融資を得ており、Xの勧誘についてY県に多数の苦情が寄せられていることを知ったAはXに対し、Xが法令違反を理由に何らかの行政上の措置を受けて信用を失墜すれば、融資を停止せざるを得ない旨を通告しているから、Xが本件勧告を受ければ、本件公表に居たり、それによって信用失墜、ひいては融資を停止されるおそれがあり、これによりXの経営に深刻な影響が及ぶことなる。他方、Xの従業員の行為が仮に不適正だとしても従業員の一部にすぎない上、今後は適正な勧誘をするよう従業員に対する指導教育をしたのであるから、本件勧告をする必要性はXが被る不利益の程度に見合わない。よって、Xに本件勧告をすることは、比例原則に反し、その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くといえるから、その裁量権を逸脱濫用しており、違法であると主張すべきである。(※8)

以上

※1
 処分性の定義は正確に指摘できなければいけません。司法試験の採点実感でも「処分性の定義は,ほとんどの答案が適切に論じていた…」(平成29年司法試験の採点実感(公法系第2問))、「処分性の一般的な判断基準については,多くの答案である程度の解答をすることができていた。…多くの答案で判例が定立している処分性の定義が記載されており,処分性という行政法の基本的な概念の学習は定着していることがうかがわれた。」(令和2年司法試験の採点実感(公法系第2問))とあるので、ここで不適切な言及をするとかなり手痛いと思います。

 実際に検討するべき内容とその定義にややズレがあるのが少し気持ち悪いですが、受験生の大多数が正確に指摘してくるのであれば、そこは書き負けないように正確な定義を書いておくのが無難でしょう。
 本問は定義に対するあてはめにとどまらず、広く当該行為に処分性を認めるべき必要性を説明していくことになるので、判例が示した定義のみでは説明しにくいのですが、論じるべき事項が多いので、抽象論は最小限にしたくて端折っています。
 実効的権利救済等の観点を判断枠組みとして示すのであれば、処分性の定義を指摘した後に、「したがって、これに当たるか否かは、基本的には、公権力の行使たる性質を有するか、その行為によって対象者に個別具体的法律効果が生じるかから判断すべきである。もっとも、処分性は当該行為に対して国民に抗告訴訟の道を拓くべきかという解釈問題であるから、条文の規定ぶりから国民に対して不服申し立ての機会を与えるべきとの解釈ができるか、あるいは実効的権利救済に適うかというという観点も加味するべきである。」という具合になると思います。

※2
 設問は「想定されるY県の反論を踏まえて検討しなさい。」となっているので、Y県の反論の指摘も評価対象になっていると思います。反論、と聞くと主張の後に書かなければいけないような印象を持たれる方が多くいらっしゃるのですが、その必要はないと思います。あくまで問いはXがどのような主張をすべきか、であり、これをY県の反論を想定して検討することが要求されているにすぎません。Xの主張を構成するに際して、どこに問題意識を持ったのかを確かめるために、反論を想定することまで求めているのだと考えます。この考え方に従うと、想定される反論は問題提起的に簡単に指摘をした上で、これにアンサーするような形で主張を展開すれば、設問の要求には応えられていることになると思います。

※3
 平成23年予備試験でもほぼ同じ問題意識の出題がなされていたので、勧告の処分性に際しては、病院開設中止勧告事件や都市区画整理事業計画決定事件とどうようの判断枠組みに沿って検討すればよいことは比較的わかりやすいかと思います。公表の信用毀損効果がポイントになることは、Xが金融機関Aから多額の借り入れをしている事情がしてきされている以上分かりやすく誘導されているので(処分性は法解釈の問題なので、類型的判断をする必要があります。この事情を直接使って処分性を肯定することはできない点に注意が必要です)、あとは勧告と公表のつながりを説明すれば上記判例に引き付けられるかな、と思い本件公表に裁量がない(勧告に従わない⇒自動的に公表が出る)という説明をしています。

※4
 処分性は、抗告訴訟の道を拓くべきか否かの検討であると捉えれば、当該行為の根拠法令が当該行為を処分として扱っていることをうかがわせる条文の文言や規律がある場合は当該行為に処分性を肯定できると思います。
 また、抗告訴訟の道を拓くべきかという価値判断の問題であるとすれば、実効的権利救済の観点が処分性の検討に入り込んでくることも理解できると思います。

※5
 公表の処分性は正直よくわかりません。公表の処分性を一般的に肯定する言説があるわけでもなく、裁判例も公表の処分性を認めることには消極的のようです。ただ、Xの主張を説明しなければなりませんので、ここで処分性を否定する説明はできません。なんとか問題文の事実を使って説明する必要があります。

 公表には情報提供行為の側面があり、それに加えて制裁的要素が含まれるものがあって、侵害留保説からは前者は根拠条文がなくてもOK、後者は根拠条文がなければNGという帰結になることは一般的知識と言えますし、明らかに本件公表の制裁的要素が含まれることを論じて欲しそうな事情(50条の規定ぶりや他に制裁規定がないこと)が振られているので、制裁的公表であることを指摘して処分性を肯定する方向に流してほしいのかなという空気は感じました。制裁的公表に当たるからといって何故それに処分性があるのかというツッコミが入りそうですが…それはごもっともです。私の論述例では争わせる必要性が高いという一般的な評価をして逃げています。

※6
 本案勝訴要件の検討は頻出なので思考過程を固めておきましょう。
 ①本案勝訴要件の確認、②処分の根拠条文の確認、③根拠条文の要件効果の確認(規則等の下位規範があればそれとの関係も確認)、④要件該当性判断(裁量の有無の判断、裁量がなければ判断枠組みを示す、裁量があれば裁量権の逸脱濫用があるかの審査(行訴法30条))、⑤効果裁量を認めるならばその逸脱濫用の判断、という流れです。
 基本的にこのステップで考えれば文句なしだと思います。あとは、どのような場合に裁量があり得るのか、裁量があるとすればどのような審査方法があるのかについて判例を参考に説明できる状態に至っていれば、まず本案の検討で沈むことはないでしょう。
 なお、①~⑤はあくまで思考の流れであって、全てを答案に反映させるということはない点は注意です。本問では、①は設問に記載されていますし、③下位規範があるわけでもないので、端的に要件と効果をしっかり分けて検討できれば充分です。

 論述例も上記した流れで進んでいますが、論じるべき事項が多岐にわたるため、裁量の有無の判断や判断枠組みの明示は比較的簡素なものになってしまいました。判断枠組みをガッチリ書くよりは問題文の事情を摘示して評価する点数を狙った方がよいと考えたからです。
 48条は要件が2つあり、効果裁量があると考えたので、論じる事項が3つになっています。問題文中の意見陳述の機会において①~③の主張がなされているのもこの3つの検討が必要であることの誘導だと思います。
 司法試験や予備試験の問題文中にある当事者の主張は基本的に誘導だと考えていいと思います。

※7
 この要件の検討で無理な説明をしているのは百も承知です。この要件に該当することは原告としても否定し難いと思います。
 ただ、設問はXの主張を求めているので、簡単にあきらめるわけには来ません。実務に出れば「う~んそれは難しいと思いますけどね…」という弁解に触れることは結構あります。弁護士としては依頼者の主張に対して適切な見通しを立ててそれを説明するべきですが、その説明をしても依頼者がその主張にこだわることもあります。その場合、無理筋な主張でも、あり得る法律構成を示して主張するということはしなければなりません。司法試験や予備試験の勉強の段階から、事実関係に対する自らの見立てに反対するような評価はできないか(本問でいえば、「確実に25条の要件にあたるやろ」と考えても、それに当たらないという主張ができないか)、何とか捻り出す訓練をしておくべきでしょう。

※8
 裁量権の逸脱濫用を検討する際、どのような場面でも判断過程審査を試みる答案を目にする機会が多いですが、考慮要素に着目した審査をするのであれば、なぜそれを考慮(重視)すべきなのか、なぜその考慮要素は考慮(重視)すべきでないのかを法の趣旨から説明する必要がある点に注意が必要です。
 本問はその説明をする暇があるかは疑問ですし、Xの主張としては、Aからの融資が止まってしまう可能性があるので勧告はやめてほしい、つまり勧告では処分が重すぎるという点が主だったものだと考えられるので、単純な比例原則でけりを付けられる事案だと思います。

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