平成27年予備試験商法の論述例と若干の補足

第1 設問1⑴
1 CがEらに対して負い得る損害賠償責任の根拠は、自己が「第三者」に該当することを前提とする429条1項に基づく損害賠償債務である。

⑴ Cは、Ⅹ社の取締役であるから、「取締役」にあたり、「役員等」(429条1項、423条1項)にあたる。(※1)

⑵ 429条1項は、株式会社が社会において重要な地位を占めており、そ の活動はその機関である取締役の業務執行に依存するものであることに鑑み、第三者保護の観点から、民法709条とは別に特別の責任を定めたものである。そうだとすれば、429条1項は第三者に有利に解釈すべきであり、「職務を行うについて悪意又は重過失があったとき」とは、任務懈怠があり、それに対して悪意又は重過失があったときを指すものと考えるべきである。
 取締役は「法令…を遵守」する義務を負う(355条)。会社に法令違反行為をさせてしまえば、信用の低下等会社に損害が発生することになり、これを回避すべきことは取締役の善管注意義務(330条、民法644条)の一貫であることは明らかであるし、会社法は自己を指称するとき「この法律」(2条柱書)と表現することから、「法令」は会社法のみならず会社が遵守するべき法令全てを含むと考えるべきである。

 Cは、弁当事業部門本部長として、弁当製造工場の責任者Dに対し、消費期限切れで回収された弁当の食材の一部を再利用するように指示していた。この食材再利用行為は「法令」に該当する食品衛生法に違反するものである。よって、Cは「法令…を遵守」する義務に違反するため、その任務を怠ったといえる。
 そして、Cは食材の再利用をⅮに対して指示していた以上、上記法令遵守義務違反につき悪意である。
 よって、C「職務を行うについて悪意…があった」といえる。

⑶ Eらは食中毒によって1億円相当の損害を被っており、「損害」がある。

⑷ 上記損害は、Ⅹ社の提供する弁当で再利用された食材に大腸菌が付着していたことにより、これは前述したCのⅮに対する指示によって生じたものであるから、上記損害はCの任務懈怠「によって生じた」ものであるといえる。

⑸ 以上より、CはEらに対して429条1項に基づき損害賠償責任を負う。

2 AがEらに対して負い得る損害賠償責任の根拠は429条1項に基づく損害賠償債務である。
⑴ AはⅩ社代表取締役(47条1項かっこ書)であるから、「取締役」にあたり、「役員等」にあたる。

⑵ Ⅹ社は取締役会設置会社であるところ、取締役会は取締役の職務執行を監督する権限を有する(362条2項2号)。取締役は取締役会の構成員であり(同条1項)、取締役会の招集権限は各取締役に認められている(366条1項)ことからすれば、取締役は他の取締役の職務執行を監督する義務を負っていると解すべきである。なお、その監督の範囲は取締役会に上程されていない事項にも及ぶ。(※2)

 Aは、平成26年4月Ⅾから相談を受け、Cが食材再利用の指示をしていることを知り、Cから事情を聴いており、同人から「衛生面には万全を期している」等と説明を受けていた。食材再利用行為は食品衛生法違反行為となることは明らかである以上、その行為が公になれば業務停止命令を受け、消費者からの信用を失うということは自明であるから、Cの指示によって食材再利用行為が現実になされていることを知った場合、Aは上記監督義務の一環としてCに対して指示を止めさせる等の義務を負っていた。そうであるのに、Aは特に措置を講ずることもなく「衛生面には充分気を付けるように」と述べるだけであるから、監督義務違反がある。よって、Aはその任務を怠ったといえる。(※3)
 AがCの指示及び現実の食材再利用行為を阻止するため上記義務を講じることは容易であったといえるから、任務懈怠について重過失があるといえる。
 以上より、Aは「職務を行うについて…重過失」があったといえる。

⑶ 前述のとおり、Eらに「損害」が発生している。A及びその親族はX社の株式を70%保有しているから、Aの一存により取締役の解任できる可能性があった(339条1項参照)。そのため、Aが上記監督義務を講じていれば、Cは取締役の地位を解かれることを恐れ、指示を差し控え、食材再利用行為をやめる可能性は充分にあった。よって、Aの任務懈怠に「よって生じた」損害である。(※4)

⑷ 以上より、AはEらに対して429条1項に基づき損害賠償責任を負う。

3 上記A及びCの義務は連帯債務となる(430条)。

第2 設問1⑵
1 ACがBに対して負い得る損害賠償責任の根拠は、自己が「第三者」に該当することを前提とする429条1項に基づく損害賠償債務である。

2 前述した429条1項に基づく損害賠償責任の法的性質によれば、「損害」は第三者保護に適うよう広く解すべきである。したがって、「損害」には、直接第三者に生じた損害のみならず、いわゆる間接損害、すなわち、会社が損害を被ったことによって第三者に生じた損害も含むと考える。 

 本件でBに生じている損害は、X社の弁当製造販売事業の売上が伸びず、食材再利用行為によって負うことになった食中毒の被害者に対する損害賠償請求者の数が予想をはるかに超えたことにより、取引先への弁済を不可能になるほどにX社の経営状態が悪化したことにより、Xが破産手続開始の決定がなされ、それによって株式が無価値となったことによるものである。これは、会社が損害を被ったことにより、株式の価値が下落したことを理由に生じた損害であるから、「損害」(429条1項)に含まれる。

 もっとも、株主は、取締役の任務懈怠によって会社に損害が生じた場合、株主代表訴訟(847条1項、同条3項)を行使してその回復をすることができる以上、右訴訟が株主の実効的救済に適わない特段の事情のない限り「第三者」に該当しないと考えるべきである。(※5)
 よって、Bは「第三者」にあたらず、ACは上記債務を負わない。

第3 設問2(※6)
1 X社はEらに対して不法行為に基づく損害賠償債務(民法709条)を負う。Y社はX社からホテル事業を1億円で譲り受けている(467条1項2号)ので、同社はEらに対して22条1項に基づく責任を負い得る。しかし、Y社が用いている「甲荘」はX社Y社いずれもそれを商号中に使用していないから、「商号を引き続き使用する場合」に当たらない。そのため、同条を類推適用できるか検討する。

2 22条1項の趣旨は、営業譲渡人の債権者は営業主の交代を知り得ないか、知っていたとしても、債務引受けがなされたと信頼するのが通常であることから、このような債権者の信頼を保護する点にある。そうだとすれば、名称のみの続用の場合でも、当該名称が営業主体を表示するものとして用いられている場合には、上記趣旨が妥当する。よって、当該名称が営業主体を表示するものとして用いられている場合、その外観を信頼した第三者は22条1項の類推適用によって保護されると考える。

 X社は、30年以上にわたり「甲荘」の名称を用いてホテル事業を営んでいるから、当該名称は事業主体であるXを表示するものとして用いられているといえる。Eらがこれを信頼するのは当然であるから本件でも22条1項が類推適用される。

3 もっとも、Y社が譲り受けた事業はX社のホテル事業であり、Eらが損害を被った原因をなす弁当製造販売事業ではない。そのため、X社がEらに対して負う不法行為に基づく損害賠償債務は「事業によって生じた債務」に当たらない。

4 以上より、Y社はEらに対して損害賠償債務を負わない。

以上

※1
 429条1項責任を検討する問題の答案を添削していると、単に「取締役」であることのみを指摘する答案や特段の説明もなく「役員等」に当たるとしてしまう答案を目にすることがたまにあります。いずれも条文をしっかり読んでいない印象を与える書き方です。条文の文言に当てはまるということを丁寧説明しましょう。
 「役員等」(429条1項)は423条1項に定義が書いてあるわけですから、423条1項に書いてある定義に当てはまるという説明をしなければ「役員等」に当たることの説明にならないはずです。「○○等」を目にしたら周囲の条文を探して定義を確実に見つけましょう。非常に面倒ですが、こういった意識の差が点数の差になります。

 ※2
 代表取締役の監視監督義務の導出は論述例にあるような362条2項2号を媒介する一般的な方法と363条1項1号を根拠とする方法があります。後者の説明は代表取締役の監視監督義務を検討する際にしか使用できないので、本問での説明も後者の方が説得的かもしれません。どちらが正解というわけではないと思いますが、いずれにせよ条文の文言から監視監督義務がどのように導かれるかの思考過程をしっかり示すべきだと思います。

 ※3
 監視監督義務違反の検討では、監視監督義務を具体化することを意識しましょう。添削指導をしていると、問題文中の事実をいくつか引用して「だから監視監督義務違反がある」と必殺技のように指摘する答案が結構ある印象です。監視監督義務それ自体は抽象的な事柄なので、本問のAにその違反があるかは具体的に説明するべきです。Aにはどのような行動を採るべき義務があるのか、Aのどのような行為がその義務に違反する、あるいは違反しないといえるのかを具体的事実を基にして説明しましょう。他の受験生とは一味違うぜ感を出せると思います。

※4
 監視監督義務を理由とする任務懈怠を検討する場合、損害との因果関係は論点かしやすいので要チェックです。監視監督義務を負う取締役が違法不当な行為を現に行う取締役の行動に影響を与えることができるような地位や力を有しているかという方向性の説明になると思います。特に本件ではA及びその親族はX社の株式を70%保有しているという事情があることを意識した説明が求められるでしょう。
 これは論文式試験一般に言えることですが、数字を用いた事情は基本的に説明に用いることになるので注意です。

 ※5
 東京高判平成17年1月18日(百選(3版)A22)が間接損害については「特段の事情」がない限り株主の429条1項責任の追及を否定していますので、この裁判例に従っておくのが無難だと思います。
 「特段の事情」については、閉鎖会社の少数株主等株主代表訴訟が認められていることのみでは救済にならない可能性がある(少数株主が代表訴訟をしたところで任務懈怠行為が繰り返される可能性は残る)場合を指しているとみるのが一般的です。

 添削指導をしていると、上記の理屈を指摘していてもそれがどのような理屈で(どの要件が認められないことになって)429条1項責任を否定することになるのかの指摘がないことが多いです。この点については様々な捉え方があると思われますが、間接損害の場合、株主は「第三者」から除外されると考えるのが一般的なようです。「第三者」から除外するという法律構成は目新しいものではありますが、「損害」に間接損害を含める以上、「第三者」該当性を否定する以外に株主の責任を否定する理屈がないのではないかと予想します。
 「損害」の要件を否定する説明を試みる答案も散見されますが、「損害」に間接損害が含まれると解釈しておきながら、株主についての間接損害は含まれないという説明では論理矛盾をはらむので、工夫する必要があるでしょう。例えば、「第三者」である当該株主に「損害」は生じていない(423条1項責任を追及する代表訴訟で回復できるから)という説明の仕方はあり得ると思います。ただ、個別具体的な事案における損害の有無という事実認定論に帰着してしまうおそれがあるので、法解釈として論じることができていない点は違和感を覚えます。

 ※6
 そもそも、事業譲渡があったといえるかも一応問題ですが、有機的一体として機能する等の規範との関係で活きる事情がないので検討は求められていないのでしょう。
 一方、問題文の事実関係1には、資本金や純資産額等の事情があり、ホテル事業の譲渡代金は1億円なので、ホテル事業の譲渡が「事業の重要な一部の譲渡」(467条1項2号)に当たるのかの検討は求めているように見えます。「重要な」一部といえるか否かについては、平成27年司法試験論文式試験問題出題趣旨(民事系科目第2問)が次のように説明の仕方を示してくれているので、参考になります。
 

 「事業譲渡に該当するとした場合には,更に,事業の『重要な』一部の譲渡に当たるかについても,論ずる必要がある。その際には,重要性の判断基準を示した上で,質的・量的な側面から問題文の事実を具体的に当てはめるとともに,貸借対照表等の資料を分析して,株主総会の特別決議を要しないこととなる形式基準(会社法第467条第1項第2号括弧書き,同法施行規則第134条第1項)を満たすかどうかについても,検討することが求められる。」

 ただ、22条1項は「事業を譲り受けた会社」であれば適用可能性がある条文なので、譲渡会社側の株主総会特別決議の必要性を基礎付ける467条1項2号該当性は直接には要求されていないように感じます。問題文にある数字は使うべきという意識があれば重要な一部の譲渡の当てはめまで説明できると思いますが、22条類推適用のみの検討に終始しても無理はないと思います。重要な一部の譲渡といえるかの当てはめが無くても合否に影響はないでしょう。

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