考慮要素の意味合い—理由提示と処分基準(最判平成23年6月7日)

当てはめの考慮要素は暗記すべきか

今回は以前私がツイートした以下のツイートを深掘りしようと思います。

 個別指導をしていると、「法規範だけではなく、この考慮要素までも暗記しなければならないのか」という質問を受けることが多いです。
 この質問を受けた際、私は次のように回答することに決めています。

 「法規範は暗記するレベルまで行ってほしい。考慮要素は暗記する必要はない。ただ、考慮要素が法規範との関係でどのように活きるのかは説明できる状態に持っていく必要がある。」

 「考慮要素が法規範との関係でどのように活きるのか」というのは、各考慮要素がどのような意味で法規範に結び付くのか、あるいは結び付かないのか、要は事実の意味合いを考えるということです。上記ツイートで言いたかったことですね。
 考慮要素が法規範との関係でどのような意味を持つのかを考えた経験があれば、同様の法規範を使うべき問題の事実関係から必要な事実をピックアップできるでしょうし、その事実の評価も自ずと想起できることでしょう。

この記事では、判例が示す考慮要素の意味合いの分析を最判平成23年6月7日(行政法判例百選Ⅰ117)を使って実演していこうと思います。

最判平成23年の判断枠組み

 前掲最判平成23年は、理由提示に際して処分基準の適用関係まで示すべきか否かについて、次のような判断枠組みを示しています。

 「行政手続法14条1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の身長と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして、同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは、上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分にかかる処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。」

 理由提示の趣旨については、旅券発給拒否事件(最判昭和60年1月22日(行政法判例百選Ⅰ118))が示したものとほぼ同等の指摘をし、旅券発給拒否事件が示した「いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して一般旅券の発給が拒否されたかを,申請者においてその記載自体から了知しうるもの」という枠組みを一歩進め、処分基準の適用関係にも同様に考えることができるかについて、一律にその要否を論ずるのではなく、個別具体的な事案ごとに諸事情を総合考慮して決するという判断枠組みを示しています。

 この判断枠組みではいくつかの考慮要素が示されているので、それぞれについてどのような意味があるのか考えてみましょう。
 総合考慮するという抽象的な基準なので、各考慮要素が何かしらの概念の存否に影響を与えるという形で説明することは基本的にはできません(例えば、物に対する占有があるか否かという形であれば、その考慮要素が占有がある方向に働くのか、ない方向に働くのかという影響の仕方があり得る)。
 そのため、理由提示の趣旨に引きつけることを意識して、処分基準の適用関係まで示すべきか否かという実質的な判断基準を念頭において考慮要素の意味を考えるべきでしょう。

最判平成23年が示した考慮要素の意味合い 

①当該処分の根拠法令の規定内容
 前掲最判平成23年は「処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて、本件処分基準の適用関係が示されなければ、処分の名宛人において……いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難である。」と処分基準の適用関係まで示すことを肯定しています。
 その理由の一つとして、「建築士法10条1項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である上、これらに該当する場合に同行所定の戒告、1年以内の業務停止又は免許取消しのいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。」という指摘をしています。
 文言の抽象性や裁量があることを指摘していることからすると、処分をした理由について事実と法令の適用関係を示されたとしても、本件で何故処分がなされたのか一見してわからない場合には、処分基準の適用関係まで示さなければ不服申し立てに支障が出うるというこうとでしょう。
 文言の抽象性の高さや裁量があることが処分基準の適用関係を示すことを肯定する方向に働くものと考えられます。

②当該処分にかかる処分基準の存否及び内容並びに公表の有無
 処分基準があるならそれがどのように適用されるのかは示されるべきであるし、それが公表されているならなおさらそういえるでしょう。処分基準があること及び公表されていることは、処分基準の適用関係を示すことを肯定する方向に働くものと考えられます。
 公表に関連して前掲最判平成23年は「本件処分基準は、意見公募の手続を経るなど適性を担保すべき手厚い手続を経た上で定められて公にされており、…」と指摘しています。この指摘は、私見ですが、「みんなで意見を出し合って決めた基準なんだから、それをどのように使ったのか見せてもらおうじゃないか」というニュアンスではないかと考えます。論文式試験でこの点に触れる機会があるかというと少ないと思われます。処分基準が民主的手続に則って定立されている等の事情があればその適用関係を示すことを肯定する方向に働くのでしょう。
 基準の内容については、「しかも、その内容は、……多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。」と指摘して処分基準の適用関係まで示すことを肯定する理由を説明しています。複雑な処分基準であれば、その適用関係が明示されなければどのような理由で処分がなされたのか分からないということでしょう。処分基準の内容が複雑であればあるほど、その適用関係まで示すことを肯定する方向に働くと思われます。
 
③当該処分の性質及び内容
 不利益処分は名宛人に義務を課し、あるいはその権利を制限する処分であり(行手法2条4号柱書本文)、その内容により名宛人に与える不利益の大きさは変わってきます。その不利益が大きくなればなるほど、「話を聞かせてもらおうじゃないか」と思う程度は変わってくるはずです。
 前掲最判平成23年は「本件免許取消処分は…一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ…」と指摘しています。処分によって名宛人に生じる不利益や影響が大きいのであれば、処分基準の適用関係まで示すことを肯定する方向に働くと考えられます。
 
④当該処分の原因となる事実関係の内容
 この点については、前掲最判平成23年の判示では指摘されてはいないように見えます。事実関係が複雑になればなるほど、その理由の解像度も上げる必要があると言えそうなので、処分基準の適用関係を示す必要性もあると言えそうですね。前掲最判平成23年の事案は一見して簡明な事実関係とは言い難いので、

平成28年予備試験行政法設問2の検討

 判例の考慮要素をただ挙げておしまいにするのも寂しいので、前掲最判平成23年の理解が問われた予備試験の過去問を使って当てはめを考えてみましょう。

①当該処分の根拠法令の規定内容
 風営法34条2項の規定は、「少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるとき」という抽象的で幅のある表現がとられており、その上「6月を超えない範囲内で期間を定めて営業の全部または一部の停止を命ずることができる。」と処分の内容やその範囲、ひいてはその処分をするか否かについての判断を公安委員会に委ねているような表現を採っています。これは、どのような事態が青少年の健全な育成に対する障害といえるのか、その障害を及ぼす程度はどれほどか、処分の名宛人はどのような者で、それに対する影響はどのようなものか等専門技術性のある判断が要求され、かつ、地域の実情に即した個別的判断が必要であるためにそのような表現を採ったものであると思われます。
 上記要件該当性判断や処分をするか否かの判断については裁量があると考えることができるので、本件基準の適用関係を示した方がよいと言えるでしょう。

②当該処分にかかる処分基準の存否及び内容並びに公表の有無
 Y県公安委員会は、本件基準を定めて公表しています。また、本件基準の内容は、営業停止期間の加重軽減自由が複数用意されている上、過去処分を受けた経験がある場合の加重制度もあったりと多種多様な事態に対応するために設けられた複雑な内容となっており、簡明なものとは言い難いです。本件基準の適用関係を示すべき方向に働くといえるでしょう。

③当該処分の性質及び内容
 本件処分は、Xに対してB店に係る飲食店営業の全部を3か月停止することを命じるものです。前掲最判平成23年の事案は一級建築士免許をはく奪するものであるため、全く営業できなくなるわけではないという意味で同判例の事案よりも処分による不利益は小さいように見えます。ただ、既に仕入れている食材等の保存のコストや時間の経過によって品質を損ねてしまった食材等の廃棄コスト、店舗がある物件が賃借しているものである場合は賃料かかる等営業しているか否かに関係なくかかる費用が多分に存在します。この場合に収益源である営業を3月も停止されれば、早晩その飲食店は立ち行かなくなってしまうでしょう。また、営業停止を受けた飲食店という印象は良い印象ではないでしょうから、処分を受ける前と同等の客足になるかは分かりません。
 以上のように考えると、営業自体が全くできなくなるというわけではないものの、それに等しい効果はあると考えることもできると思います。このように考えた場合は本件基準の適用関係を示すべき必要性も高いと評価できるでしょう。

④当該処分の原因となる事実関係の内容
 問題文中に聴聞手続で明らかになった事実が示されていますが、特別簡明なものとは言えません。むしろ、どの事実関係を以て「少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認める」のか、どの事実関係があったから3月の営業停止との判断に至ったのか知りたくなる事実関係ではあります。純粋に未成年者に酒類を提供したという事案ではなく、店舗側も相応の対策を講じていた中で起こった事件ですから、法規の適用のみ示されても納得は得られないでしょう。

 以上前掲最判平成23年の考慮要素が持つ意味合いを考えて、平成28年予備試験行政法設問2の一部を検討してみました。考慮要素を暗記しても仕方がなく、考慮要素が法規範との関係でどのように活きるのか、どのような影響を与えるのかを理解しないことには説得的な説明にはなりません。
 考慮要素を暗記することを目標にするのではなく、その考慮要素の意味合いを理解することを重視しましょう。それを繰り返していれば自ずと考慮要素は頭に入っているはずです。


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