平成28年予備試験商法の論述例と若干の補足


論述例

設問1
1 本件手形を実際に振り出したCは、甲社から手形振出の代理権を授与されたという事情はなく、手形振出しの権限はなかったと言える。本件手形は「甲株式会社代表取締役A」という機関方式による署名がなされているから、本件手形は偽造手形に当たる。偽造手形の効力については明文がないため、法の一般原則に立ち返り、本人による意思的関与がないため無効であると考える。よって、甲社は本件手形についての責任を負わないのが原則である。
 乙社について民法110条による保護が考えられるが、Cの行為は無権代理行為そのものとは言えないから同条を直接適用できない。そこで、同条の類推適用によって保護されないか。

2 同条の趣旨は、権原を超えて意思表示するような代理人に代理権を与えた帰責性ある本人の犠牲の下、外観を信頼した第三者を保護する点にあるから、①虚偽の外観、②本人の帰責性、③第三者の信頼があれば同条の類推適用によって保護されるものと考える。

 ①甲株式会社代表取締役Aは平成27年12月25日当時入院しており、本件手形の振り出しの意思表示をしていないのに、本件手形には「甲株式会社代表取締役A」の署名があるため、虚偽の外観が存在する。
 ②かねてより、Aの指示に従って、手形を作成して取引先に交付することもあったCは、日頃から手形用紙及び後者の代表者印を保管していたのであるから、いつでも甲社名義の手形を偽造することが可能な状態に置かれていたのであるから、甲社に帰責性が認められる。
 ③甲社はAの入院を取引先等に伏せていたのであるから、Aが甲社代表取締役として手形を振り出せない状況にあることを取引先である乙社は知る由もなかった。よって、乙社は善意無過失であると言える。
 したがって、民法110条類推適用により、乙は保護される。

3 乙社は丙社に対して、本件手形を裏書きして譲渡しているから、丙社は有効な手形を取得したこととなる。よって、甲社は丙社による本件手形に係る手形金支払請求を拒むことができない。

設問2
第1 吸収合併の効力発生前
1 本件株主総会の決議取消しの訴え
⑴ 訴訟要件
 Aは平成28年1月18日に死亡しているため、「相続開始」(民法896条本文、882条)している。Aは甲社株式を800株保有していたのであり、Aの妻C、それらの子D、EがAの「相続人」(民法896条本文、887条1項、890条)となるから、同人らで甲社株式800株を共有する(民法896条本文、898条1項、898条、900条1号、4号)。よって、「株式が二以上の者の共有に属するとき」(106条本文)に当たる。
 株主総会決議取消しの訴えは株主が会社経営を監督するための権限の一つであるから「当該株式についての権利」(同条本文)に含まれる。C、D及びEの3人は、Aの遺産に関し何の合意にも達していないから、106条本文の権利行為者の指定及び通知が未了であると考えられる。したがって、Dは提訴権を行使し得ないから、甲社の側に信義則(民訴法2条)に反する特段の事情がない限り「株主等」(831条1項柱書)に当たらないのが原則である。

 C、D及びEらの準共有にかかる甲社株式800株は甲社発行済み株式数1000株の過半数を占める。吸収合併契約の承認には特別決議(783条1項、309条2項12号)が要求され、議決権の過半数が定足数として要求されるから(309条2項柱書)、本件株主総会決議は準共有する甲社株式800株について議決権が行使できる状態でなければ適法に成立し得ないものである。甲社の側は本件株主総会の適法な成立を主張立証するべき立場であるところ、共有株主Dは106条本文による権利行使者の指定及び通知を欠いているとして原告適格を争うのは、同条本文の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものとして、信義則に反して許されない。したがって、本問でも上記特段の事情が認められ、例外的に「株主等」(831条1項柱書)に当たる。

本 件株主総会は平成28年5月15日に開催されているから、同日から「三箇月以内」(同条項柱書)に訴えを提起できる。

⑵ 本案勝訴要件
ア 招集手続の法令違反の有無
 C、D及びEはAの遺産についての何らの合意に達していないため、通知受領者の指定及び通知(126条3項)を欠いていると考えられる。そのため、その共有者の一人であるCに招集通知を行えば足りる(同条4項)。したがって、甲社株式800株の共有株主のうちCのみに本件株主総会の招集通知を送付した点に瑕疵はない。
イ 決議方法の法令違反の有無
 議決権は「当該株式についての権利」(106条本文)に含まれるから、権利行為者の指定及び通知を欠くA名義の全株式に基づく議決権は行使できない。そのため、Cによる議決権を認める本件株主総会は「決議の方法が法令…に違反」(831条1項1号)する。

 もっとも、Cは議決権行使に関して甲社から同意(106条ただし書)を得ているため、上記瑕疵が治癒されないか。
 106条本文は民法264条ただし書にいう「特別の定め」に当たり、「この限りでない」(106条ただし書)というのは、本文の規律を適用しないという意味であるから、「同意」(同条ただし書)がある場合は、同条本文の適用が解除され、原則的規律である民法264条本文の規律に服することとなる。
 議決権の行使は、特段の事情のない限り株式の管理行為に当たるのが通常であり、各共有者の持分の過半数で決せられる(民法252条1項)。本件吸収合併契約は、丁社を吸収合併存続会社、甲社を吸収合併消滅会社として、合併対価を丁社株式とするものであるから、甲社株式が丁社株式に交換されることになり、変更行為(民法252条1項)に当たる。よって、特段の事情があるものとして、株式共有者全員の同意が必要となる。CはDとEの同意を得ていないから、Cによる議決権行使は違法である。したがって、なお「決議の方法が法令…に違反」する。違反に係る株式は発行済み株式総数1000株の8割を占めるのであるから、「違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさない」(831条2項)とはいえず、裁量棄却の余地はない。

⑶ よって、本件株主総会決議取消しの訴えは認められる。

2 吸収合併差止め請求
 Dは「株主」であり、合併の効力が生じるとDは甲社株主たる地位を失うおそれがあるから、「株主が不利益を受けるおそれがある」(784条の2柱書)。

 前述したように本件株主総会決議には決議方法の法令違反の瑕疵があるものの、株主総会決議取消判決があって初めて決議の効力が遡及的に失われるから(839条)、瑕疵があるだけでは吸収合併手続が法令に違反することにならない。しかし、取消判決を受けてからでは効力発生までに間に合わないため、株主総会決議の取消事由も吸収合併手続の法令違反として主張可能であると考えるべきである。よって、本問でも「当該吸収合併等が法令…に違反する場合」に当たる。

第2 吸収合併の効力発生後
 吸収合併無効の訴え(828条1項7号)を提起することが考えられる。Dは「株主等」(同条2項7号)に当たる。効力発生日である平成28年6月1日から「六箇月以内」(同条1項7号)であれば、かかる訴えは認められる。
 無効原因は明文規定がないものの、法的安定を図る観点から、重大な手続上の瑕疵に限定されるべきである。本件株主総会決議には取消事由があるから吸収合併の手続に法令違反がると言える。吸収合併後消滅会社における吸収合併契約の承認決議は、株主の最終的な意思決定のための手続であるから手続の重要部分をなすと言える。よって、重大な手続上の瑕疵があると認められる。

2 以上より、吸収合併無効の訴えは認めらえる。なお、出訴期間(831条1項柱書)の趣旨である法的安定の要請を没却しないよう、その主張ができるのは決議の日から三箇月以内であるとすべきである。

以上

手形法との向き合い方

 私は平成28年予備試験論文式試験を現場で受験しているのですが、民事系の時間が始まり商法の問題を見た時に「終わりました」と思ったことを覚えています。手形法が出る余地があることは平成24年の問題で把握していましたので、手形行為等の一応の基本的な構造は知った状態で試験に臨みましたが、手形の偽造の理解はあいまいなままでした。人的抗弁の切断(手形法17条)でないかなぁ~とか呑気に考えていましたね。
 今後の試験で手形法が出る可能性ですが、予備校講師としては「出ない」とは怖くて言い切れません。会社法オンリーの出題である可能性が極めて高いので会社法の対策をするのが先決であることは間違いないのですが、出る可能性が有るのであれば最低限の対策はしておきたいです。手形の振出や裏書、抗弁の切断等の超基本の概念を押さえて、それに関する旧司法試験の問題をいくつか潰しておけば充分でしょう。数としては10問ないくらいではないでしょうか。重問では基本問題60問中8問が手形法からの出題となっており、非常に丁度いいと思います(唐突な宣伝)。

手形の偽造は相手方の救済の説明がポイント

 本問では手形の偽造の効力を論じることが求められています。手形の偽造の救済方法を完璧に押さえてきた受験生は少なかったと思われる(思いたい)ので、上手く書けるかは合否に影響はないと思います。
 手形法の理解が不十分でも問題文を見てみると何だか無権代理っぽいような事実関係がしめされていますから、本件手形の振出を何とかして無効の説明をし、表見代理規定の適用ないし類推適用で頑張って事実を拾う、というのが無難でしょうし、それができれば充分でしょう。表見代理として一番あり得るのは110条でしょうし、基本代理権の授与があるとは思えないので、類推適用とするのが筋だと思いますが、ここまで適切に説明できれば上出来だと言えます。
 何にせよ、何となくの方向性を決めて事実を摘示してその法的意味を説明するという事案に肉迫する姿勢が評価につながると思います。

会社の行為の効力を争う手段を問う問題はやることを決める

 会社の組織に関する行為の効力を争う手段は、どの行為を対象とするにせよやることは決まっているので、予め準備しておきましょう。詳しく考えれば異なるところはありますが、効力発生前は株主総会決議取消しの訴え、各行為の差止請求、効力発生後は各行為の無効の訴えと相場は決まっているのでこれを基本に各行為についての手段を押さえていきましょう。
 答案での説明の仕方もある程度決まっています。①採るべき手段を明示、②訴訟要件の検討、③本案勝訴要件の検討という順番で書けば読みやすいし、書きやすいです。
 やるべきことを事前に決めて、現場で考えることをなるべく減らしましょう。現場で考えることが増えるとテンパって時間不足に陥る要因になります。

会社法106条は原告適格と同意の効力を最優先で押さえる

 本問でもメイン論点として問われている、株式共有者が権利行使者指定及び通知を欠く場合に会社が原告適格を争うことが信義則に反する可能性(最判平成2年12月4日(百選9)、最判平成3月2月19日)及び「同意」の法意(最判平成27年2月19日(百選11))は106条の解釈に関する超基本論点ですから確実に押さえておきたいです。令和5年司法試験でも両方出題されいますから、106条と言えばこの論点といってもいいでしょう(本論点とは関係ありませんが、令和元年予備試験でも106条の理解は問われています。106条好きなんですかね)。
 私が本番を受けた頃、両論点の理解は待ったくなく、何を書いたか覚えていません。テキトーに書いたのでしょう。お恥ずかしい限りです。設問1も充分に検討できていないのもありますが、案の定評価はEでした。やはり、106条の二大論点はしっかりと書けることが合格には必須といっても過言ではないかもしれません。少なくとも106条ただし書の同意の法意は確実に書けなければ厳しい戦いになると思います。
 設問では招集通知に関する瑕疵の検討も要求されていますが、これは126条3項4項の理解が問われているだけです。配点は必ずありますが、やはり106条の論点の理解が本丸でしょうから、126条の点は書けずともそこまで大きな傷ではないと考えます。

手続上の瑕疵と意思決定手続の瑕疵をしっかりと分ける

 本問は合併契約を承認する株主総会決議が存在するので合併手続自体に瑕疵はなく、あくまで株主総会決議の手続に瑕疵があるに過ぎません。そのため、本問のような株主総会決議取消事由自体が合併手続の法令違反として主張可能かは説明が必要です。
 必要とは言いましたが、実際問題として、適切な手段を挙げて要件検討できるか、株主総会決議を欠く合併が無効であるとする一般的な理解を意識した説明ができるかの方がよっぽど重要なので、説明できずとも致命傷にはならないとは思います。
 言及するとしても論述例に書いたように間に合わないから許してやれよというだけで充分でしょう。ここで大展開したら終わりです。
 また、論述例では取消事由の主張はできるが主張期間の制限があり得るという立場で論じましたが、出訴期間自体が三箇月になるという見解もあります(むしろこちらの方が主流な様子)。ただ、取消事由を主張するときに出訴期間が変動すると考えるのは何か違和感があるので、主張できる期間を制限する立場で納得して言及しています。どちらの見解でも納得できる方を欠けば評価に差はないと思います。
 なお、吸収説の説明は不要でしょう。吸収説は、決議取消しの訴え提起中に効力が発生した場合は訴えの変更(民訴143条)により組織再編の無効の訴えとすることを認めるべきという見解ですから、言及できなくはないですが、効力を争う手段の当否を論じるのがメインである設問への解答として必須とはいえないと思います。



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