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追悼

まちを徘徊していた。
何も手につかないけど、じっとしていることもできなかったから。そうこうしているうちに夜になって「そうだ、花を買おう」と思い、NOANに向かった。いつものあきさんの顔を見たら、ギリギリで保っていた心が決壊して涙が出た。あきさん、ビックリさせてごめんなさい(しかも閉店作業中に。重ねてごめんなさい)。あきさんが作ってくれた優しい色の花束を持って事務所に戻り、写真と共に飾った。隣には、ラッキーストライクを添えて。程なく梅本さんがやってきて、リュックからバドワイザー2本とラッキーストライクを取り出し、お供えしてくれた。もっと賑やかにするか、と思い、書籍やライブのパンフレットや懐かしのビデオなどを並べたら、ちょっとした祭壇みたいになった(写真参照)。この間、お友だちの皆さんからたくさんメッセージをもらった。「大丈夫?」「飲みすぎるなよ」「返信不要だよ」。気にかけてくれて嬉しかった。ありがとう。

21時を過ぎた頃、ガリバーに行った。ハイネケンを頼んだ。今日はこれしかねえだろって思って飲んだ。暫くしたら厨房の方から東雲さんが現れて「今日、ニュース観て、マジで志帆さん心配だったんですよ」と言った。そして、お洒落なジャズをぶっ飛ばして、BGMを「世界の終わり」に変えた。また泣いてしまった。本当に世界が終わったと思った。

帰宅後、ミッシェルのライブのDVDを引っ張り出して観てから、眠った。4時半頃には目が覚めてしまって、その後はもうどうやっても眠れないから、ずっとSNSを見ていた。昨日から、たくさんの人たちが追悼している。ミュージシャン仲間たちが、彼とのエピソードなどを書いていたけれど、どれを見ても本当に優しい人だったんだなってことがよくわかる内容だった。そう、本当に優しい人だったんだ。その優しさに、私は一度だけとても近いところで触れたことがある。今年の夏の話だ。身に余る幸福だった。私の一生の宝物になった。偶然の産物だったが、必然だったと思いたい。この話は長くなる上に、語るに相応しい(と思われる)言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消え…を繰り返しているので、一先ず別の機会に綴ることにする。

2023年12月5日という日を上記のように過ごし、今日、朝を迎えた。私の人生は続く。このおよそ20年の間に、彼からたくさんのものを貰ったので、それらを支えに生きていく。そしてそれは、音楽だけじゃない。考え方、生き方、何を大事にするか、あるいは手放すか、そういった様々な価値観を、与えてもらったと思っている。その全てが私の血肉になっているし、生涯ハートに刻まれ続ける。

チバユウスケ、私の神様。

ご冥福をお祈りします。
今までありがとう。ずっと想うよ。

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