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遊び心でスイッチON!繋がっていく

今まで小さなワクワクを楽しむことをして無い訳じゃない。これが遊び心ってものじゃない?でもみんなが言ってる遊び心とはなんだか違うような・・・「子供の頃を思い出したらいいんだよ」って言われるたびに遊び心って何??となる。なんか私違うんだな~て正直混乱

よく子供のころの無邪気さを思い出したらいいと言われるけれど、正直そこはよくわからなかった。私はあまり小さい頃のことは覚えていないし、断片的にある記憶さえも嫌だと感じた記憶が圧倒的に多い。

大人になってからも無邪気に遊べる人、喜び上手な人が羨ましいと思うことがよくあった。どこかで私には無理だと思ってたのかも・・・

小さいころから生きにくさがあり、早く大人になって自由になりたいと強く願っていた子供時代。もうどうでもいいと刹那的に生きてた時もある。

『どうしたら自由に自分らしく生きれるのか』というテーマが私の中には常にあり、今振り返ればやっぱり全ての体験は必要だった。

今やっと気付いたことがある。

自分の枠外しをし続けて人生の冒険を面白がることが、まだ見ぬ自分に出会える場所で宇宙の可能性に飛び込むこと。自分の可能性よりもっともっと広く大きなものがある。

そして無限に広がる宇宙の可能性は自分の中にある、ということを体感する。広くてそこは自由。この自由さを求めていたのかもしれない・・・まだ私が感じているのはそのわずかな1%の部分かもしれないんだけれど・・・

例えば可能性の宇宙に飛び込む冒険をするのに、今まで買ったことのない普段は買わないお菓子を買ってみる。私はお菓子売り場の前で随分悩んでドラえもんの四次元ポケットチョコを買った。この時にドキドキワクワク。こんなおばさんがお菓子売り場の前で真剣に悩んでる姿を客観的にみている私は笑っていた。

おそらくそこから始まったと思うのは、無邪気な子供心ってこんな感じかもというドキドキ感。大人のドキドキとはちょっと違う 

これを遊び心っていうのかも。誰にも遠慮することなく私らしい選択をも超えて・・・私らしさも超えて出会う私にワクワクドキドキする大冒険!ここに書きながらまたもや早く次なる冒険をしたい私が顔を出す( *´艸`)

小さなころに思う存分味わうことが出来なかった、しなかった私が今ここに同時に存在していて一緒に楽しんでるような気もしている。

今このタイミングで小さい私と50歳も過ぎたおばさんが出逢い、私が統合されていく・・・これを面白がりながら進むのなら、きっと私は若返りホルモン出しまくって綺麗になっていくに違いない☆彡

と妄想もふくらみニヤニヤ顔が止まらない。

あー、本当にここはどこまでも優しい世界~ありがとうございます!



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