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廃食油

彼は狂気的なリズムを叩き出していた。通常、リズムとは「トン、チン、トンチンカン」というものだったが、彼のリズムは「トン、チン、トンチン、、トンチン、トンチン、トンチン、トンチン、トンチン、トン、トン、トンチン、トンチン、トンチン、トンチン、トン、トン、トンチン、、トンチン、トン、チン、、トンチン、、トンチン、、トンチン、、トンチン、トンチン、彼は狂気的なリズムを叩き出していた。通常、リズムとは『トン、チン、トンチンカン』というものだったが、彼のリズムは『トン、チン、トンチン、、トンチン、トンチン、トンチン、トンチン、トンチン、トン、トン、トンチン、トンチン、トンチン、トンチン、トン、トン、トンチン、、トンチン、トン、チン、、トンチン、、トンチン、、トンチントンチン、トンチン、彼は狂気的なリズムを叩き出していた。通常、リズムとは【トン、チン、トンチンカン】』というものだった。

そうだと思わないかいハプテンダー?

ハプテンダー「まだ産まれてきてねえよ!」

おお、すまない。悪かったハプテンダー。私の愛しいハプテンダー。産まれたらコオロギを握らせてあげよう。

ハプテンダー「もう産まれてこねえよ!あばよ!」

おお、すまない。勇ましいなハプテンダー。私の愛しいハプテンダー。産まれてこなかったら『歯次』を渡してもらおうか。

ハプテンダー「なんだよ、『歯次』って」

さなぎのように背中が丸まった元消防隊のジジイ「字の通り『歯の次』のものだ!」

ハプテンダー「歯に順番なんてねえだろ!」

おお、すまない。愚かで退屈なハプテンダー。私の愛しいハプテンダー。歯に順番はあるではないか。乳歯、永久歯、入れ歯、この順番ではないか。

ハプテンダー「うううう(感電死)」

\ バチャン!! /

今日も僕はこの音で目を覚ます。毎日家のドアに油をぶちまける人がいる。その油は張り付いている。赤黒い血が混ざったグロテスクなアメーバのように。一生売れなかった芸術家が死ぬ前に何かを残そうと、爆死して飛び散った臓器のように。異様な光景。そこに矛盾した甘い匂いが漂う。僕はこれを嗅いだことがある。ドーナツを揚げた時に嗅いだことがある。

つまりこの油は、廃食油だった。

最初は水風船だった。ある朝、玄関の方からパシャン!と聞こえ、ドアを開けて外を見ると、しぼんだ風船が地面に落ちていた。それから毎朝、水風船の破裂音が目覚まし時計の代わりになり、早寝早起きの習慣が付いた。

ぶち当てられてから半年が過ぎた頃、水風船の割れる音がブビブビブビブビという音に変わった。ドアを開けて外を見ると、マヨネーズの空容器が地面に落ちていた。ドアにマヨネーズをぶちまけられたのだ。僕はマヨネーズを拭き取らなかった。どうせ拭いても、またぶちまけられるからだ。たちまちドアはハエまみれになり、隣人はクレームを入れるようになった。

時々管理人もやってきたが、その度に5万円を握らせて何も言わせずに帰らせた。隣人は少しずつ狂い始め、毎晩、壁の向こうから「なんでケチャップじゃないんだよー!」とか「築年数に見合う嫌がらせをしろー!」など叫ぶ声が聞こえてきた。

そして今、ドアに廃食油をぶち当てられている。1年近くぶち当てられている。隣人はというと、3カ月前に引っ越した。頭がおかしくなったのか、最後には「日本人として生まれたことを誇らしく思うよ」とか「日本語が母国語で良かった」などと急に国粋主義アピールをして出て行った。

隣に誰も住んでいないと部屋の大きさは変わってないのに、いつもより広いと感じるのはなんでだろう。きっと精神的に窮屈になっていたのだろう。そう思うと、隣人を狂わせた『ぶちまける人』には心の底から感謝しなければならない。そしてこれからは感謝の意を込めて『ぶちまける人』を『救世主はん』と呼ぶことにしよう。

ドアにこべりついたマヨネーズは腐敗して、その上に薄黒い廃食油が乗っかっている。地上最悪の油絵みたいだ。そこに群がるハエたちは見物しに来た招かれざる客。家には絶対入れさせない。「入ってみろ、そしたら入場料として命をもらおう」言葉が分からないハエに無意味な脅しをする僕。



ドン!

目覚めの音がいつもより鈍い。誰かに頭を殴られたのか?そんなことはなく、ドアにぶち当てられたものがまた変わっただけだった。今度はブロッコリー。ついに液体から個体へと変わった。救世主はんは何を考えているのだろうか。これはなんらかのメッセージなのだろうか。とりあえず僕はそのブロッコリーを拾い、よく洗ってから細かく切ってさっと茹でて食べることにした。味付けはマヨネーズ。もちろん、ドアにこべりついたハエまみれの腐敗マヨではない。

その時、僕はこう思った。

救世主はん はドアの表面でサラダを作ろうとしているんじゃないだろうか。ドアの表面をお皿に見立ててサラダを作ろうとしているんじゃないか。確信はないけど、もしこれからトマトやたまねぎなどの野菜が投げつけられるようになったら、そしてマヨネーズ以外の味付け、例えば胡麻ドレッシングなどがぶちまけられるようになったら、やっぱりそれはドアの表面でサラダを作ろうとしているんじゃないか。ドアの表面に何かを投げてもそれはすぐに下に落ちる。だけど、ぶち当てる勢いが強ければ、ドアにへばりつく時間が長くなる。もしくはめり込んで落ちにくくなる。そういう重力に逆らった『反重力サラダ』を作ろうとしているんじゃないか。

次の日、ドアを開けるとまたブロッコリーが落ちていた。昨日と同じようにブロッコリーを食べる。

そのような生活が11カ月続き、僕は以前よりシュッとなった。さすが低カロリー高たんぱくの野菜。早寝早起き、隣人駆除ときて、今度は肉体改造か。救世主はんには感謝しきれない。と思ったが、すぐにゾッとする。

地面に落ちているブロッコリー、あれは一回ドアにぶち当てられたものだ。ドアにぶち当たっているんだからめちゃくちゃハエを潰しているじゃないか。ああ、いつもブロッコリーを洗っている時、黒い点々のようなものがたくさんついていたな。あれはハエの死骸だったのか。目が悪いから気付かなかった。ふぅ…なんてことをしてくれるんだ救世主はん。あんたっていうやつは…まぁでもこれは救世主はんが僕に課した試練だきっと。とりあえずブロッコリーはもう食べないことにしよう。

そういえば、この11カ月の間に救世主はんが目覚まし時計をぶつけてくる時期があった。ぶち当たるとき、ガン!と、わりと大きな音がする、それに続いてピリピリピリピリとアラームも鳴り出すし、かなり騒がしい朝ではあったけど、救世主はんが投げつけるタイミングに合わせてわざわざアラームをセットしていたのかと思うとその騒がしさも悪くはなかった。それから2カ月も経たないうちに、ドアに当てられるものはブロッコリーに戻ったけど。きっと目覚まし時計を何回も買うのが恥ずかしくなってきたんだと思う。

その時投げつけられた数十個の目覚まし時計は、ハエの死骸をきっちり拭いてメルカリに全て出品した。これから先、投げつけられたブロッコリーも同じように出品しよう。ハエの死骸が山ほどついていたブロッコリーが売られているなんて、誰も考えないだろう。

相変わらずハエは群がっている。家の中には絶対に入れさせない。

ある日、玄関から大きな音が聞こえた。明らかにブロッコリーではない衝突音。外に出ると、ラグビー選手の格好をした男がハエまみれになって倒れていた。なるほど、今度は生命体か。液体、個体で、生命体だ。「誰ですか?」と尋ねると、黙って社員証を見せてきた。林田という男だった。林田は社会人ラグビーをやっていた。

「お仕事は何をされているんですか?」

「はい、私は国民投票用紙を複製する仕事をしています。私の名前は、生命体が住んでいる星の数だけありまして、それらを上手く活用す…」

「あの、誰かに頼まれて動いていますか?」

「はい、しかし私はそれが誰なのかお答えすることはできません。それを言うと私はまた、最低基準をわずかに満たしている狭い部屋に閉じ込められてしまいます。もう襟首をつかまれて家の外に引きずり出され、あの懲罰房に放り込まれたくはありません」

おそらく救世主はんの奴隷と化し、さらには政治利用までもされている林田をかわいそうに思った僕は林田の首に大量の風船をつけ、空に逃がしてあげることにした。しかし、林田は飛んでいかなかった。なぜなら林田は一般的な成人男性に比べてかなり体重が重いからだ。だから僕は林田の四肢を切断することで体を軽くして宙に浮かせてあげた。さようなら林田。

それからドアに色々なものがぶち当てられるようになった。

「戸締りOK」と書かれたステッカーが貼りついているMacBook Proをぶち当てられ

『イノシシの鳴き声.mp3』入りUSBメモリーをぶち当てられ

ノストラダムスが 恐怖の大王 の筆跡をまねて書いた偽サイン入り偽小惑星『イドガワ』をぶち当てられ

ハイパーカミオカンデから逃げ出してきたニュートリノをぶち当てられ

人間を肛門から裏返すように、ボトルシップを裏返したものをぶち当てられ

煽り運転常習者をぶち当てられ

石川県の荒波にもまれて育った女をぶち当てられ

ヒゲの濃いカンガルーをぶち当てられ

まだ世に出ていないスクウェア・エニックスのゲームソフトをぶち当てられ

太宰治の愛したギャルゲーをぶち当てられ

4号車をぶち当てられ

妙にリアルな赤ちゃんのキーホルダーをぶち当てられ

誰かの家のドアをぶち当てられ

そして、養殖の野村周平をぶち当てられた。

それらは全てハエまみれになって玄関前に落ちていた。例によって僕は、ハエの死骸をきっちり拭いてメルカリに全て出品した。

次の日「誰かの家のドア」が売れた。販売価格は1600万円。僕は嬉しさのあまり小躍りしながら小放尿した。お金がたんまり入った僕は環境を変える良い機会だと思い、この部屋を引っ越すことに決めた。これも全て救世主はんのおかげだ。ありがとう救世主はん。

引越し当日の朝、家のドアが盗まれた。業者の格好をした4人組が堂々とドアを取り外していった。おそらく、あの高級な「誰かの家のドア」と勘違いして持っていったのだろう。しかし、そんなことは問題ではない。大量のハエが僕の家を出入りするようになってしまったのだ。僕は完全に生きる気力を失う。あれほどハエを入れないよう注意してたのに、最後に全てが水の泡だ。すると、勝手に一人の男が入ってくる。逆光で顔がはっきり見えない。

「救世主はん…?助けに来てくれたんですか…?」

よく見るとそれは、無数のハエが人間をかたどっているだけだった。ハエの人間が少しずつ近づいてくる。目の前でピタッと止まるとさりげなく缶詰を差し出してきた。ふたを開けると中から2匹のハチが出てきて続けざまに僕を刺し、アナフィラキシーショックで僕は死んじゃった、てへ♪

小さい頃からお金をもらうことが好きでした