見出し画像

11/28 ケンタッキーもspotifyも俺の食い意地もあなたたちも

金がない時に限って金を使いたくなるような機会が訪れる。「毎月28日はとりの日パックがお得です」なんてケンタッキーのアプリから、空気の読めない通知が届いた。通常1460円のセットを1000円で購入できるというが、ふざけるな、今はそれどころじゃない。家賃を払えるかどうかの瀬戸際に俺は立たされているんだ。あー、でも腹減ったなー。

とりの日パックを買うことを決意した。

久しく肉を食べていなかった。ケンタッキーに向かう足取りは早い。耳はspotifyに預けた。2010s Mixという、2010年の曲がランダムに流れるプレイリストを選んだ。しかし、このプレイリストがのちに俺を苦しめることになる。

近頃のケンタッキーはいい感じ。なぜならセルフレジを導入しているからだ。とりの日パックを選択すると、「こちらもいかがですか」とモブのフードどもが表示された。余計なことをしないでほしい。俺はフライドポテト大好き人間。買うしかないじゃないか。ポテトSを2個追加して、結局、1340円払った。

帰路はとにかく早歩き。家まで2km、急いで帰らなければチキンが冷める。家に電子レンジは置いていないし、サクサクの衣をまとったチキンにお湯をぶちまけて温めるわけにもいかない。もとからある熱をいかに外気に奪われずに帰れるか、その闘いに勝つことだけを考えていた。途中でひとけが少ない道に入る。それから俺はマスクを外してフライドポテトをつまんだ。冷めてしまうならいっそ歩きながら食べた方がいい。スタスタ歩きながらリズム良く口に入れる。もうすでにポテトが冷めかかっていて、チキンのことが心配になる。

突然、胸が苦しくなった。喉にポテトがつっかかった。急いで歩きながら急いで食うからだ。めちゃくちゃ苦しくて泣きそうなった。色も匂いもない煙が口から入ってきているみたいだった。くそ、涙が出てきた。なんで俺がこんな目に。俺はただ温かいうちに美味しいものを食べたかっただけなのに。苦しい。本当に苦しい。誰か助けてくれ。そんな時、あることを思い出す。今朝ツイッターで「なんで生きてるだけで苦しまなきゃいけないんだよ」と呟いている人がいたのだった。俺はその人を数ヶ月前からフォローしていてなんとなく人間性を知っていたのでこのツイートからその人らしさを感じると同時にその内容に共感して笑ってしまい、いいねを押していた。

今まさに俺もその状況じゃないか。なんで生きているだけで苦しまきゃいけないんだよ!俺はフライドポテトが冷めないうちに食べたかっただけなんだよ!なんで生きているだけで苦しまきゃいけないんだよ!spotifyの曲が切り替わり、カネコアヤノの「恋しい日々」が流れ始めた。


地面を走る自転車とぬるい風
日々は淡々と過ぎてゆく
強い日差しと熱を持つ自販機で
冷たいレモンと炭酸のやつ
買った


今それどころじゃねぇー!喉詰まってるからー!!


短い夜に私たち遊びたい
光って消える 花火みたい
強い日差しがお迎えに来る前に
気持ちが良くなる炭酸のやつ
買った


その炭酸とやらを飲ませろー!こっちは喉詰まってんだー!



なにかしようと思ったけれど忘れた
忘れたら思い出した
今日は雨が降るから


うるせえー!!


洗濯物をいれなくちゃ
未読の漫画を読まなくちゃ
恋しい日々を抱きしめて
花瓶に花を刺さなくちゃ


それどころじゃねぇー!うるせー!黙れー!


その時の俺はカネコアヤノ特有の丁寧な生活感にめちゃくちゃ腹が立った。


地面を走る自転車とぬるい風
日々は淡々と過ぎてゆく
強い日差しと熱を持つ自販機で
冷たいレモンと炭酸のやつ
買った


それどころじゃねぇー!喉詰まって苦しいんだー!


恋しい日々を抱きしめて
花瓶に花を刺さなくちゃ
部屋の電気をつけなくちゃ
明日の目覚ましかけなくちゃ

 
しゃらくせぇこと言ってんじゃねぇー!黙れー!!!!

こんなことに怒ってる自分の滑稽さに笑いながらも早歩きは止めなかった。曲が終わる頃には喉につっかえていたポテトフライも溜飲も下がっていた。

次の曲は大森靖子の「Re: Re: love」。運命のいたずらとしか思えなかった。この曲は、さっきの「なんで生きてるだけで苦しまなきゃいけないんだよ」と呟いていた人がツイッターで死ぬほど話題にあげていたものだ。思わず笑ってしまう。こんな偶然あるのかと、俺はその喜びを噛み締めながらひとりでぶつぶつ「おもしろっ、人生おもしろっ」と呟いていた。点と点が繋がったあの感じは今まで体験したことがない気持ちのよい感覚だった。

「Re: Re: love」を聴いてるうちに家に着いた。チキンは冷めてしまったかもしれないけれど、心はすっかりホクホクしていた。なんだかんだ良い思いができてラッキーだったな。手を洗ってフライドチキンを握ると、え、すごい、まだ温かい。ケンタッキー、どんな魔法を使ったのさ?

ここからは綺麗事の時間。

今日の出来事には、ケンタッキーもspotifyも俺の食い意地もあなたたちも、全部が全部必要だった(もちろん、カネコアヤノも大森靖子も)。いらないものなんてなにひとつなかった。全部あったからこんな体験をすることができた。だから、ありがとう。全部あってくれて、ありがとうだ。


小さい頃からお金をもらうことが好きでした