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健康よりも美味しい?

小僧が和尚さんに連れられて来たのはスーパーマーケットの野菜売り場だった。和尚さんは苦虫をかみつぶしたような顔つきで何やら探していた。年末の野菜売り場は大賑わいでいつもの様子とは違っていた。小僧はお務め品に熟れ切ったバナナが置いてあることに気付いた。和尚さんはまだ何か探している風だった。
「何を探しているのですか?」
「大根」
「大根ですか。あすこにありますよ。」
「うむ、あれではないのだよ。」
「え?」
「ほら、あの細いの。」
「え、あぁ、あのお正月用の。」
「そう。お雑煮用のね。」
小僧はどこかに隠れているかもしれないと目をくるくるまわし皿のように細いお正月用の大根探しを始めた。
「ありましたね!」
「うむ、あれは細すぎる。」
「でも、これでしょきっと。ここしかありません。」
「うむ。仕方ない。」
細すぎるだけではなく、その時もう日暮れまじかだったこともあり、1日中店頭に並んでただろう紅白人参1本付きの細い大根はしなびている感があったが、小僧はそれを言ってしまうとやっと見つけて買いかけた、あってよかったとなっているところに水を差して、今年の運にさえ悪影響を及ぼしそうな気さえしたのでしなびた大根買うの?とは言わなかった。
そして、言わなかった理由は実はしなびた風に見えてしなびてなかったことも考えられるし、お雑煮には紅白人参と一緒に入っている大根が甘かったのを思いだしたからでもあった。
和尚さんのテンションは一向にあがらず一生懸命どれにしようか迷っているようだった。

ふと近くにあった立派な大根を見た時、ある案が浮かんだ。「大き大根を型抜きして月の様に丸く小さくするのは?」
「似て非なるものっ、そんなん。」
とめでたそうにパッと言い放った和尚さん、小僧の発想はあっという間に砕け散った。安易すぎた発想と、和尚さんのしなびた大根に思い入れ大きすぎるやろと泣きべそかきそうになる小僧さん。もう大根の千切りで豚汁みたいなんでいいやんとふと思ったが、それも違うなともよぎった。お正月のお雑煮のために育ってきた大根、なんだか細い大根シリーズが健気に思えてきた。これだけしか実が無いのに、結構高級品なんだとも思った。

二人は白みそコーナーに進んでいた。
「ハナマルキの白みそありますね。」
「うむ。」
日頃から和尚さんの口癖は節約節約だった。
相変わらず意気消沈していた和尚さんだったが、お目当ての白みそがあったので急に元気になった。
「これこれ、これよこの白みそ!」
「え?」
超お買い得品とあった。隣には100円安い同じメーカ―のが並んでいるのを見つけた小僧、超お買い得品よりさらに100gも増量でオーソレミーヨな気分。

「こちらの方がお得ではないですか?100g多いですし。」
「うむ。毎年こっちだし。」
当然和尚さんがより安くて量も多い小僧が選んだ白みそを選ぶと思っていた小僧さん、頑なに選ばない和尚さんから石の影みたいなものがみえた。何がどう違うのかを調べたくなったので、原材料やパッケージを見てみた。「塩こうじの量がこちらの方が多いそうです!」小僧はこの白みそに塩こうじが入っていることがまず嬉しかったし、さらに塩こうじの量がさらに多いのもワクワクに拍車をかけたが、同時に増量分だけ増加って書いてない?とも思ったがまぁいいかとも思った。
何だ、それだけかと言わんばかりというか、ほぼ和尚さんは聞いていない感じで「うむ。」とだけ言っている感があった。(迷っているんだろう。塩こうじの量が多いって凄いことじゃん、100円も安いし。)小僧はそんなことを思ったが和尚さんのいつもの白みそと超お買い得品の札でなんだかこれだけお買い得感があっても、まだその方がいいモノのような気さえしてきた。
和尚さんが気に入っているのは、”京仕込み”の部分もあると小僧は思った。自分が選んだ白みそが正解だと思っているとする。京都で作られましたとあれば、その確信は確固としたものになる。京都とおつけもの、京都と和菓子それだけ京都にはうっとりさせるブランド力みたいなものがあるんだとさえ。

その矢先、

「ん?」
その驚き方が今までで一番驚き感があったらしく、流石に和尚さんも耳を傾けたようだった。
「どうしたのじゃ?」
「えっと、和尚さん、ほら、ここにオーガニック、オーガニック製ですって、オーガニックって書いてありますよパッケージに。」

どや顔の小僧さん。オーガニックとパッケージに書いてある白みそは他にも結構たくさん並んでいた。
「味噌もオーガニックとそうでないのとがあったんですね!」
「そうじゃな、大豆だからな。」

和尚さんは少しは驚いたものの、それが今渦中にある白みそを凌ぐ白みそかと言えばそうでもないようだった。小僧は和尚さんの代わりに喜んであげている感さえあった。というのは、オーガニックは和尚さんの大好物だと知っていたからだった。和尚さんは特に健康に気を付けていた。小僧はもうオーガニックは和尚さんの趣味だと思っていたので余計に嬉しかったのだった。ところが、「うむうむ。ま、こっちこっち」と京白みそ一点張りでオーガニック味噌には見向きもしない様子の和尚さん。なんだか悔しくなった小僧、原材料を見てみると酸化防止剤入りだった。小僧は見なかったことにして、元の棚にそっと戻した。白みそが和尚さんを裏切っていたなんて、小僧には言えなかった。それに、それを言ったところで和尚さんはこの白みそを手放すことはないだろうと思った。白みその和尚さんへの功績みたいなことに小僧はよくもまあとも思ったが感動もした。

健康より何より人は過去の成功、栄光、ここではお雑煮が美味しく作れたという奇跡、軌跡がいつまでも和尚さんの気持ちをワクワクさせ、健康よりも美味しいを選択するのか?それとも、他の白みそを選んで失敗した、失敗とまではいかないけれどそこまで美味しくなかったことのリスクヘッジのために、より健康なオーガニックを選ばないのか?小僧はその時健康に気を付けてると言いつつも日々お菓子を必ず食べている自分も浮かんだ。
和尚さんがオーガニック白みそを選んでくれなかった理由もなんとなくわかる気になってきた。美味しいと思っているクッキーがあったとして、他の人が勧めてくれたとしても、そのクッキーに飽きていない間はきっとどんな美味しいクッキーにさえ変更しないだろうなと。過去の成功は人に安心をもたらし、それは時に執着にもなり冒険しないことによる新しい発見の機会損失にもつながってしまう、そんなことさえ思い巡らす。

香辛料コーナーでターメリックを探した。みつからないのが心残りだった。ターメリック、ありそうで需要があまりない香辛料なのかもしれないと合点をつけ、急いでお菓子売り場に向かった。

チョコレートを探しながら和尚さんの意固地というか、冒険心がないというか、愛着の深さというか、これと決めたらこれみたいな頑固さにちょっぴり暖簾に腕押し感があったものの、そのしたたかさ、底知れぬ信念みたいなものに”うむむ”も感じられた年末の白みそと紅白大根の一コマ。


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