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1969年生まれ/私の反省記③仮面ライダーの弟

3歳から10歳まで新宿区下落合に住んでいた。
弟が小学1年生、私が四年生の時の反省記。

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3歳下の弟は静かで、おとなしく、あまりケンカをした記憶がない。そんな弟とよく一緒に遊んでいた。

家族で住んでいたアパートの前は大きな墓地で、私たちの南側のベランダからは、いつもたくさんの墓が見えた。死んだ人の亡骸に囲まれて私たちは過ごしていたらしい。墓地が遊び場だった。

墓地を通り抜けると西武新宿線の下落合駅まで近かったので、近道としてよく使っていた。何年も通っていくとだんだん景色に慣れていき、墓の見方も変わる。これは大きいなあ、これは地蔵があるなあ、これは花が枯れてるなあ、などと思っていた。卒塔婆がまるで大きなアイスクリームのスプーンのようだ。墓場は私たちにとっては怖いところではなかった。


東京のお盆、七月半ばを過ぎると、供え物の饅頭や煎餅やカップ酒を狙って、カラスが常に空を徘徊している。「このっ!このっ!」と、カラスに向かって石を投げた。「石が落ちてきて、墓石にぶつかったら、墓石は壊れるのか」という実験を2人でしていた。結果、「墓石はそんなに簡単に壊れる物では無い。」と学んだ。

6月のある日、「墓まで枇杷の実を取りに行こう」誘って外に出たが、弟は「鉄網線のフェンスに登りたい」と言って聞かない。1メートル以上のフェンスは、トゲトゲしていて少年にとっては魅力的な壁だ。私は彼が飽きるまでしゃがんで待っていた。
しばらくして大きな叫び声と、どすんという音と共に、フェンスから弟は落ちた。血まみれで酷い大怪我になった。どうやらトゲトゲにひどく足を絡めてしまったらしい。
慌てて母を呼びに行ったら、そのまま救急車で運ばれていった。残った私は1人で家で待たなければならず、枇杷の実はおあずけになった。

ある日、弟に言った。
「クリスマスプレゼントに、仮面ライダーのベルトをサンタさんからもらいなよ。なーちゃんよく転んだりするからさ。」
怪我ばかりする弟は「うん!そうする!」と言ってサンタさんに手紙を書いた。
【か、め、ん、ら、い、だー、べ、る、と、を、く、だ、さ、い】

私はその年のサンタさんへのプレゼントのお願いはカナリヤにした。
【サンタさんへ、いつもありがとうございます。今年のプレゼントは黄色いカナリヤにしてください。かわいがります。】

12/25の朝、2人の願い事は叶って、私の枕元にはカナリヤの入った鳥籠、弟の枕元には仮面ライダーベルトが置いてあった。
早速ベルトを箱から取り出して腰に巻く弟。

「押入れからジャンプしてごらんよ!仮面ライダーになるよ!へんしん!っていうんだよ。手もテレビみたいに動かして、カッコよくやったら、仮面ライダーになるんだよ!」

そうならない事は四年生の私にはわかっている。でもまだ幼い弟は私の言葉をすっかり信じている。

「うん、わかった!いくよ!
かめーんらいだー!へんしーーーん!」

押入れから飛び降りた弟に
「しほちゃん、仮面ライダーになってる?!」
と聞かれて
「うん!」と答えた。

子どもも自分より小さい子のことを思って嘘をつく。
ついた嘘は反省記に記すことがらでは無いかもしれないけれど、あの時少しだけ、反省した。


そんな時カナリヤが美しい声で鳴き出した。
私の心の奥を読み取ったようだ。

「美しい声で鳴かない鳥は
舌をぬかれてしまうぞ。
お前の心は嘘をついているのでは無いか?
代わりに私が美しい声で鳴いてやろう
シューベルトの魔王だ。
この間学校で聴いただろう。
この子どもは病気で最後は死んでしまうのだ
お前の言っていることは、やっていることと
同じではないのではないか?
よーく胸に手をあてて聞いてみろ」

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1979年クリスマス 新宿区下落合での反省記

ーーーーーーおまけーーーーーー

☆フェンスから落ちて怪我ばかりの弟でしたが、
今の趣味はロッククライミング。

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