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手紙を書こう

小さいとき、「しーちゃん」と呼ばれていた。

みんな、私のことを「しーちゃん」と呼んでいた。

少し大人になったとき、その頃に出会った人が「しーちゃんの『しー』は『sea』だね。ねっ、seaちゃん」というような内容を書いた手紙をくれた。

その人は三重県から来た人で、悲しい想いになったとき、海を見て自分をなぐさめたというようなことも書いてあった気がする。その人はそんなに親しくなかったけど、なんだかとてもうれしかった。

その手紙、どうしたっけ?と思って、今までもらった手紙が入れてある箱を久しぶりに開けてみた。

ほんとうはもっとたくさんとっておいたんだけど、引っ越しのたび、大掃除のたびに、少しずつさよならしていって、今は靴の箱に収まるくらい少なくなった。(ちなみに年賀状は他のファイルに保管してある)

今はメールやLINEばっかりになっちゃったから、手紙なんて書くことも、もらうことも、めったにないなーって思いながら、その手紙を探す。

たしか、封書だったな…。

「この手紙だったっけ?」と読み返してみる。

そのうち、本来の目的を忘れて、いろんな手紙を読み返し始める。

母や妹、クラスメイト、お姉ちゃんと呼んで慕った先輩や同僚たち、

なぜだか、妹の友だちや近所のチビッ子…。

「元気にしてる?」

「いつもありがとう!!」

「応援してるよ」

「また会いたいな」

その人ならではの便せんやはがきに

その人ならではの文字で

その人ならではの並べられた言葉が

今の私の心をどんどん潤していく。

結局、私が探していた手紙はなかったけど、素敵な手紙が出てきた。

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手紙っていいな。


2020年9月20(日)の朝日新聞、「天声人語」にはこんなことが書かれていた。

 いま全国の、いや全世界の飲食店が未曽有の苦境にある。読者の皆さんも、親しんだ店の廃業に愕然(がくぜん)とされたことはないだろうか。SNSで見たある店長の言葉が忘れられない。「貴方(あなた)のお気に入りの店がまだ存在するなら、『今』行ってあげてください」。閉店を余儀なくされた経験をふまえた渾身(こんしん)の訴えだった


そう、いつも当たり前のようにそこにあったお気に入りのお店が明日閉店してしまうかもしれない今の時代。お気に入りのお店も行こう。

けど、それって人も同じこと。いつ会えなくなっちゃうかわからない。

あたりまえだけど、いつかは会えなくなってしまう。

手紙を書こう。

手紙を書こう。

まずは誰に書こうかな。



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