海辺の蛮族とみかんの木
25_4_2024
1.
幼少期にすごした土地の日照時間は人格に影響を与える。そういう研究結果があるかは知らないが、勝手に唱えている。妙に説得力があるなと自分で思う。
暗い針葉樹林の中で育った人間と、日がさんさんと射す海辺で育った人間では性根が違う、気がする。そして私は陽の射しこまないところで育った。
ラテン系はドイツへ留学に来ると日照時間が短いので鬱になったりするそうだが、ドイツ人は最初から仕上がっているのでもう影響がない。実際暮らしていてドイツの冬はそれなりに厳しいものだったが、私もすでに仕上がりを見せていたのであまり関係なかった。
2.
ここ数年海辺の人に仲良くしてもらった。海辺といっても哲学者が名産のうら淋しい方ではなく、ミカンだのレモンだのがとれるようなところの人だ。無邪気なその人にはとても救われた。
自分も日のさすところで育っていたら違ったんじゃないかと卑屈な手製のテオリーが浮かんだりした。そんな簡単話ではないと分かっているのに。
3.
友人に「日光を浴びたほうがいいよ」と言われた。メンタルに日光が効くというのは有名な豆知識だ。自分もよく人に言ってきたので、そう助言をしてしまう気持ちもわかる。
けれどそんなもの真に効いたりはしない。照らされたところでどんな薬効があるのか知らない。スペイン人なら陽の光を浴びて耳がピンとするのかもしれないが、こっちはむしろ「あんまり照らさないで」と弱ったりもする。夜の長い冬の方が好きなくらいだ。
4.
5.
27_4_2024
Rinの席に着くと、祐子さんが「痩せたんじゃない?」といった。自分を心配する人が登場したことに驚いて呆けてしまい、一瞬リアクションが取れなかった。そのすきに彼女は「ガミでギター弾いてから噂になってるよ」と、照れていいのか恥ずかしくなればいいのかわからないことを言った。「どこでだよ」と隣のSくんがケラケラ笑って突っ込んだ。
店の隅に段ボール箱があって、甘夏くらいの柑橘がたくさん入っていた。聞くとあまり売られていない種類のみかんで、訳あり商品を愛媛の農家から買っているそうだ。「美味しいし体にもいいしね」と祐子さんは搾りたてのジュースをサワーに入れて飲んでいた。「ソウデスカー」と相槌を打っているうちに、切られたナントカというみかんが目の前に置かれた。
ここでは「断るのも悪いし面倒だな」などと思っているとどんどん食べることになる仕組みだ。
櫛切りをかじる。
どんなところで育ったのだろう。
黒い葉に包まれたみかんの木々が高台から海を見下ろしている。陽の光をたっぷりあびて、立派にわけありの実をつけたんだろうか。
そのみかんには、知っている苦味と甘味があった。「美味しいです」と答えて、またぼんやりした。