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今唯ケンタロウ『レチエ』【烽火書房で取り扱いする本】

京都市にあるBut not for me内に間借りで運営している本屋・烽火書房で取り扱っている本を紹介していきます。

今唯ケンタロウ『レチエ』。詩作、ゲーム制作、イラスト制作と様々な創作活動をしている、著者自身による手製本でつくられたファンタジー小説。

製本を自身で行い、少部数のみを制作しているという造本にかけるこだわりもさるものながら、美しくも残酷な物語は、読み手の目を離れさせない。

 レチエはまるで踊るように、笑っていた。雨のような透明な水色の髪も、踊って笑っていた。
 ミシンは冑の緒も上手にしめられないまま、木馬に乗って、後ろに遠ざかるレチエは、メリーゴーランドの反対側にすぐ、見えなくなってしまった。
(『レチエ』より)

この小説は、言葉のように、あるいは流れていってしまう雨のように、不確かでなにもかもが曖昧だ。戦いに出る戦士の筋肉も、降っている雨も、そしてミシンたちを襲う「敵」の憎しみすらも。そんな風に紡がれたこの小説は儚く、美しく、そして残酷で不条理ですらある。

カフカの短編に「田舎医者」という物語がある。病人を診察するため医者は出かけるのであるが、正気なのかさえわからない人々が、そして主人公である医者が存在する世界さえもが、彼を翻弄する。まるで世界そのものがなんらかの意図をもっているかのようだ。『レチエ』の終盤、環境に振り回され、なにも知らないまま、破滅へと歩みつづけるミシンの姿に、医者の姿が重なって見えた。この物語は、ミシンと世界の物語なのだ。