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外村さんのプレイリスト

帰り道で、同じクラスの外村さんを見かけた。
夏休み前の放課後、私は部活の片付けで少し帰りが遅くなっていつもと違う下校時間。赤い夕焼け空の下。外村さんは田舎道の交差点で信号が青に変わるのを待っていた。
マスクを顎まで引き下げて露わになった端正な横顔。切れ長のクールな目もと。後ろで結んだ髪は校則ギリギリの長さ。私は少し離れた位置から見つめる。
外村さんは謎めいた美人だ。いつも「危うさ」のようなものを醸している。私と同じ学年とは思えない、大人びた雰囲気。なんていうか、ミステリアス。 
不良っぽいところがあるのかと思わせて、こうして律儀に信号を待っているというギャップも「イイ」。たぶん育ちもいいんだろう。県道は行き交う車もまばらだし、私だったら信号なんか待たずにさっさと渡ってしまいたくなるのに。
手提げバッグを肩にかけ、ぼーっと前を見ている様子には人生への余裕すら感じる。こんな田舎でせかせか急いだって意味ないじゃん、みたいな。実際にそう言ってたわけではないけど。
どうしようか、同じ方向なら声をかけようかなと思ったが、彼女の耳には白いワイヤレスイヤホン。そもそも別に呼び止める理由なんてない。邪魔をするのも悪い。いいや、遠くから見つめるだけにする。後れ毛がきらきらと夕暮れに揺れて綺麗。
じっと見ていると、外村さんが何やら口を小刻みにパクパクさせていることに気付く。少し目を細め、首を揺らす。
うわヤバいかわいい。イヤホンから流れる音楽に合わせて、口パクで歌ってる!
声は出さずに、少しだけ唇を動かして。ヤバいかわいい。二回言っちゃった。
目が合った。不意に外村さんがこちらを向いた。どきん、と心臓が跳ね上がる。
外村さんが微笑を浮かべてイヤホンを片耳ずつ外す。そのまま手をひょいっとこちらに、私に向けて。
「池田さん、家こっちだったんだ」
名前を知られていたことに、さらに驚く。
「あ、うん……」
驚愕が重なって、しどろもどろに受け答え。情けない。せっかく音楽を聴くのを中断してまで話かけてくれてるのに。
「あ、あの」
勇気を振り絞って、会話を試みる。動悸が激しく、顔が熱い。耳の先まで真っ赤になってるかも。夕暮れの赤で誤魔化せられないかな。
「ん?」
「えっと、いま、歌ってたよね。なんて曲?」
努めて明るく自然に聞く。学校帰りの同級生とたわいもない会話を始めるべく。
外村さんはその質問に、ぱっと笑顔を浮かべた。
「え? うっせぇわ」

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