ライブ

今日1年半ぶりにフェスに参加した。雨降る悪天候の中での開催だった。世の中のライブシーンへの風当たりのように冷たい雨風だった。
しかしライブ中毒者の僕からからしたら最高の天気だ。まるで子供に戻ったような無邪気さを解放できるからだ。

この記事はライブシーンへの批判を辞めてくださいといった内容の記事ではない。この記事はライブを生き甲斐とする人間の屁理屈記事だ。
こんな考え方もあるんだと広い心で読んでくれると嬉しい。

ライブが生で有観客でなければならない理由について書いていく。理由は大きく分けて2つある。
まず1つ目。役職を忘れることが出来るからだ。日々生活する中で僕たち人間は何らかの役割を演じていると思う。例えば社長や部長。もっと身近な例でいくと親や夫婦、息子、娘などだ。そしてそんな近しい関係の中ではよく見られようとより良い自分を演じてしまう。そんな経験はないだろうか?親が見回りに来た時だけ勉強する子どもが分かりやすい例だ。

何かを演じながら日々を過ごす自分を捨てることが出来るのがライブ会場だ。ライブ会場では色々な役職を脱ぎ捨てて音に任せて狂うだけだ。
配信ライブでは普段生活している場所だけに役職を上手く脱ぎ捨てることが出来ないのだ。   

2つ目。それは情景だ。
僕はライブという情景が好きだ。同じものを好きな人たちが同じ空間にいて、同じ対象に向けて愛を捧ぐ。あの景色はライブ会場でしか見たことがない。愛の捧げ方は人それぞれだ。当たり前のことだがライブに来る観客は毎回違う。だからこそライブは生ものである。毎回、毎回異なる景色が見れるのである。

以上長々と書いてきた。少しでもライブが配信ではダメな理由が伝わっただろうか?
圧倒的にマイノリティーであるライブが生き甲斐である人の気持ちを少しでも分かってくれると嬉しい。

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