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ここが問題! 新しい水産資源の管理  「まえがき」と「目次」

まえがき

 2018年12月、第197回臨時国会で改正漁業法が可決成立しました。主な改正点の一つとして、漁業権付与の優先順位の廃止があげられます。これにより企業への漁業権の付与が可能となるため、運用の仕方によっては小規模漁業者が排除される可能性や、漁業権が他国の巨大資本に買収される危険性等が懸念されています。

 また、資源管理については漁期や漁場、漁船の隻数等を規制する入口規制と、漁獲してもよい漁獲の上限を決める漁獲可能量(TAC)制度(出口規制)を併用する現行の資源管理制度から、出口規制を中心とする制度に、すなわち、MSY(最大持続生産量)理論に基づき決定されたTACをもとに資源を管理する制度に移行し、さらには、TACを個別に配分する個別割当(IQ)制度へ移行すること等が明記されています。

 しかし、MSY理論自体の科学的正当性には大きな疑問があり、多くの研究者が指摘するIQ制度の問題点についても、その解決方法等に関する言及は全くなされていません。

「70年ぶりの漁業法の大改正」と謳われているにもかかわらず、改正漁業法の臨時国会での審議時間は、衆議院で13時間50分、参議院で8時間45分と極めて短く、十分に議論が尽されないまま、改正漁業法は可決成立してしまいました。

 また、改正漁業法の具体的内容については、臨時国会で可決されるわずか6ケ月前の2018年6月になるまで、漁業者や漁業関係者に対する事前説明などは全くなされませんでした。

「70年ぶりの漁業法の大改正は、民主的なプロセスを無視した方法で、あまりにも拙速に可決成立されてしまった」という感はぬぐえません。各方面から批判が噴出するのも当然と言えるでしょう。

 改正漁業法が成立したことを受けて、水産庁は2019年7月「新たな水産資源の管理について」を公表し、優先的に検討を開始するマサバ太平洋系群など4魚種7系群について、「資源管理目標案と漁獲シナリオ案」等を公表、東京や福岡などで漁業関係者への説明会を開催しています。

 ここで系群とは、分布域などが異なる資源変動の単位となる集団です。同じ魚種でもいくつかの系群に分けられて、それぞれ別々に資源の分析が行われます。例えば、日本沿岸のマサバも、マサバ太平洋系群とマサバ対馬暖流系群の2つの系群に分けられています。

 しかし、東京や福岡で行われた説明会の内容は、ホッケースティックモデルだの、神戸プロットなどという専門用語がたくさん出てきて、「説明を聞いてもさっぱりわからない」といった声をよく耳にします。しかし、残念ではありますが、水産資源学の基礎的な知識がなければ、上記を理解することは、ほとんど不可能だろうと思います。

 そこで、このような状況を解決するための一助になればと思い、「新たな水産資源の管理」を理解するために最小限必要と思われる水産資源学の基礎的な事項を、やさしく解説することを第一の目的として、本書を執筆することにしました。

 しかし、通り一遍の用語等の説明を読めば「新たな水産資源の管理」が理解できる、というほど話は簡単ではありません。

 水産資源学の概念や手法を、かなりしっかりと理解しておかないと、「新たな水産資源の管理」を理解することはもちろん、「新たな水産資源の管理」のどこに問題があるのかを理解することなど、到底できないでしょう。

 そこで、本書では難しい数式などの使用をできるだけ避けながらも、専門書に負けないぐらい、かなり本格的に、水産資源学の基礎的概念や手法等を解説することにしました。しかし、いくらやさしく解説すると言ってもやはり限界があります。どうしても超えなければならない山が幾つかあります。

 その山の1つは、漁獲の強さを表す「漁獲係数」と1年後まで生き残る魚の割合(生残率)、1年間に漁獲される魚の割合(漁獲率)の関係を理解することではないかと思います。逆にいうと、それさえ理解してしまえば、「新たな水産資源の管理」が行っている主要な計算部分が、理解できるようになると思います。

 本書の第2の目的は、「資源管理の基本的な理論とされるMSY理論が誤りである」という考えを、ひろく世間一般に問いかけることです。「資源管理がうまくいかない最大の原因の一つが、MSY理論という誤った資源変動理論に基づいて、資源管理が設計・施行されているからである」というのが私の持論です。本書を読んでいただければ、そのことがよくおわかり頂けると思います。

「MSY理論が誤っている」ことを理解すること自体は、それほど難しい話ではありません。その内容は小学生でもわかるような類の話だと思います。逆に、なぜ、そのような簡単なことを、資源研究者は認めようとしないのか、なぜ、資源研究者はそれほどまでにMSY理論に固執するのか、きっと不思議に思われるに違いありません。

 MSYとは最大持続生産量(maximum sustainable yield)を表す略語です。その基本的な考え方等は後ほど詳しく解説しますが、残念ながら、その誤ったMSY理論が、現在まで延々と、世界中の資源管理の中心的概念として使われてきた、という悲しい現実があることも、また事実です。さらに、海の憲法とも言われる国連海洋法条約でも、MSYの達成を目指して、水産資源の管理を行うことが推奨されています。

 このような状況の中、いくら「MSY理論は誤りである」と叫んでみたところで、資源研究者や行政官から全く相手にされないのは、ある意味仕方がないことかも知れません。

 そこで、できるだけ多くの専門外の方々にお話を聞いて頂いて、「お前の言っていることの方がなんだかもっともらしい」、「MSY理論なんておかしいんじゃないか」と考える方が一人でも多く増えてくれば、逆に、資源研究者や行政官の対応も変わらざるを得ないのではないか、という草の根運動的な発想で本書を執筆することにしました。

 本書の第3の目的は、データ分析の面白さを知って頂きたいと思ったからでもあります。

 かなり昔に出版された本ですが、講談社のブルーバックスシリーズの中に、「統計でウソをつく法」というタイトルの本がありました[1]。実際のデータ(捏造ではない正しいデータ)を示しながら、全く正反対の結論を導き出すこと、つまり統計でウソをつくことは、実はとても簡単です。

 実際に、単なるミスか意図的かわかりませんが、分析の仕方に誤りがあり、結論が全く正反対になってしまっているケースも、多く見受けられます。そのような「統計のウソ」に騙されないためには、事実に基づいた正しい分析が行われているか否かを、しっかり見極める必要があります。

「同じデータを使っても、分析の仕方によってこんなにも結果が変わってしまうんだ」ということが、本書を読めば実感していただけるのではないかと思います。同時にまた、データ分析の誤りを見破るための眼力も、自然に身につくのではないかと期待しています。 

 従って、本書は、漁業関係者の方々はもちろん、水産資源の管理に興味をお持ちの一般の方々も読者対象と考えて執筆しましたが、内容は限定的で、必ずしも包括的・一般的な資源管理学の入門書にはなっていませんので、その点は最初にお断りしておきたいと思います。 

 本書の内容は以下のようになっています。第1章では世界と日本の漁獲量の変遷を概観し、なぜ今、漁業法改正が必要とされたのかその背景について議論しました。

 第2章ではMSY理論など資源管理の基本的な概念を説明し、第3章では資源量推定方法などを解説しました。第2章と第3章を読めば、最低限必要と思われる水産資源学の基礎的事項がわかるようになっています。

 第4章では水産庁が2019年7月に公表した「新たな水産資源の管理」では、実際にどのようにしてTACが計算されているのか、その手順等について解説しました。また、「新たな水産資源の管理」の問題点についても述べました。

 第5章では、MSY理論がなぜ誤りと言えるのか、その根拠を示し、第6章ではMSY理論に代わる新しい資源変動理論について解説しました。第7章では新しい資源変動の考え方の妥当性を検証するための実証研究を紹介しました。

 第8章では新しい資源変動の考え方をあてはめた応用例として、太平洋クロマグロの資源変動を再現し、同時に、漁獲量規制の効果を試算しました。

 第9章では、環境変動の影響と漁獲の影響を分離することに成功した、世界的にみても極めて珍しい研究事例として、秋田県のハタハタ資源の分析結果を紹介しました。第10章ではあるべき資源管理の在り方について、特に、注意すべき点について述べました。

 理解を容易にするために、図を多用し数値例を多く示しました。また、必要に応じてより詳しく知りたい方のためのコラムを挿入するとともに、付録をつけて追加的な説明も試みました。コラムや付録は読み飛ばしていただいても問題ありません。

 本書が「新たな水産資源の管理について」を理解するための一助となり、また、MSY理論を否定する大きなうねりが起こる契機となれば、それは筆者の望外の喜びです。

目次

第1章 漁業法の改正はなぜ必要か?
   1.1 漁業法改正までの経緯
   1.2 世界の漁業の現状
   1.3 日本の漁業の現状
   1.4 EU、米国と日本の漁業の比較
   1.5 日本、EU、米国との産業別就業者の推移
   1.6 管理制度の相違
   1.7 EUの資源管理の実態
   1.8 米国の資源管理の実態

第2章 資源管理の基本的な概念と用語
   2.1 基本的な概念   
   2.2 水産資源の変動は2つのプロセスによって決まる   
     2.2.1 生残過程は2つ目の死亡要因で決まる   
     2.2.2 生残過程はおける2つの死亡要因は漁獲   
   2.3 第2のプロセスは再生産関係   
     2.3.1 密度効果とは何か? 
   2.4 再生産関係とMSYの関係   
   コラム1 年齢別漁獲係数を推定する   
   コラム2 練習問題解答   

第3章 資源尾数を推定する       
   3.1 生残率は期間の長さによって異なる   
   3.2 VPAによる資源尾数の推定   
     3.3.1 人工データの作成 
     3.3.2 VPAを用いるための仮定 
     3.3.4 VPAの計手順2 
     3.3.5 漁獲係数を推定する 
     3.3.6 VPAの問題点―その1- 
     3.3.7 VPAの問題点―その2- 
     3.3.8 VPAの問題点―その3- 
     3.3.9 VPAの問題点―その4- 
   コラム3 年齢別漁獲係数を推定する   
   コラム4 練習問題解答   

第4章 水産庁が提案する「新しい水産資源の管理」とはどんな方法か?       
   4.1 再生産モデルの決め方   
   4.2 資源尾数の将来予測   
   4.3 MSY、 MSY資源水準、FMSYの推定 
   4.4 3つの資源管理基準   
   4.5 漁獲係数Fの設定ルール  
   4.6 漁獲可能量(TAC)の計算 
   4.7 親魚量の目標管理基準値の達成確率の計算   
   4.8 神戸プロットについて  
   4.9 水産庁が公表した「新たな水産資源の管理について」の問題点 
     4.9.1 環境変動が考慮されていない 
     4.9.2 MSY理論では過去の資源変動が説明できない 
     4.9.3 ホッケースィックモデルでは漁獲規制の効果を
        過小評価する 
     4-9-4 極めて高すぎる目標管理基準値 

第5章 なぜMSY理論が誤りと言えるのか?      
   5.1 再生産モデルの妥当性について   
   5.2 マイヤーズらとシュワルスキ-らの研究   
   5.3 アンドレワーサとスミスの論争   
   5.4 スミスの分析が誤っていた   
   5.5 シミュレーションによる検討   
   5.6 資源研究者も同じ間違いを犯している   
   5.7 再生産モデルの妥当性は極めて危うい   
   5.8 再生産関係に出現する3つのパターン   
   5.9 日本のTAC対象種の再生産関係に出現する3つのパターン  
   5.10 クロマグロ類の再生産関係に出現する3つのパターン   
   5.11 結局、再生産関係は6つのパターンに分類できる  

第6章 新しい資源変動理論       
   6.1 再生産モデルに6つのパターンが出現するメカニズ
   6.2 シミュレーションによる検討  
   6.3 環境変動の周期と成熟年齢の関係が、再生産関係の
      パターンを決める   
   6.4 現行の資源変動理論と新しい資源変動理論の相違  
   6.5 密度効果も環境変動が原因で生じる   
   6.6 マイワシの再生産関係からわかること   
   6.7 再生産関係はすべて6つのパターンに分類できる

第7章 新しい資源変動理論を検証する       
   7.1 資源変動要員として何を用いるか?   
   7.2 北極振動指数とは?   
   7.3 太平洋10年規模振動指数とは? 
   7.4 相関係数を計算する   
   7.5 再生産成功率を計算する  

第8章 太平洋クロマグロ資源の変動と管理  
   8.1 太平洋クロマグロの生物学   
   8.2 太平洋クロマグロの再生産成功率を再現する    
   8.3 0歳魚尾数と親魚量を再現する 
   8.4 漁獲規制の効果を見積る  
     8.4.1 漁獲規制の効果を見積るーその1-   
     8.4.2 漁獲規制の効果を見積るーその2-  

第9章 秋田県のハタハタ資源の変動と管理    
   9.1 秋田県のハタハタ資源について   
   9.2 ハタハタの生物学と漁業   
   9.3 ハタハタの漁獲量と水温 
   9.4 ハタハタの漁獲量予測モデル   
   9.5 ハタハタの漁獲量変動とレジームシフト  

第10章 結びに換えて ―新しい資源変動理論管理を実施するために
               必要なこと―      
   10.1 不確実性への対応は不可欠   
   10.2 期中改定の必要性   
   10.3 透明性の確保
   10.4 国際的な理念に逆行する新漁業法 
   10.5 小規模漁業への配慮を欠いた実例 
   10.6 現行の管理方式を改良していけばいい 
   10.7 再生産関係は「色即是空 空即是色 」

  付録 自然死亡率と生残率の関係   
 
あとがき 

引用文献
1.  ダレフ・ハフ. 講談社ブルーバックス. 1968.   


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